「荷物持ちはもういらない」と追放された俺の【アイテムボックス】、実は時間停止や自動錬成、果ては質量兵器にもなる万能スキルでした。今さら戻ってこいと言われても、もう遅い

人とAI [AI本文利用(99%)]

第1話 物語の始まり

「もうお前は用済みだ、アレン」


 冷たく響いた声は、アレンが5年間、忠誠を誓ってきたパーティリーダー、ガイアスのものだった。彼の背後では、他のメンバーたちが嘲笑うような、あるいは無関心な視線をアレンに向けている。


「な、んで……ですか? 僕は、これまでずっと、みんなの荷物を……」


「ああ、運んでくれたな。感謝してるぜ、〝元〟荷物持ち」


 軽薄な口調で言い放ったのは、盗賊のジンクだ。彼が肩で担いでいる、宝石で飾られた真新しい革の鞄。それが全ての答えだった。


「見てください、アレンさん。これは高名な魔道具師が作った『次元の鞄』ですの。あなたのスキルなんかより、ずっと小さくて、ずっとたくさんの物が入りますのよ」


 魔法使いのリリアナが、勝ち誇ったように鞄を指し示す。その言葉が、アレンの胸に氷の杭のように突き刺さった。


 アレンの持つスキル【アイテムボックス】。それは、ただ物を収納できるだけの、戦闘にも生産にも役立たない「ハズレ」スキル。それでも、その大容量を活かして、S級パーティ『紅蓮の剣』の冒険を支えてきた自負があった。どんなに重い武具も、大量のポーションも、巨大な魔物の素材も、文句一つ言わずに運んできた。


「そ、そんな……。でも、僕は……」


「いい加減にしろ! これ以上、俺たちの足を引っ張るな! お前のようなハズレスキル持ちは、S級パーティには相応しくないんだよ!」


 ガイアスの怒声が、リグレットの街のギルド裏に響き渡る。彼はアレンの胸ぐらを掴むと、着古した革の服からなけなしの金貨数枚が入った袋まで、力ずくで奪い取った。


「これはパーティの共有財産だ。お前にやる金はない」

「待って……ください! それがないと、僕は……!」

「知ったことか。じゃあな、アレン。せいぜい野垂れ死にするんだな」


 ゴミのように路地裏に突き飛ばされ、泥水に顔を突っ伏す。遠ざかっていく彼らの楽しそうな笑い声が、雨音に混じってアレンの耳に届いた。


「う……っ」


 立ち上がる気力もなかった。雨が痩せた体を打ち、体温を容赦なく奪っていく。5年間、身を粉にして働いてきた結果がこれだ。信じていた仲間からの、あまりにも無慈悲な仕打ち。悔しさよりも、深い絶望が心を支配していた。


(僕の価値は、あの鞄以下だったのか……)


 内向的なアレンにとって、パーティは唯一の居場所だった。たとえ荷物持ちとして蔑まれても、そこにいられるだけで良かった。それすらも、今日、失われた。


「すみません……僕が、弱いから……」


 誰に謝るでもなく、口癖がこぼれる。空腹と寒さで、意識が遠のきそうになる。このままここで朽ち果てるのが運命なのかもしれない。そう思いかけた時、脳裏に浮かんだのは、孤児院の先生の言葉だった。


『どんな小さな力でも、必ず誰かの役に立てる』


(……本当に?)


 自問する。自分の【アイテムボックス】は、本当に無価値なのだろうか。ただ物を入れるだけ。時間は普通に流れるから、食料は腐る。生き物は入れられない。確かに、便利な『次元の鞄』と比べれば見劣りするだろう。


(でも……これしか、僕にはないんだ)


 このまま絶望して死ぬか。それとも、この役立たずと言われた力で、足掻くだけ足掻いてみるか。


「……死にたく、ない」


 絞り出した声は、自分でも驚くほどハッキリとしていた。死んでしまえば、何も証明できない。彼らが間違っていたと、自分の力が決して無価値ではなかったと、証明することができない。


 アレンは震える腕で、ゆっくりと体を起こした。金も装備も、寝床さえも失った。この街に、彼を助けてくれる者など誰もいない。


(街がダメなら……森へ行こう)


 リグレットの街の西側に広がる、『忘却の森』。足を踏み入れた者は記憶を失うと噂され、街の者たちが決して近寄らない場所。だが、だからこそ、自分のような無一文の人間でも、生きる糧を見つけられるかもしれない。


 決意を固めたアレンの瞳に、わずかな光が宿る。彼はふらつきながらも立ち上がると、森へ向かう前に、街のゴミ捨て場へと足を向けた。


「今は、使えるものは何でも……」


 割れた陶器の破片。錆びたナイフの刃。硬そうな木の棒。そして、足元に転がっている、ありふれた石ころ。

 アレンはそれら一つ一つに手で触れ、スキルを発動させる。


「【アイテムボックス】、起動」


 手にしたガラクタが、淡い光と共に次々と姿を消していく。体育館ほどの広さを持つ収納空間に、これまで冒険の道具で埋め尽くされていた場所とは違う、生きるための「武器」が収められていく。


 やがて、アレンは忘却の森の入り口にたどり着いた。不気味なほど静まり返った森が、まるで巨大な獣のように口を開けて彼を待っている。ごくり、と喉が鳴った。


 一瞬、恐怖で足がすくむ。だが、もう戻る場所はない。


(ここが、僕の新しい始まりの場所だ)


 覚悟を決め、森へと一歩、足を踏み入れた。

 その瞬間――グルルル……。

 森の奥深くから、空腹の獣が喉を鳴らすような、低い唸り声が響いてきた。

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