第20話 突然の報せ


 優菜さんとのデートから数日が経ったころ。



「こら、ちゃんと集中して?」



 学校生活では芳人と江南に絡まれ、気付くと三人でいることが固定みたいな感じになった。

 入学式の一件もあってか、未だに同級生の女の子と仲良くなれていない。



「あっ、もう……また失敗した。もしかして、わざと間違えて私に怒られようとしているの?」



 それに江南は完全に優菜さん側につき、学校で何かあれば必ず優菜さんへと報告されるので全て筒抜け状態だ。

 そして何かあるとすぐ、優菜さんはスキンシップを少しだけ多くしてくる。



「ちゃんとできたら、ご褒美あげるから……。ご褒美の方、嬉しいでしょ?」



 そして土曜のお昼。

 何も予定のない俺は優菜さんと一緒に家にいた。



「……優菜さん」

「ん、なに?」



 先程から俺の隣に立ち、艶めかしい声で誘惑してくる優菜さんに俺は手を止め伝える。



「集中できません!」



 勉強を教えてもらっている風だが、これはたかだかお好み焼きをひっくり返すだけだ。

 なのにこんな俺を興奮させる声を出されたら集中できるわけがない。

 それにテーブルにホットプレートを置いて焼いているのに、なぜ優菜さんは正面じゃなく俺の隣に座っているのか。



「別に、変なことしてないよ?」

「してます」

「例えば?」

「例えばって……もういいです。今度は黙っていてくださいよ」

「はーい」



 お好み焼きをひっくり返そうと両手に持ったヘラに力を込める。

 今のところ二回連続で失敗している。今度こそ、今度こそ……。


 俺が気合を入れて持ち上げ、

「ほっぺにソース付いてるよ。ちゅ」

「──ッ!?」

 俺の頬に軽くキスをする優菜さん。

 そして、ひっくり返したお好み焼きは、ベチャ、と変な形をしてホットプレートに叩きつけられた。



「あーあ、また失敗した。奏汰くん、わざと?」

「優菜さんこそ、わざとですよね!?」

「私は取ってあげただけよ。失敗を他人のせいにしないでちょうだい。はい、あーん」



 一口サイズのお好み焼きを俺の口へ運ぶ優菜さん。



「美味しい?」

「はい、美味しいです」

「そう、良かった」



 優菜さんは満足そうな表情を浮かべながら、お好み焼きを口にする。


 今日も二人でのんびりした休日を送るのだろう。そう思っていると、ふと、優菜さんのスマホに着信が入る。



「ケンさんからみたい。奏汰くん、ちょっと待ってね」



 優菜さんはその場で電話を取る。

 俺は電話の邪魔にならないように、空いたお皿を流し台へと片付ける。


 健吾さんってあの健吾さんだよな、前に優菜さんを撮影した。

 たしか江南が、健吾さんは『アトリエアロマ』っていう同人誌グループで、コスプレイヤーを撮った同人誌を発売してるって言っていたか。 

 じゃあ、また撮影の相談の電話かな。


 話を聞かないように流し台にいると、少しして、電話は終わったらしい。



「ごめんね、気を遣わせちゃって」

「いえ、気にしないでください。それより要件はなんだったんですか?」

「えっと、また撮影のことで、ちょっと相談されちゃって」

「相談?」



 少し難しい表情をする優菜さん。



「実は、またコスプレの撮影を頼まれちゃって……」

「でもそれって、別に前からあったんじゃなかったでしたっけ?」

「そうなんだけど、今回のは前までみたいな同人誌とかと違って、企業からの仕事らしいのよ」



 優菜さん曰く、今までのコスプレイヤーとしての撮影は健吾さんの同人サークルとしての仕事もあったが、半分近くは健吾さんの趣味の延長線上に近かったのだとか。

 だから依頼料も少なく、目にする人もそこまで多くなかった。

 もちろん、優菜さんに魅せられた人がSNSで拡散して、それが話題になって大勢の目に触れることもあった。それでも知っている人はそこまで多くはない。


 けれど今回、健吾さんから相談されたのはそこそこ有名な企業からの仕事依頼で、依頼料もこれまでとは違いちゃんとした額が支払われるんだとか。



「今まではケンさんからの相談だったから受けていたんだけど、企業となるとね。今までより多くの人に見られることになっちゃうと思うの」

「それはまあ。えっ、それって別にいいことじゃ?」

「コスプレイヤーとして頑張ろうって決めている人にとってはね。だけど私は、元から写真を撮られて大勢の人に見られるのが好きってわけじゃないから。何より、私は別にプロでもなんでもないの。ケンさんと麻耶が喜んでくれるから手伝ってるだけで、他の子みたいにプロ意識もないから」



 確かに優菜さんはコスプレイヤーで有名になりたいとか、大勢の人に見られたいとかっていう志は無さそう。



「こんな考えの人間が企業からお仕事を貰うのは、うーんって……」



 企業も、優菜さんが綺麗でそれ相応の報酬を払ってでも仕事をお願いしようと思ったんだから、そんな意識的な部分は気にしなくていいのにと思ったが、優菜さん的にはそういうことじゃないんだろう。


 そんな中、優菜さんのスマホが鳴る。

 ただこれは電話ではなくメッセージで、優菜さんは届いたメッセージを見て首を傾げる。



「これ、ゲームだよね?」



 優菜さんはスマホの画面を操作すると、俺にそれを見せる。

 スマホの画面には、ゲームのパッケージが表示されていて、年齢制限のマークや対象のゲーム機器のマークなどが表示されている。



「ですね。名前は……聞いたことないですけど、このパッケージの感じはゲームだと思いますよ」



 パッケージにはドレスを着た金色の髪の女性と、その女性の手の甲にキスをする黒髪の男性がいる。

 そしてその二人に共通しているのは、耳が長いということ。

 これはおそらく、ファンタジー世界でよく見る”エルフ”だろう。



「ケンさんからのメッセージの追記で、えっと『聖樹と呪術のリントネア』っていう乙女ゲームの予約特典で、コスプレイヤーさんに撮影をお願いしてるみたい」

「あー、確かに、そういうの見たことあります。ってことは、この女性を優菜さんが?」

「なのかな。それと……えっ!?」



 優菜さんはメッセージの追記を読んでいると、驚くように声を上げた。



「どうかしました?」

「……えっと」



 優菜さんは言いにくそうに言葉を選んでいた。

 そんな間が空いた後に、困り顔を浮かべながら口を開く。



「……相手役の男性は、オーディションで選考するって」

「はあ」



 ヒロイン役は優菜さんで決定していて、男性側はオーディションか。

 うーん、でも乙女ゲーって聞いた知識しかないけど女性向けゲームだよな。それがなんで男性側はオーディションなんだろう。

 男性側もそのキャラに合ったコスプレイヤーを探して起用すればいいのに。



「それでね」



 頭の中にあった疑問を解こうとしていると、優菜さんが言う。



「そのオーディションに、奏汰くんもエントリーしてみないかって」



 

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