第6話 笑えるヤツがいちばん強い


 平成37年現在、世界滅亡の原因は奈落――少なくとも、そう言われている。

 奈落は暗黒球。その周辺が汚染地帯。汚染地帯の外周が限界汚染圏。これが俗に言われる“汚染地帯”の概略図だ。

 今回偵察に行く地点は第九汚染帯A-9の南端で、朽原と言う。朽原の大きさは、せいぜい東京ドーム100個分くらい、円形にしたら直径2.5kmくらいと言った方が分かりやすいか。

 灰色の粉塵と溶けた鉄骨が風に鳴る街だ。旧市街の崩落地帯で、灰色の蒸気が地表から立ち上り、風は錆びた鉄骨を鳴らして通り抜けていく。地面は赤錆色で空気には鉄と錆の匂いが混ざる。まるで街が死んだあと、骨だけが立っているようだ。

 空は灰色。雲も灰色。風まで灰色。空気がまずい。粉っぽい空気が喉に張りつく。錆びた空き缶を噛んでる感じだ。やったことない?  まあ、当たり前か。とりあえずクソ不味い。味覚の死んでいる亜人でも不味いと思うからかなりの物だ。

「相変わらず、健康に悪そうだな奈落は」

 俺がぼやくと、隣で光が小さく笑った。

「健康という言葉を使うの、仁くんぐらいですよ……死んでるのに」

「死んでも体調は気遣うもんだ。気分の問題だからな」

 汚染地帯の空気は生者にとって毒だ。ただし亜人の俺には埃臭いだけだ。逆にゾンビは居心地が良いみたいだな。汚染地帯から出てこない。


「前方に複数のゾンビ」

 光さんが淡々と告げる。俺は鉄パイプを握りなおした。

「お客は何人?」

 固体のような灰色の霧のせいで視界が悪い。

「三十……いえ、四十近く。群れです」

「ふむ……微妙な数だな。まぁ良いか。」

 灰の中から、ゾンビたちがゆらりと現れた。皮膚はひび割れ、目は空洞。死んで少し経ってからゾンビ化したんだな。

 奈落に影響された死体はゾンビになる。その時の状態でグロさが変わるんだ。

 ちなみに生者が影響を受けると亜人になる。奈落の毒にやられたらゾンビ。耐えたら亜人って訳だね。本人の資質や環境の影響もあるらしいからそこまで単純な話じゃないけど。

 本当は亜人は死んでないから死人って言うのはおかしい……でも生態がほぼゾンビだからどうしても死人扱いになるんだ。

「サラリーマンゾンビかな?」

 片腕を上げているのだが、それが電車の中でつり革を掴んでるみたい。群れが全て片腕を上げているので恐ろしさより滑稽さが目立った。

「よし、行こうか」

 俺は軽く鉄パイプを振るうと、最初の一体の頭を叩き潰す。ぐしゃりと音がして、白濁した液体が飛び散った。

「中身は結構ジューシーだね」

 それが地面に落ちる前に次の一体が飛びかかってくる。

「ずいぶん忙しないゾンビだな」

 鉄パイプを振り抜く。骨が砕け、肉片が飛び散る。ミイラのような外見に似合わない赤い肉が露出する。

 人間なら出血大サービスって場面だがゾンビにしてはフレッシュでも所詮はゾンビ。返り血はほとんどない。普通なら視界が真っ赤になる場面だが、汚染地帯は常に濃い霧が漂うから周囲は灰色だ。


 光が後方で何かを呟いた。彼女の掌が淡く光る。奈落に影響された存在は魔法のような事が出来る。光の力は癒しが中心だが他にも使えるのだろう。ゾンビたちの動きが水中にいるようにゆっくりとなる。へぇー拘束系か。光には似合ってるかも。俺は肉体強化に全振りだからね。常に単純なもんだよ。

「今のうちに」

「了解」

 俺は踏み込み、三体まとめて叩き潰す。首が飛んでも胴体がまだ動く。それを踏みつけて力を入れると胴体が平たくなる。ゾンビ狩りに容赦はない。ゾンビより亜人の方が強いが数の力で引っ繰り返される。油断は出来ない。

「これで終わりっと……残業はしたくないね」

 人数の割には疲れた。やはり奈落が近いとゾンビも強い。

「お疲れさまです」

 彼女が近寄り、淡く光る手の平を向けると返り血が消えて行く。

「血がついてますよ」

「ああ、ありがとう。でも大した量じゃない」

「でも、気分が悪いでしょう?」

「……まあな。ミイラっぽかったのに汁気が多かった」

 光は小さく笑う……やっぱり上品だよな。

「光さん、ここは平気?」

「奈落にはだいぶ慣れました。この子が守ってくれてるのかもしれません」

 光が軽く胸もとを撫でながら言う。

「優しくて強い子だね」

 風が吹くと灰が舞い上がる。遠くで何かが蠢く音がした。それは新しいゾンビか、奈落そのものか俺には分からない。


「何も無いな……もう少し奥に行くか?」

「ええ、でも……少しだけ採取していきませんか。データが足りません」

「仕事熱心だな」

「壊すのは苦手なので、ここで点数稼ぎです」

 少し得意気に言う光はいつもより幼く見えた。

「良いコンビだな」

 光が微笑む。灰色の空の下でも笑えれば、少しはマシになるもんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る