第二章 第零節 反射する世界
その夜、川辺に一人の女が倒れていた。
皮膚は緑色に爛れ、髪は抜け落ち、体温はほとんど失われている。
低くうめき声を上げる異形の姿は最早人間の物ではなく。
命の脈動だけが、この世界と彼女をつなぎ止めていた
一台の四輪駆動車が停まった。降りてきた男は、女の姿を見て息をのむ。
通信機は沈黙し、時計は逆回転を始める。
霧が膨らみ、音が吸い込まれるように消えていく。
男は、彼女を抱き上げた。
冷えた手がかすかに動き、彼の服を掴む。
唇がわずかに開き、聞き取れない声が零れる。
その瞬間、風が止まった。
霧の粒が宙に浮かび、川の流れが静止する。
空気の全てが凍りついたようだった。
男は息を詰め、目を閉じた。
そしてもう一度、ゆっくりと開く。
世界は再び動き始めていた。
川は流れ、霧は風に乗り、空はいつもの灰色に戻っている。
小さな生命が微かに動いた。
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