第38話 風が揺らぐ道で

海沿いの街を出てから、三日が経った。

レオンを第三の影から救い出したあの日――

あの激しい静寂と、暴走する風の気配は嘘のように消えていた。


だがユウトは、どこか胸の奥のざらつきを拭いきれずにいた。


海からの潮風が頬を打つ。

本来ならばもっと心地よい風のはずだ。

だが――


(……風の“芯”が揺れてる)


理由はまだわからない。

世界は確かに救われているはずなのに、風の底に“砂のようなざらつき”が混じっている。


『ぷるぅ……ユウト、また考えてるですぅ?』


ピリィがユウトの肩で揺れながら尋ねる。


「いや……考えてるというか……なんか風が変なんだよな」


『味が変ですぅ?』


「……お前、味の話気に入ってるだろ」


『ぷるる! 風は味があるですぅ!』


『我が筋肉にも味はある!』


「お前は黙っとけ!!」


ゴルドの無駄に熱い発言に突っ込みながら、三人は海岸沿いの道を歩いていた。

道は白い砂が続き、潮騒が優しく耳に届く。

旅路としては最高の道のはず――なのだが。


(やっぱり、何かおかしい)


波の音が、微妙に“ずれて”聞こえるのだ。


左右の耳でタイミングが違う。

まるで、世界が“二重”に揺れているように。


そんな違和感をごまかすように、ユウトは深く息を吸い込んだ。


「……ま、気にしてても仕方ねぇか」


『ぷるっ! 進むですぅ!』



昼前。

三人は小さな森を抜け、丘に差しかかった。

その丘の上には古びた小屋がぽつんと建っていた。


「……こんなところに人が住んでるのか?」


『ぷるるぅ……木のにおいが強いですぅ』


『風が……揺れておるな』


ゴルドの言葉にユウトはピクッと反応した。


(やっぱ、ゴルドでも感じるレベルか……)


ユウトが風を読むと、小屋の中で“何か”が動いている気配があった。


獣でも魔物でもなく、

人間の気配に近い――だが。


(……静かすぎる)


“呼吸”が薄い。

まるで命そのものが弱く揺れているような感覚。


「……行ってみるか?」


『ぷるっ! 困ってる人がいたら助けるですぅ!』


ユウトは頷き、小屋に近づいた。


扉を軽く叩く。


「すみません、旅の者なんですけど――」


その瞬間、扉がギィ、と音を立てて開いた。


中にいたのは――

やせ細った老人だった。


だが彼は普通ではない。


眼は開いているのに、

“視線がどこにも向いていない”。


まるで、世界を見ていないような、そんな空虚な眼。


老人はゆっくりと口を開いた。


「……風が……聞こえん……」


ユウトの喉が鳴った。


(え……?)


「風の声が……海の音に……食われおった……

 あれは……戻らん……世界は……ひび割れた……」


『ぷるっ……! ユウト……この人……怖いですぅ……!!』


老人の声は鋭くなり、

最後は“風も声もない世界”を思わせる冷たさを帯びていた。


ユウトは慌てて問いかける。


「あの、何があったんですか!?」


老人は震えながら呟いた。


「……白銀の眼が……海の底を見ておる……

 星が落ちる……音がしない……

 風の道が……ねじれる……

 “あれ”はまだ……消えておらん……」


(……白銀……!?)


第三の影の残滓――

白銀の揺らぎが、まだ世界のどこかに残っている?


老人はユウトのほうを向いた。


その眼だけが――正気ではなかった。


「……お主……風の勇者じゃろ。

 あれは……お主を……探しておるよ……」


ぞくり、と背筋が沈んだ。


ユウトは知らず拳を握った。


(……やっぱり終わってない……!)


沈黙の影も、沈語の影も倒した。

レオンも救った。

風も戻った。


でも――

第三の影は、まだ“形を得ていない”だけ。


世界の底で蠢き、風の流れを歪め続けているのだ。


老人は震える手で扉を閉めた。


「……風を……守れ……勇者よ……

 “声”の海は……まだ……眠っておらん……」


扉が閉まる。


森を抜ける風が、ひどく冷たかった。


『ユウト……怖いですぅ……なんかイヤですぅ……』


「……ピリィ。大丈夫だよ。

 ただ……ちょっと世界の調子が悪いだけだ」


『ぷるぅ……本当にですぅ……?』


ユウトは答えられなかった。


道を歩きながら、風を読んだ。

ざらつきは強くなっている。

音の底が揺れているような、そんな違和感。


(……第三の影。

 あれが本気で“形”になろうとしたら……

 沈黙でも、沈語でもない……もっと違う“喪失”が来る)


ユウトは深く息を吐いた。


「……でも、来たら倒すしかないよな」


『ぷる~~! ユウト、がんばるですぅ! 風は絶対に守るですぅ!』


『うむ! 我が筋肉もいつでも戦える!』


「お前……筋肉しか言わねぇな……」


ゴルドの相変わらずのバカ正直さに、ユウトは少しだけ笑った。


風はまだ揺れている。

世界の輪郭も安定しない。

第三の影は、確実に“生まれよう”としている。


だが――


ユウトたちの旅は続く。

風が吹く限り、進むしかない。


不吉さをほんの少しだけ風に混ぜながら。


そしてその風の先には、

次の異変が静かに待ち構えていた。

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