第2話 笑いの預言者たち

 世界は今日も平和だった。

 馬鹿教の信者が街角で笑い、会社では昼休みにツッコミ大会が開かれ、学校では成績よりも“ボケの質”が重視されるようになった。

 人類はようやく、働かないことに罪悪感を抱かない文明を手に入れた。

 とはいえ、働かないわけではない。

 ただ、働く前に笑い、働きながら笑い、終わったら大笑いするのが礼儀になっただけだ。


 そして、その中心にあるのが――『馬鹿教大聖典(初版)』。

 ある出版社の編集者が、愚楽の寝言ノートを「これ、売れるかも」と出してしまったのが始まりだった。

 発売初日から書店には行列ができ、三日で世界中に広がった。

 信者たちは聖典を片手に語り合い、街角で朗読会を開いた。


🥚 『馬鹿教大聖典(初版)』


― 教祖・愚楽語録 ―

副題:「頼むから宇宙に広めないでくれ」


第一条 「飯を食って笑え」


「空腹は説法より強い。満腹で笑え。それが救いだ」

弟子の勘違い:

「我々は食べ過ぎてこそ悟るのだ!」

→ 結果、馬鹿教の信者は肥満率世界一に。


第二条 「考える前に転べ」


「悩むより転べ。転んだあとで笑えば人生は前進してる」

弟子の勘違い:

「師は転倒を勧めた! 舗道に祈りを捧げよ!」

→ 世界各地で“転倒行列”が名物行事に。


第三条 「神は寝坊する」


「世界がうまく回らないのは、神が寝てるからだ」

弟子の勘違い:

「だから我々も朝寝をせねばならぬ!」

→ 「午前中活動禁止令」が馬鹿教国で制定。


第四条 「ツッコミこそ慈悲」


「人の間違いを笑い飛ばせ。怒るな、ツッコめ」

弟子の勘違い:

「愛を伝えるには頭を叩け」

→ “慈悲のツッコミ棒”が公式法具となる。


第五条 「笑いは宇宙の共鳴だ」


「星も笑って光ってる。ただし無表情に」

弟子の勘違い:

「夜空は師の大爆笑の残響である!」

→ 夜空を見上げて爆笑する集団が観測され、銀河連邦が警戒。


第六条 「真面目は病の元である」


「真面目な顔ほど、治療が必要だ」

弟子の勘違い:

「病名:シンコク症候群。治療法:ギャグ注射。」

→ 医療機関に“笑い科”が新設。保険適用。


第七条 「知恵より茶」


「哲学は一杯の茶に負ける」

弟子の勘違い:

「茶葉こそ悟りの象徴!」

→ 高級茶葉の争奪戦が勃発。結果、紅茶戦争。


第八条 「過去はボケ、未来はツッコミ」


「後悔も予測もいらねぇ。どっちも笑いに変えろ」

弟子の勘違い:

「師は時間軸すらネタに変えた!」

→ 馬鹿教暦が導入。1週間が「月ボケ・火ボケ・水ボケ…」で構成される。


第九条 「死を恐れるな。オチがつけば生だ」


「人は死ぬまでネタ。死んで笑わせたら勝ち。」

弟子の勘違い:

「死後もウケを狙うことが信仰!」

→ 墓石にQRコードを刻み、生前ボケ動画を流す“笑葬”が普及。


第十条 「愛せ、そしてボケろ」


「愛は説明するより笑わせろ。説明した瞬間に冷める」

弟子の勘違い:

「プロポーズ=一発ギャグ」

→ 成功率は低いが、離婚率もほぼゼロ。


【巻末註:愚楽による余白メモ】


「誰がこんな真面目に書き写せと言った?」

「俺はただ、“笑って生きる”って言っただけだ」

「……まあ、笑ってんならいいか」


 教典を読んだ者は皆、なぜか笑って元気になった。

 宗教論争も市場競争も消え、ただ街には“笑い声の通貨”が響いた。

 しかし――どんな教えにも預言者は生まれる。


 「師は宇宙も笑わせようとしたのだ!」

 そう叫ぶ青年が現れた。彼は“銀河布教団”を名乗り、風船で成層圏まで上がって「ハハハ」と叫んだ。

 電波は宇宙まで届き、上空の何かが微かに点滅した。

 だが地上では、ただ子どもたちが笑って手を振っていた。


 別の預言者はこう言った。

 「師の『神は寝坊する』は、宇宙の創造主への挑戦だ!」

 すぐに“午睡党”という政治団体が発足し、議会の議長が居眠りしたまま再選された。


 愚楽はその様子を見て、屋台のカウンターでつぶやいた。

「……馬鹿の数が増えると、管理が大変だな」

 店主が笑う。

「でも楽しそうじゃないですか、みんな」

「そうだな。……ただ、笑いってのはな、広めるほど形が変わる」

「師は止めないんですか?」

「止める? 止めたら笑いじゃねぇ」


 夜空を見上げると、あの小さな光がまた瞬いていた。

 人の手で作られたものか、それとももっと遠くの何かか。

 愚楽はぼそりと呟いた。

「頼むから、馬鹿教を宇宙に広めないでくれ」


 けれど――風の向こうで、誰かが笑った気がした。

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