第50話 風が戻らない世界で➖心の淵へ➖
風が――帰ってこない。
第三の影が誕生した瞬間から、世界は沈んだままだった。
木々の枝は揺れず、空は息をしていない。
風の勇者の世界から、風が奪われたのだ。
ユウトの心臓が軋む。
(……本当に、風が“死んでる”)
第三の影が一歩踏み出すたびに、白銀のノイズが世界を侵食した。
レオンは倒れている。
胸は上下していない。それなのに――まだ“死んでいない”。
『ぷるぅ……! レオンさん……!』
ピリィが必死に体を押し当てるが、風がないため回復も安定しない。
ゴルドが低く唸る。
『第三の影は、レオンの“輪郭を引き剥がし”独立した。
だがレオンの中にはまだ、
光だけが残っている』
――ユウト、と呼ぶ最後の声。
あれが、レオンの残った意志。
(絶対に取り戻す)
だが第三の影は――既にユウトを見据えていた。
輪郭だけの顔が、笑った。
ギィィィ……ッ
世界が削り取られる音。
「……やるってのか。上等だ」
ユウトが風の剣を抜く。
しかし――
剣が重い。
風が宿らなければ、ただの鉄だ。
第三の影が手を伸ばした。
【沈む世界へ、還れ】
声ですらない、否定の意思。
光景が黒ずむ。
ユウトの膝が折れかけ――
ピリィが叫ぶ。
『ユウト! 息をして!』
(……息……?)
ユウトは一度、目を閉じる。
深く、深く。
――空気が入らない。
肺が締め上げられる。
まるで世界から「呼吸の権利」を奪われたように。
(……風が……俺の中からも……)
否――違う。
風が“外”から消えたのだ。
ならば。
ユウトは拳を握り――胸に手を当てた。
(風は……ここにいる)
沈黙の影との戦いで触れた“風の核”。
それは、外ではなく己の内にある。
ユウトの中の風が、脈打ち始めた。
(俺が……風そのものになる)
世界に風がなければ――
俺が風になるだけだろ!!!
体の奥から、風の鼓動が広がる。
ピリィが目を見開く。
『ユウトが……風になってる……ですぅ……!!』
髪が揺れた。
風が生まれた。
世界の外からではなく、ユウトの内奥から。
【風の勇者・覚醒】
第三の影が一瞬、揺らいだ。
輪郭が壊れかける。
ゴルドが叫ぶ。
『今だ! 世界はユウトを中心に再び呼吸を始めている!』
「お前が世界を殺すってんなら――」
ユウトは駆けた。
「その世界を、俺が生かす!!!」
風の刃が、第三の影へ叩き込まれる。
――キィィィン!!!
普通なら斬れないはずの“空白”。
だが今のユウトは違う。
(斬れる!)
第三の影の胸元が裂け、白銀の霧が散る。
第三の影が揺らぎ、歪み、かすれた風を吐く。
【おまえ……は……】
「風を殺そうとする“お前”が敵なんだよ!!」
ユウトの風が世界を震わせた。
だが――その瞬間
――レオンの声が聞こえた。
『ユウト……たすけ……』
地面に倒れたまま、苦しみにゆがむ声。
ユウトは第三の影を睨む。
「お前が……レオンを苦しめてるのか」
【レオンの空白は……影の根だ】
第三の影が、胸を押さえた。
【レオンを殺せば……私も……完全になる】
「……絶対にさせねぇ」
第三の影は揺らぐ世界へ溶け込むように後退し、西側の虚無へ逃れる。
逃がさない。
ユウトが風を呼ぶ――
が、その時。
レオンの体が痙攣した。
『ぷるっ!? レオンさん! 影がまだ……!』
ゴルドの声が響く。
『ユウト! レオンの“精神世界”に第三の影が深く潜っている!
外側を倒すだけでは不十分!!』
「精神世界に……潜るってことか?」
『ああ! レオンの心の奥へ飛び込め!
