第31話 初夜
「駄目でした」
そう伝えると、
「そっか」
優菜さんは少しだけ強く俺を抱きしめた。
受かるのは難しいとわかっていたのに、ちゃんと悲しい気持ちになるんだな。
それは短い期間でも練習したからなのか、それとも、優菜さんの隣に立つ自信を持ちたかったからなのか。
それはわからない。
ただ、受かっていたら俺の人生は何かが変わっていたかもしれなかった。
「見る目ないね、みんな」
「ははっ、そうですね」
お世辞でもそう言ってもらえて嬉しかった。
「ご飯、食べる?」
「食べましょうか」
口数は少ないものの時は進む。
夜ご飯を食べ、お風呂に入る。
だけどショックな気持ちはまだ癒えない。
「そろそろ……」
寝ましょうか。
そう言おうとした俺は、口を開けて固まった。
「……どうかな? やっぱり、少し恥ずかしいね」
さっきまでパジャマ姿だった優菜さんは、頬を赤くさせながら、なぜか制服を着ていた。
黒のタイツ。
丈の短いスカート。
白のブラウスに、クリーム色のブレザー。
その格好がコスプレだというのは一目でわかった。
ただその制服は、ネットなんかでよく見るありきたりなコスプレ制服とは違い、優菜さんが高校生時代に着ていた正真正銘のモノだった。
「……え、あの」
今、俺はどんな顔をしているのか。
瞬きすら忘れるほど見開いた目が、目の前の優菜さんを睨むように見つめていた。
「そんなに見られると恥ずかしいのだけど?」
「す、すみません! でも、その、なんで?」
「ご褒美。前に約束したでしょ?」
「した。……いや、しましたけど。でも俺──」
「──頑張ったから、奏汰くん」
ゆっくりとこちらへと歩いてくる優菜さん。
ぴったりくっ付くように俺の隣に座ると、プレゼントしたあの香水の匂いがした。
「それに慰めたいなって。慰めるなら、奏汰くん……この格好の方が喜んでくれるでしょ?」
「……」
「答えたくない? ふふ、黙秘して、私にはなんでもお見通しなんだからね」
得意げな表情で笑う優菜さん。
「それに知ってるでしょ? 私が、喜んでる奏汰くんを甘やかすのも、落ち込んだ奏汰くんを慰めるのも大好きなの」
あの時も、あの時も、あの時も。
優菜さんはズルいぐらい、俺が落ち込んだ時にスッと心の中に入り込んでくる。
そして、優しく抱きしめ──犯してくる。
身も心も、全て。
優しい声色も表情も、今の俺には最適なモノだった。
「今日は、奏汰くんの好きにしていいよ……?」
「俺の?」
「そう、奏汰くんの」
優菜さんの手が俺の膝を触れる。
そのまま太股の内側を撫で、指先がナニかを刺激するように這い上がってきた。
俺が唾を飲むと、優菜さんは俺を見つめながら首を傾げる。
「今、君は何がしたい?」
「俺は……」
「あの頃の格好の私をどうしたい?」
「……」
「素直になっていいよ? 今夜は、奏汰くんの好きに……」
優菜さんの手が、触ってほしい場所の目前でピタッと動きを止める。
そしてゆっくり、ゆーっくりと、逃げていくように離れていく。
誘われているのはわかった。
落ち込んだ子供を慰めるように接しているようにも感じた。
いつもこうだ。いつもこうやってされる。
だけど、
「優菜さん!」
「んっ! んふ……ちゅ、あむ……っ!」
気付いたら体は動いていた。
だって、こんな極上の甘い蜜を目の前で垂らされてるのにしゃぶりつかないわけがない。
「優菜さん、優菜さん……俺、俺!」
「ふふ、慌てないで。時間はたっぷりあるから、ね……?」
引っ越してから今までずっと我慢してきた。
だって優菜さんの方から俺を求めてきたことがないから。
望んでいないのに、それを俺が求めるのは違うというか……単純に、独りよがりは嫌だったから、ずっと我慢してきた。
いつか優菜さんが俺を求めてくれるまで我慢しようって。
でも、今日はいいんだ。
今日は我慢しなくていいんだ。
そう思ったらもう止まれなかった。
「じゃあ、してあげるね……?」
薄暗い寝室のベッドの上で、誰もが見惚れるほど美しい優菜さんが俺のモノに舌を這わせる。
切れ長な目で俺の反応を見ながらの行為は、夢のように幸せな快感だった。
「奏汰くん、いいよ……っ!」
俺の手や指で与える刺激に、カメラの前では完璧な表情をしていた優菜さんが気持ち良さそうに表情を歪ませる。
破かれた黒タイツに、谷間に沈む一滴の汗。
優菜さんの両膝に手を置いた俺を、優菜さんは潤んだ瞳で見つめてくる。
「うん、いいよ。このまま、きて……」
両手を伸ばした優菜さんに迎えられながら、俺はゆっくり腰を前に動かす。
温かい感触と全身を身震いさせるほどの快感に、ゆっくりだった腰の動きは体重を乗せて一気に前へ。
限界まで快感に包まれると、俺は無我夢中で腰を振った。
いつになっても俺は子供のままで童貞のままだ。
センスもテクニックもない。
だけど優菜さんは、そんな俺を愛おしそうに見つめながら手を伸ばす。
「気持ちいいよ、奏汰くん」
その言葉だけで嬉しかった。
だから何度も何度も、この極上の果実を喰らった。
いつの間にかオーディションのことは頭から綺麗に抜けていた。
もちろん、この幸せの一時の間だけかもしれない。
だけどこの一時が終わったとしても、俺の気持ちは明るい方向に向かっている気がした。
♦
「明日、というかもう今日かな。ちゃんと起きて学校行けそう?」
「どうでしょう」
「遅刻したら目標計画書は失敗。そうなったら、一人暮らしは延期だね?」
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