天才の妹に国策《更生VR》へ放り込まれ、俺の武器が「棒」だけなんだが? ~妹AIとポンコツ仲間の強制再起動クエスト~

夜桜 灯

第1話 引きこもり兄、勇者(仮)としてログイン

 俺の名前は如月 拓斗(きさらぎ たくと)。


 年齢=ほぼ引きこもり歴。

 ……まあ、ここまで言えば俺の人生が、どれだけ低空飛行かわかるだろう。


 学校? 行ってはいたけど、心は自宅。

 仕事? 働いたことはある。今は無職。

 友達? ゲーム画面でしか見たことない。


 頑張ってはみたんだよ。色々と。でも、やればやるほど空回りした。普通に話すことが苦痛になり、家から出られなくなった。


 俺は今日も布団の中で、スマホを握りしめて動画サイトを徘徊していた。昼からはオンラインゲームにログイン。これが俺の日常であり、ライフワーク――だった、はずなのに。


    ◇


「兄さん。テストログイン、完了っと!」


 隣で聞こえたのは、やけに元気な声。俺の部屋のパソコンに勝手にコードをつないでいるのは、我が妹――如月レイ。世間から「天才科学者」とか呼ばれている、うちのバケモノだ。


「……なにしてんだ」


「決まってるでしょ。更生プログラムだよ、更生!」


 いや待て。何を勝手に「更生」だよ。ダメな兄を元に戻すってか?

 俺はただの引きこもりで、人体実験モルモットじゃないんだが。

 そもそも好きでこんなことをやってる訳じゃない。


    ◇


「このゲームは国が出資して作られた、社会復帰支援VRMMO!」

 胸を張る妹の顔はやたら自信満々だ。


「やな響きしかしねぇ!」

 俺は布団を引き寄せて防御姿勢をとる。


「そんなこと言わないで、ね?」

 笑顔で迫ってくる。


 笑いごとじゃない。お上のすることに盾突くつもりはないが、官製ゲームなんて碌なもんじゃない。


「そもそも、ゲームで何をすればいいんだよ」


「フツーにゲームするだけ」と、とぼける。


「いや、怪しさ満点なんだが」


「大丈夫。一部だけど、私も制作に関わっているんだよ。ここで冒険して、人間関係のリハビリね!」


 いやいや、いやいやいや。それが一番怖い。どうせ俺用に魔改造しているんだろ。嫌だ、と叫ぶ間もなく、ヘッドセットが頭に押し付けられた。


 額に柔らかいパッド、こめかみにヒヤッとした金属。心臓がドクンと一拍、遅れて跳ねる。


    ◇


 視界が真っ白になり、次の瞬間――

《ようこそ、VRMMORPG〈Re:Start Online〉へ!》

 華やかなシステム音声が脳内に響いた。


 俺は反射的に振り返り、ヘッドセットをずらして妹を見る。だがヤツは、既にノートPCを前に会議資料を広げていた。


「ごめん! リアル仕事で忙しいの。サポートはAIに任せたから!」


 そう叫ぶと、手をパタパタさせ部屋から出て行く。


 ――残されたのは俺と、耳元に響く“妹そっくりの声”。

『サポートAI、起動しました。以後は私が兄さんを導きます』


「お前……妹の声そのままじゃねぇか」


『時間の都合上、音声データを流用しました』


「手抜きにもほどがある!」


 やはり改造している。いいのか勝手にこんなことして。そもそもこのAI、判断基準がレイなら、とんでもない事をさせられそうなんだが。


『なお、人格モジュールは倫理審査A−判定です』


「それはそれで怖い!」


 まあ、どうせ今日は一日ゲームするつもりだったし、せっかくなので試しに始めてみることにする。

 特にこだわりもないので、キャラ名を「タクト」で登録。簡単なチュートリアルを受けて、ゲームをスタートする。


 次の瞬間、違う場所に飛ばされるようなエフェクトと共に視界が暗転した。


    ◇


 視界が回復すると同時に、物音が耳に飛び込んでくる。周囲を見渡すと、そこは石畳の広場。城壁がそびえ、行き交う人々のざわめきが聞こえる。どこからどう見ても“異世界ファンタジー”の世界。


 石畳の目地に草がのぞき、露店の天幕が風で揺れる。パンの匂い。油の匂い。革と鉄と、少しだけ獣の匂い。耳元では、どこかで奏でられているリュートの音が流れていた。


 なんというか無駄にクオリティーが高い。さすが予算を気にしなくていい官製ゲーム。五感を刺激する性能がハンパない。と思ったが、これだけリアルということは、ダメージを受けた時が心配になる。


 ここがゲームだと分かるのは、目の前の相手に、簡単なステータスだけが浮かぶところだ。

 ただし、その相手がNPCなのかプレイヤーなのかは、あえて表示されない。対人関係に問題がある人向けの配慮……なのか?


 俺は恐る恐る自分のステータスを開く。操作は意識するだけで実行された。視界の端に薄い光の円が回転し、勝手に展開されるウィンドウ。


【タクト】

 職業:勇者(仮)

 Lv:1

 HP:20/20

 攻撃力:5

 武器:木の棒

 装備:布の服


「……勇者(仮)ってなんだよ」

 それにステータスや装備も貧弱だ。


『兄さん。やる気を証明すれば(仮)は外れます』


「やる気って数値化できるもんなのか!?」


『可能です。メニュー>行動指標>連続ログイン日数、対話回数、パーティー協力度――』


「やめろ、KPIとか開くな! 胃がキリキリする!」


    ◇


 通りすがりの人が、俺の装備を見てクスクス笑う。

「木の棒の光沢、いいねぇ。新品だ。がんばれよ」


「新品が恥になる世界やめて」


 露店の店主が、ニヤリと声をかけてくる。

「勇者(仮)さん、盾いるかい? “勇気の鍋ぶた”、特価だよ」


 ネーミングといい素材といい、いったい誰が考えた!


『コスパは最高レベルだよ』


「買わせにくるな! 本当にこのゲーム、大丈夫なのか?」


『大丈夫。最初の分岐はセーブ不可だけど、学習は残るから』


「ゲームで言われると余計に怖いんだよ、その台詞」


 最初の選択を間違えたら、無理ゲーになったりしないよな……?


    ◇


 こうして、引きこもり兄タクトのVRMMO生活――いや、勇者(仮)伝説が幕を開けた。

 だがこの時の俺はまだ知らなかった。スライムにすら勝てず、死にまくる未来を。そして、その先に待つ“王女”との出会いを――。



 ――――――――――――――――――

【次回予告】

 妹AI『兄さん、次は戦闘チュートリアルだよ』

 勇者(仮)「よし、スライムくらいなら楽勝だろ!」

 妹AI『死亡予測率、90%』

 勇者(仮)「高ぇよ!!」


 次回、「ソロ勇者(仮)、スライムに敗れる」 【本日 18:15】公開予定!


【読者の皆様へ】

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