5.輝きはずっと遠く
タクトから送られてきたURLを開いたとき、私は息をのんだ。
そこには、エレガントで洗練されたレストランの情報が載っていた。
ドレスコードを調べ、クローゼットの中にある一番良い服を選んだ。
それは、去年のクリスマスに両親に買ってもらった、少しだけ背伸びをしたワンピースだった。
しまい込んでいた赤いマフラーを巻き、私はレストランへ向かった。
予約の名前は、タクトではなかった。
「マネージャーの名前だ」と聞いて、私は自分がどれだけ遠い場所へ来てしまったのかを改めて痛感した。
案内された個室に入ると、そこにタクトはいた。
けれど私の知っているタクトではなかった。
街中やメディアでみかけるTAKUTOだった。
「久しぶり!大活躍だね!」
明るい声で私から話しかけた。
少しでも緊張しているところを見せたくなかった。
「随分、連絡すら出来てなくてごめん」
そんな言葉に、私は何も言えず、ただ頷くしかなかった。
それから、少しの間は沈黙したけれど、昔話が場を和ませてくれた。
デザートが出てきた頃には、私はもうこの時間が終わってしまうという寂しさで、胸が締め付けられそうになっていた。
「これからもずっと応援してる! ずっと観ているね」
精一杯の言葉を伝えると、不意に立ち上がった彼が傍に置いてあった袋からリボンのかかった大きな箱を差し出した。
「開けてみて」
箱を開けてすぐ、靴だと分かった。
それは、とびきり大人っぽい、ツヤツヤした黒いハイヒール。
思わず一足取り出してみると、黒とは対照的な、燃えるような真っ赤なソールが見えた。
高校生の私でも知っている、高価なブランドの靴だとその赤いソールを見てすぐに分かった。
「すごい… 綺麗… でも、こんな高価なもの受け取れないよ」
慌てて箱に戻そうとする私に、まっすぐな視線で言った。
「受け取って欲しい」
そして、彼の口から出た言葉に、私の心は凍りついた。
「今、俺は、カレンと付き合えない。それは、気持ちが変わったからじゃない。高校生と付き合っているわけにはいかないからで… 」
頭では理解できた。
今まさに人気が爆発しそうなアーティストの彼女が高校生だなんて、スキャンダルでしかない。
人気バンドのメンバーが未成年のファンとの交際で活動休止になったニュースを見たのも記憶に新しい。
真っ当な理由での別れだ。
頭では随分前から別れた状態だと判断していたけれど、本人から直接伝えられる事がこんなに辛いとは思っていなかった。
気持ちが全くついていかなかった。
泣いてはいけない時なのに、涙が止めどなく溢れてきた。
タクトは、そんな私をただ静かに無機質な横目で見ていた。
私の涙がすっかり枯れた頃を見計らいきっと最後になる言葉を彼は言った。
「この靴で颯爽と歩けるくらい大人になっても、もし待っていてもらえるのなら待っていて欲しい」
私は、最後くらいは… と伝えたい言葉を探したけれど、結局ただ頷くことしかできなかった。
「待っていて欲しい」そう彼は言ったけれど、待っていてもきっと会う事はないだろう。
タクトは一度も私を待っていた事もなければ、私の状態を確認した事もない。
歩幅の広いタクトの隣を歩くのはいつも必死だった。
一歩が出遅れてしまい、同じ信号を渡れなかった事があった。
彼は振り返る事もなく、私は信号が青に変わるとともに走ってその背中に追いついた。
あの日の彼の背中を私は今でもはっきりと思い出せる。
思い返せば、随分と前から彼はずっと遠くにいたのかもしれない。
けれど、私はこの靴の似合う大人に誰よりも早くなろうと強く思った。
そう思わなくては、この場から帰る事すら出来そうになかった。
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