第25話 本番前夜



 オーディションまでの期間はたった一週間。

 今から体型を変化させるのは不可能だ。

 身長を伸ばすのも、筋肉を付けるのも。


 かといって、この期間でコスプレイヤーのオーディションで合格する為にできることってなんだろうか。

 技能を磨く。

 その技能ってなんだ。

 別に写真を撮ってそれを購入者が見るだけだから、モデルのようにウォーキングとかがあるわけではない。

 立ち方だって、これといって差がある感じには思えない。


 コスプレイヤーに必要な能力ってなんだろう?

 オーディションで参加者の優劣ってどう決めるんだろうか?


 それらの疑問は、オーディションまでの期間が近くなればなるほど実感する。



「うん、いい感じね」

「ありがとうございます」



 アトリエアロマの事務所にて。

 オーディション前日、健吾さんと麻耶さんに衣装とメイクについての最終チェックを受けていた。



「奏汰くん、いいっすねー」

「そう、ですかね……?」



 メイクを担当した麻耶さんに不安気に聞くと、彼女は明るく笑った。



「いいっすよ! まあ、そもそも演じる役が日本人顔じゃないから完璧再現は無理っすから、これぐらいが妥協点かなって」

「こら、まやちゃん!」

「だってこればっかりは仕方ないっすもん。でもでも、妥協点の中では完璧な仕上がりだと思いますよ?」



 正直な麻耶さんの感想に苦笑いする。

 鏡を見ても、衣装とメイクのお陰で役に似ているとは思う。

 ただ実際に『このキャラを演じています!』と言われて、画像を横に出してやっとわかる感じだ。

 これ以上、役に成りきるのは難しい。

 それがこの一週間の成果だ。



「結局、ゆうなちゃんはこの一週間一度も来なかったわね」

「ですね」



 何度か事務所を訪れたが、優菜さんが一緒に来たのは最初の説明を受けた日が最後だった。



「まあ、本番まで楽しみを取っておきたい気持ちはわかるけど。さて、今日はこの辺にしましょうか」



 窓の外はすっかり暗くなっていた。

 学校帰りなので、いつも少ししかいられない。

 俺は一人、隣の衣装室へ移動して着替えをする。



「念のため明日の確認ね、着替えながら聞いて」

「あっ、はい!」

「明日のオーディションでは、ソロで撮影するのと、ゆうなちゃんと一緒に撮影するペアの二回。ソロ撮影でのポージングなんかはカメラマンから指示あるけど、ペア撮影では本番の撮影と同じだから、前に渡した資料のポーズを覚えておいてね」



 前に渡された資料とは、壁紙用のダウンロードコードとして配布されるモノだ。

 オーディションに合格した人だけがするのではなく、一応、参加者全員がポージングをして写真には残すらしい。

 それを見て、誰のを採用するのか決めるのだとか。

 優菜さんが「奏汰くんたちは一回で終わりだけど、私は参加者全員としないといけないんだよ。はあ、大変だなぁ」とぼやいていた。

 参加者は何十人とかではなく俺合わせて五、六人って言っていたからまだマシかもしれない。



「本番、あたしは自分の役目があってあんまり手助けできないけど、まやちゃんが代わりに側にいるから。困ったことがあったらなんでも聞いてちょうだい」

「ん、なんでも聞いてねー」



 どこか適当な麻耶さんの言葉だが、仕事はちゃんとしてくれる。

 いつもどこか適当だけど。



「と、事前の説明はそんなところかな。何か聞いておきたいことはある?」

「いえ、大丈夫です!」



 そこで着替えが終わった。

 健吾さんは車のキーを手に、麻耶さんも帰り支度を済ませていた。



「じゃあ、帰りましょうか」

「お願いします」

「お願いしまーす」



 健吾さんの車へ自宅へ。

 先に麻耶さんの住んでいるマンションを経由する。



「そういえば奏汰くん、前から聞きたいことあったんだけどいいっすか?」

「はい、なんですか」

「優菜さんとの同棲生活ってどんな感じなんすか?」

「え、どんな感じって?」

「それはもう」



 助手席から顔だけを後ろに向けた麻耶さんが悪い表情を浮かべていた。



「夜の営みとか」

「なっ!? そんなの、あるわけないじゃないですか!」

「えー、同棲した男女がー? あんなエロい体した優菜さんと暮らしてるのにー?」

「ないですないです!」

「もしかして奏汰くん”の”、もう……」



 今度は哀れみの視線を向けられた。

 何を想像しているのか一瞬だけわからなかったが、少しして気付いた。



「勃ちますよ!」

「あっ、良かった良かった。その歳であれなのかと、つい。じゃあなんで?」

「それは……」

「こら、まやちゃん。二人のプライベートなんだからそっとしておきなさい」

「えー、でも気になりません? あの優菜さんがどんな感じに乱れるのかとか」

「……まあ、気になるけど」

「ですよね! で、で、どんな感じなんすかー?」



 にたーっとした笑みを浮かべる麻耶さんに返事を困らせていると、



「あんまりしつこく聞くと、ゆうなちゃんに告げ口されるわよ?」

「うげっ!」



 健吾さんの言葉に、麻耶さんは慌てて顔を前に向ける。



「それは困るっすね。優菜さん、怒ったら面倒っすから」



 二人は楽し気に笑う。

 それから、帰るまで俺の知らない優菜さんの話を聞いていた。

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