第30話 記憶の月、風のゆりかご 続編
リュミエルの瞳には、決意が宿っていた。
港の賑わいが少しずつ遠ざかり、海風の音だけが三人と一匹を包み込む。
「ユウトさん……
“第三の影”は、おそらく私よりずっと昔から存在しています」
「昔から?」
「はい。
沈黙の影は、この世界を沈めた原因。
言葉の影は、私があなたの名前を失った原因。
でも……最後の影は、もっと違う。
“意図的に私の力を削いでいる存在”なんです」
ユウトは眉をひそめた。
「意図的に……?」
「はい。
私の記憶も、私の権能も、そして――
“ユウトさんに与えられるはずだった力”まで」
風が止まった。
ユウトは胸がざわつくのを感じた。
「……おい、それどういう意味だ?」
リュミエルは手を胸に当て、静かに言った。
「ユウトさんは、本来“最弱勇者”ではありませんでした」
ピリィが飛び跳ねた。
『ぷるっ!? ユウト、ほんとはすごいやつですぅ!?』
「いや、俺はどう見ても最弱だろ!」
だがリュミエルは真剣なまま、首を振った。
「いえ……
あなたがこの世界に来た本来の運命は、“最強”でした。
風を司り、世界を繋ぐ……
“伝承級レジェンド勇者”として。」
ゴルドが雷に打たれたように震えた。
『む……ムキムキ勇者の可能性も……!?』
「お前の脳内で全員ムキムキになるのやめろ!」
ユウトは信じられず、首を傾げた。
「俺が……伝説級……?
いやいやいや、俺のステータス見たことあるだろ?
HPもMPも筋肉も皆無だぞ!」
「あれは……“削られた結果”なんです」
リュミエルはゆっくりと説明を続ける。
「ユウトさんが召喚される“直前”。
何者かが介入して、あなたのステータスと権能の大半を奪いました」
「そんなこと……できんのか?」
「できます。
女神と勇者を“繋ぐ風の路みち”に影が入り込めば、
勇者の力を好きなだけ削ることができるんです」
ユウトは思わず空を見上げた。
雲が一筋、夜空を横切っていく。
(じゃあ……俺は最弱として生まれたんじゃなくて……
“最弱にされた”ってことか?)
リュミエルは小さく息を吐いた。
「ユウトさんがこちらの世界に来た瞬間……
影はあなたの“核心コア”だけを残して、すべてを奪いました」
「核心……?」
「モンスター思考読取。
本当のあなたの力は、それだけじゃありませんでした。
本来は“風属性の万能系勇者”で、
あらゆる術式と加護が使えたはずなんです」
ユウトは頭を抱えた。
「おいおい……じゃあ……俺の今の苦労って……」
「ほぼ影のせいです」
「ほぼ!?」
『ぷるぅ!? ユウトかわいそうですぅ!!』
『筋肉! 怒りのスクワット!!』
「落ち着けって!」
リュミエルは悲しげに笑った。
「ユウトさん……
本当は“最強になるはずだったあなた”を守れず……
ごめんなさい」
その一言で、ユウトは怒る気が完全に消えた。
「お前のせいじゃねぇだろ。
影の妨害なんて、誰にも防げなかったんだし」
リュミエルは小さく首を振る。
「いえ……あなたが召喚される前日……
私は最高位の『風の召喚儀式』を行う準備をしていました。
でも、その日――影が私から“記憶の魔力”を奪って……
私は儀式に失敗したんです」
その時の彼女の苦しそうな表情は、嘘ではなかった。
ユウトはそっと尋ねた。
「……俺は最弱になって、何が残ったんだ?」
リュミエルは答える。
「“心”です」
「……心?」
「影は権能や魔力は奪えても……
“あなたが誰をどう救いたいか”という心は奪えませんでした。
ユウトさんが持って生まれた“まっすぐさ”だけは、
影が触れなかった唯一の力です」
ユウトは思わず照れた。
「……なんか、すげぇ恥ずかしいこと言うな」
リュミエルは少し笑い、夜空を見上げた。
「ユウトさん。
私は“影”があなたを選んだ理由……
なんとなく分かる気がします」
「理由?」
「影は“あなたの心”を欲しがっているんです。
あなたの言葉も、願いも、祈りも……全部」
風がざわりと揺れた。
ユウトの背中を冷たいものが走る。
ピリィが不安そうにくっつく。
『ゆ、ユウト……影、怖いですよぅ……』
「大丈夫だ。絶対にお前には手出させねぇよ」
ユウトはピリィを撫で、ゴルドに目を向ける。
「ゴルド。
もしもの時はお前の筋肉で全員抱えて逃げろ」
『任せろ!! 筋肉はいつでも準備万端だ!!』
頼もしいんだか騒がしいんだか分からん。
リュミエルは、静かに続ける。
「影は“あなたを奪う理由”があって現れました。
でも……同時にあなたを“救いたい何か”も持っています。
影は悪意だけの存在じゃない。
奪うだけじゃない。
影は“忘れられた願い”が形になったもの……
だから……あなたに近づくんです」
「……俺に?」
「はい。
第三の影は、ユウトさんに……
“会いたがっています”」
海が濃く波打った。
風が音を失い、港の明かりが一瞬だけ揺れる。
リュミエルはさらに小さな声で言った。
「ユウトさん。
影は……あなたが転生する前……
影はすでに“あなた”を見ていました」
「……何?」
「だからあなたを知ってるんです。
あなたがこっちの世界に来るずっと前から……」
ユウトの胸が重くなる。
(……俺は……誰に見られてた?
なんで……最弱にされた?
俺の心を……何に使おうとしてる?)
その時だった。
――ひゅう、と風が流れた。
誰かの“意味”だけが、風に混じって届く。
(……ゆう……と……)
リュミエルが顔を上げた。
「……今の声……影です」
海が黒い波に変わり、夜空に薄い影がゆらりと流れた。
その影は、月の光に照らされながら、確かにユウトを見ていた。
(……ゆうと……
まってる……)
小さな声。
恐怖でも、悪意でもなく――
“願い”のような声。
ユウトは拳を握る。
「……リュミエル」
「はい」
「その影に、会いに行く。
最弱にした理由も、奪った力も……全部取り返す」
リュミエルの瞳が揺れた。
「……ユウトさん。
危険です。影はあなたの“中心”を狙っています」
「だからだよ。
このまま逃げ回るのは性に合わねぇ」
ピリィが誇らしげに弾む。
『ユウト、かっこいいですぅ!!』
ゴルドが拳を握る。
『筋肉全開で支える!!』
リュミエルは静かに微笑んだ。
「……わかりました。
ユウトさんが決めたなら、私も支えます。
どんな影が相手でも……
あなたの風が負けることはありません」
そして、金髪を揺らしながらユウトに手を差し出した。
「行きましょう、ユウトさん。
“あなたが最弱である理由わけ”を探しに」
ユウトはその手を取った。
風が舞い、海がざわめく。
最弱勇者の旅は――
ついに、影の核心へ向けて動き始める。
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