第47話 影が形を手に入れる場所へ
風の流れが細くなるたび、世界の輪郭がひとつ“削られている”――
ユウトには、その感覚がはっきりわかった。
丘を下り、森へ踏み込んだ瞬間、空気が微かに震えた。
『ぷる……ユウト……森の“気配”が変ですぅ……』
「うん。この森、いつもより“軽い”」
『軽い……? 森がダイエットしたのか?』
ゴルドの相変わらずの筋肉翻訳にユウトが即座にツッコむ。
「してるか! 森の“存在の重さ”の話だよ!」
だが、そのやりとりの裏でユウトの心は静かに緊張していた。
(――ここだ。影が“形を手に入れる場所”)
風の感覚は、いつも影の気配を先に捉える。
だが今回の影は、風そのものを“餌”にしながら近づいてきていた。
(第三の影は、沈語の影と違う。
“言葉”ではなく、“世界の輪郭”を喰う)
ピリィが震える。
『ユウト……影のニオイが濃いですぅ……
でも、形がない……!』
「そう。まだ“形を持てる条件”が揃ってない。
影が形を得るには、“核”が必要なんだよ」
『核?』
「うん。影が宿る“空白”……“器”って言ってもいい」
ゴルドが眉をしかめた。
『器……ユウト、嫌な予感がするぞ』
「俺もだよ」
その“器”――
いちばん影が求めている空白は、
(――レオン)
沈語の影の戦いの後、レオンの心には“声の空白”が残った。
あれが第三の影にとって、最も美味しい“住処”になる。
(そして影は……その空白へ向かってる)
ユウトは走りながら風を読む。
風は弱い。
まるで第三の影が“風の道しるべ”を塗りつぶしているようだった。
『ゆ、ユウト!! 影の匂い、どんどん近づいてるですぅ!』
「わかってる……!」
森の奥へ。
木々が揺れるでもなく、ただ“静か”だった。
自然の音が消えた静寂は――沈黙の影のときとは違う。
もっと……根源的な“存在の欠落”。
(第三の影は、世界の“輪郭”を食ってる……)
それはまるで――世界が、オモチャのように解体されかけている感覚だった。
そして森の中心に辿りついた瞬間。
ユウトは――“それ”を見た。
地面に残る、円形の黒い焼痕。
焼けたわけではない。
そこだけ、世界の色が“抜けて”いる。
『ぷるっ……なにこれ……!? 地面が……影みたいに……!』
ゴルドが呻く。
『これは……存在そのものが抉られた跡だ。
影が“形を求めて座した場所”……!』
ユウトは膝をつき、焼痕に手を当てた。
(……冷たい……けど、冷たさじゃない。
“何も触れていない”冷たさ……)
それはまるで、“世界の裏側”に触れているような感覚だった。
(ここで……影は“形”の情報を集めていたんだ)
その証拠に――
焼痕の中心には、わずかに光る“白銀の糸”が残っていた。
『ぷ、ぷるるっ……リュミエルさんの……?』
「いや……違う。
リュミエルの影から生まれた残滓だけど……“純度が違う”」
第三の影は沈黙の影でも沈語の影でもない。
しかし根源は同じ、“白銀の系譜”。
そこに、別の“世界の理”が混ざっている。
「……ユウト」
ピリィが怯えた声を出す。
『この白銀……レオンさんのほうへ“流れてる”ですぅ……』
ユウトは即座に立ち上がった。
(――ついに、影が“核”を選んだ)
レオンを。
レオンの心の空白こそが第三の影の“器”。
影が形を得るための、最後の材料。
(……間に合うか……!?)
ユウトは風を呼ぼうとする。
すると――一瞬だけ、風が返事をした。
(……まだいける!)