第三の影の“根”を断て!!』
ユウトは決意する。
(よし……なら行くまでだ)
ユウトはレオンの手を握り――
風の流れに意識を落とす。
世界の音が遠ざかる。
第三の影の嘲りが響く。
【さあ、沈みゆく者を追って来い】
ユウトは瞳を閉じ――
レオンの精神世界へ
飛び込んだ
落下する。
地面も空も存在しない深淵へ、ユウトの身体は吸い込まれていく。
(……ここがレオンの精神世界)
真っ暗ではない。
だが“色”がない。
どこまでも続く白銀の砂漠。
風は吹かず、音もない。
世界そのものが――輪郭だけで構成されている。
『ぷ、ぷるうう……ここ、寒いですぅ……』
ピリィさえも震える場所。
ゴルドの声が頭の奥で響く。
『気をつけろ。
精神の世界では、お前自身の“心”が試される』
「覚悟してるよ」
足を踏み出した瞬間――
ザーッ……!
目の前に“線だけの剣”が突き立つ。
線だけの鎧を纏い、白銀の影が現れる。
だがそいつは――
「レオン……?」
レオンと同じ姿。
だが表情がない。
意思もない。
第三の影がレオンの“理想像”を模して造りだした、偽りの守護者。
影レオンが、無機質な声を放つ。
【ユウト・ナガセ
ここは、招かれざる者の来る場所ではない】
「名前がわかるのかよ。
ますますブッ飛ばしがいがあるな」
ユウトは構える。
内なる風が、指先で燃え上がる。
(——ここでも俺自身の風を信じるだけだ)
影レオンが無音の斬撃を放つ。
世界が切り裂かれた。
色なき砂が舞い、存在の線が断たれていく。
この世界では一度消えたものは本当に消える。
(やばい……俺の風も斬られる……!)
ユウトは跳躍し、風を纏った拳を叩き込む。
――ガァンッ!!!
影レオンは吹き飛ぶも、砂が一瞬で“修復”する。
ゴルドの声。
『ユウト!
あれは第三の影が守る“心の檻”の門番だ!
本体の根まではまだ遠い!』
「つまり、こいつを突破すれば……!」
拳を握る。
そのとき――別方向から声が。
『……ユウト……』
振り向くと、
砂の中で俯く本物のレオンがいた。
肩を震わせ、膝を抱え、
自分の輪郭を失うのを耐えるように。
「レオン!!」
走り寄ろうとした瞬間――
影レオンが立ち塞がる。
【ユウト
“彼”には近づくな】
「はぁ? なんでだよ」
【レオンは既に“救われる価値”を失った】
……その瞬間。
ユウトの中で何かが“切れた”。
「救われる価値が決まるのは……
レオン本人と、仲間だけだろうがッ!!」
風が爆発する。
精神世界全体が震える。
影レオンの輪郭が崩れる。
砂の空を、風が初めて裂いた。
ユウトはレオンの前へ走る。
レオンが怯えたように後ずさる。
「近付くな……
俺は……また仲間を傷つける……!」
涙ではなく、
“色を失った雫”がこぼれ落ちる。
ユウトはしゃがみ込み、
迷いなく手を差し伸べる。
「傷つけるかもしれない。
失敗するかもしれない。
影に飲まれるかもしれない。
……でもな」
レオンの顔を真正面から見据える。
「俺はお前を信じてる。
そして――
俺が信じたお前を、お前自身が否定するな」
レオンの瞳の奥で――
青い光が、もう一度灯った。
その光は、彼がかつて帝都で見せた
“騎士としての誓い”そのもの。
影レオンが苦悶の声を上げる。
【やめろ……!
それは“影の核”……!】
ユウトはレオンの手を握りしめた。
「戻るぞ、レオン。
一緒に――戦うんだ」
レオンの声が震える。
「……ユ……ウト……
すまない。
俺は……まだ……
終われないよな」
ユウトは笑う。
「当たり前だ。
お前はまだ始まってもいない」
――その瞬間。
精神世界が、光に満ちた。
第三の影の悲鳴が響く。
精神世界の檻が崩壊
レオンの心が“救済”へ動き出す
『ぷる〜〜! レオンさん復帰ですぅ!!』
ゴルドが咆哮を上げる。
『これでようやく……
第三の影と正面から戦える!!』
レオンは立ち上がり、
ユウトと背中を合わせた。
「ユウト。
影は……俺の責任だ。
戦わせてくれ」
「違うな」
ユウトが笑う。
「二人の責任だ」
レオンが――笑った。
第三の影の視界から見れば、
それは“世界の輪郭を取り戻す笑み”。
そして世界が――
ふたたび風を孕む。
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