第十一話「剣ではなくクワを手に」

 カルヴァニアとの戦争を回避し俺が一年間の技術指導を終えて帰国した時、王都は熱狂的な歓迎ムードに包まれていた。


「英雄の帰還だ!」


「ダイチ様、万歳!」


 民衆は俺の名を口々に叫び、俺の乗る馬車に花を投げた。まるで凱旋将軍のようだったが、俺が成し遂げたのは戦争を『しない』ことだった。それが何より誇らしかった。


 王城で俺を迎えてくれたアルフォンス殿下は友の無事を心から喜んでくれた。


「よくぞ生きて戻ってくれた、ダイチ殿。君はこの国の、いや両国の英雄だ」


 そして国王陛下の御前で俺の人生を決定づける宣告がなされた。


「サトウ・ダイチ。其方の功績は万人の認めるところである。よって其方を王国初の『農業大臣』に任命する。我が国の農業政策のすべてを其方に委ねる」


 農業大臣。それは俺のために新設された役職だった。貴族たちが独占してきた国政の中枢に元平民の俺が正式に名を連ねることになったのだ。これにはかつて俺に敵対していた保守派の貴族たちも、もはや文句のつけようがなかった。俺の功績はそれほどまでに圧倒的だった。


「謹んでお受けいたします」


 俺は厳かに頭を下げた。この瞬間、過労死したしがないサラリーマンだった俺は一国の未来を背負う立場となったのだ。人々は俺を畏敬の念を込めてこう呼んだ。『豊穣神』と。


 俺の改革は大臣という強力な権限を得てさらに加速した。


 グランディス領の『総合農場』システムをモデルケースとし、王国全土で農業改革プロジェクトを始動させた。各地に指導員を派遣し堆肥作りや輪作、灌漑技術を広めていく。最初は半信半疑だった各地の領主や農民たちも、目に見えて収穫量が増えていく現実にやがて心からの協力者となっていった。


 俺の仲間たちもまたそれぞれの場所で輝かしい成功を収めていた。


 リリアは俺の知識と技術を完璧に受け継ぎ、素晴らしい指導者に成長していた。俺はグランディス領に国で最初の『王立農業学校』を設立し、彼女をその初代校長に推薦した。


「私なんかが校長先生に……?」


 最初は戸惑っていたリリアだったが、子供たちに農業の楽しさと大切さを教えるという新たな夢を見つけ、今では生き生きと教鞭を執っている。彼女の教え子たちがこの国の農業の未来を担っていくことになるだろう。


 マルクスは俺との取引で得た莫大な富と人脈を基に、王国一の大商会『ダイチ商会』を設立した。グランディス領の作物をはじめ王国の豊かな産物を国外にも販売し、国に多大な利益をもたらしている。かつての抜け目のない行商人は今や王国の経済を動かす大商人として、その名を轟かせていた。


 そして俺の最初の出発点であったノーブル村。


 あの貧しかった辺境の村は今や『モデル農村』として、全国から視察者が絶えないほどに繁栄していた。村長は訪れる人々に誇らしげに村の歴史と俺との出会いを語っているという。村人たちは豊かな暮らしを手に入れ、誰もが幸せに笑っていた。


 数年の歳月が流れ王国は大きく変わった。


 飢える者はほとんどいなくなった。どの村の畑も黄金色の穀物で満たされている。俺が大臣になってから国内で食料を原因とする争いは一度も起きていない。アルフォンス殿下が夢見た「すべての民が明日の食事の心配をせずに眠れる国」が、現実のものとなりつつあった。


 俺は執務室の窓から豊かに実る王都郊外の畑を眺めていた。


 追放者として始まった俺の異世界生活。それがこんな結末を迎えるとは。


 多くの仲間と出会い多くの困難を乗り越え、そして大きな夢を一つ叶えることができた。


 これで物語は終わり。そう思っていた。


 だが俺の心の中にはまだ消えない一つの情熱の炎が残っていた。


 世界はまだ広い。この大陸の向こうにはまだ誰も知らない土地が広がっている。


 そこにはまだ耕されていない大地が無限に広がっているはずだ。

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