「行くぞ! 影が形を手に入れる前に……レオンを救う!」
『ぷるーーーっ!!』
『筋肉も全力だぁッ!!』
ユウトたちは焼痕から走り出した。
第三の影は、形を得るため――
レオンの“沈黙の核”へ向けて動き出していた。
その瞬間、世界の奥で、誰かの声が微かに囁いた。
(……まだ……はじまりにすぎない……)
風が震えた。
第三の影の胎動は――もう止まらない。
森を越えた瞬間、風の流れが“ひび割れた”。
『ぷるっ!? 風が……変ですぅ……割れてますぅ……!』
「割れてるな」
風が“一方向”ではなく、
“複数方向にちぎれるように”流れている。
影の干渉だ。
(これは……影が“選んでる”風だ)
影が形を得るためには、
風の中にある“言霊の記憶”を拾わなければならない。
・沈黙の影の記憶
・沈語の影の記憶
・世界の中にある空白の記憶
・そしてレオンの内部にある“声の破片”
それらを集めて――
影は一つの“存在”になろうとしている。
ゴルドが歯を食いしばる。
『まずい……第三の影は“影の完全体”を目指している!
沈黙でも沈語でもない、全く新しい“影の王”だ!』
「そんなもん誕生させてたまるか……!」
ユウトは風を読む。
バラバラの風の断片のうち、ひとつだけ――
“確かな方向を示している風”があった。
(……あれだ)
それは弱く、頼りない。
すぐに散ってしまいそうな、細い細い風。
だがそれだけが、真っ直ぐに指している。
(レオン……!)
ユウトは走り出した。
森を抜け、岩場を越え、丘を駆け上がると――
遠くに、白銀の揺らぎが見えた。
『ユウト……あれ……!』
「……影だ。
まだ形にはなってないけど……“輪郭”を手に入れかけてる」
白銀の揺らぎは、遠目にも“人の形に似てきて”いた。
まだ透明で、まだ霧のようで――
しかし確実に“人型”へ近づいていた。
『ぷるっ……レオンさんが……危ないですぅ……!』
「急ぐぞ!!」
ユウトは風を踏み、影へ向かう。
近づくたび、空気が薄くなる。
色がなくなる。
音が消える。
(……影の“核”が近い……!)
そして丘の頂点。
そこに――レオンがいた。
剣を抜いたまま、目を閉じて立ち尽くしている。
風も、音も、光さえも届かない静寂の中心。
その足元へ、白銀の影が寄り添うように揺れていた。
レオンはその気配を感じ取るでもなく、
ただ静かに、世界の“空白”に身を任せていた。
(……影はレオンの“空の部分”に入り込んでる……!)
ユウトが叫ぶ。
「レオン!! 聞こえるか!!
お前、また影に侵されてるぞ!!」
だが風が運ぶ声は――
レオンへ届かない。
なぜなら。
“影が先にレオンを抱きしめているから”。
白銀の影が、レオンの背中へゆっくりと吸い込まれていく。
『ぷ、ぷるるる!? レオンさん……影に……!!』
ゴルドが吼える。
『まずい!
影がレオンを“核”にして形を形成する気だ!!』
ユウトの心臓が激しく脈打った。
(間に合わない――!!)
影が完全に融合する前に、レオンへ走り寄る。
だが――風がない。
影が風を“殺している”。
だからユウトの足は、重い。
世界が“ユウトだけを止めようとしている”。
白銀の影がレオンの肩へ完全に触れた瞬間――
レオンが目を開いた。
その瞳は青でも白銀でもない。
“空白の色”。
影とレオンの境界が完全に消える寸前の――
“無の色”。
「レオン!!!!!」
叫ぶ。
走る。
手を伸ばす。
だが――
風のない世界では、距離が縮まらない。
かつての沈黙の影のときとは違う。
これはもっと根源的な“風の否定”。
第三の影が望む未来。
“風のない世界”
“声のない世界”
“輪郭のない世界”
風は世界に意味を生む。
声は心を形作る。
輪郭は世界を存在させる。
第三の影は、それを“全部なかったことにしたい”。
ユウトの声だけが、細い糸のように影へ届く。
「レオン!!
お前はそんなものの器じゃない!!
お前の声を……お前の心を……影なんかに渡すな!!」
その瞬間。
レオンの瞳の奥で――
小さな“青い光”が揺れた。
ユウトが一度だけ見た、あの“帝都での光”。
第三の影がそれを察し、レオンをさらに深く包もうとする。
白銀の影が渦を巻き――
世界が震える。
第三の影の“誕生”が始まった。
ユウトは叫んだ。
「レオン!! 立ち上がれ!!
お前自身の輪郭を――取り戻せぇぇぇぇぇ!!!!!」
光が弾けた。
第三の影が――形を得ようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます