第15話 深淵の中に潜っていけ
「だろ? ご褒美にキスしてくれよ」
いわゆるお姫様抱っこの状態になったサーシャはおどけるが、紙一重の勝利だったのは間違いない。リオがいなければ、彼女は落下死していた可能性が否めないからだ。
「……あとでする」
「おっ、ついに鉄仮面が外れるのか」
「……凄まじい魔力がこっちに近づいてきているのに、呑気なヤツ」
「魔力? ……あ。クールさんに似ているな」
「……確かに。オヤジっぽい魔力だ」
一難去ってまた一悶着ありそうだ。サーシャの魔力はすでに萎え始めているため、こうなるとリオが対処しなくてはならない。クールの兄妹分に会えるまで、このふたりの安全は全く保証されないのだから。
「ふぁーあ。なぁ、リオ。魔力って使いすぎると眠たくなるものなのか?」
「……オマエの身体だと、多分そう。ただ、まだ寝るなよ? マルガレーテさんと会ってからでないと━━」
サーシャは唇をプクッと膨らませて、寝息を立て始めた。なんてマイペースなヤツだろうか。リオの腕の中で、しかも敵か味方か分からない━━しかし、クールに良く似た獰猛な魔力の源が近づいてきているのに。
そんな最中、リオのスマホが鳴った。どのみちひと気も先ほどの事件でなくなっているので、リオはサーシャをベンチに寝かせて電話に出る。
「……オヤジ。こちらはうまくサウスAsへ潜り込めました」
『知ってるよ。ただ、オメェらの身元引受人が変わったことを伝えておこうと思っただけだ』
電話越しに破裂音が響いている。もしかしたら、政府か敵対組織のどちらかに、クールの事務所が襲われているのかもしれない。そう思うと、良くこんなタイミングで通話できたものである。
「……マルガレーテさんじゃないんですか?」
『サウスに落ちてる新聞見てみろ』
「……!?」リオは言葉を失う。
『サウスAs最大の大物、マルガレーテ逮捕。だろ?』
「……彼女を逮捕したのは〝キャメル・レイノルズ〟と書いてありますが」
『そー、おれの実妹だ。多分次はオマエらを逮捕しに向かってるから……あぁ、うるせぇな!! ヒトが話してるときに撃ってくるな!!』
どうやら電話の向こう側では、本当に戦闘しているらしい。サブマシンガンのドドド……という唸り音とともに、クールは通話をカメラモードに切り替えた。
『これが今の事務所だ。政府の連中、特殊部隊まで派遣してきやがった』
紛争地帯のごとく、死体の山と荒れ果てたオブジェクトが散乱していた。リオは息を呑み込む。
「……大丈夫ですか。そっちは」
『大丈夫なわけなかろう。けど、政府側についたおれの妹がオマエらに接触するのは、ある意味チャンスといえる』クールはインカメラに切り替え、自分の顔を見られるようにした。『キャメルは強ぇ。今のオマエらじゃまだ厳しいラインなんだな。けど、アイツは結構天然ちゃんでさ。おれの言ったことは信じちゃうんだよね』
「……そうですか。お父様」
『そういうこった。もうキャメル接近してきてるだろ? おれの魔力と良く似通ってるから分かるはずだ。アイツが来たら、このスマホを見せろ。おれがうまく説得して、政府側の人間でもあるキャメルを味方に引き入れる』
「……分かりました」
もう数十メートル先に、炎の弾丸みたいな現象が見える。間違いない。あのクール・レイノルズと全く同じ能力を授かった、そして今のリオとサーシャでは敵いそうにもない女だ。
やがて、まるで警告するように炎の弾丸は一旦止まった。リオは手を挙げ、あくまでも戦意がないこと、更にスマホにクールの顔を映して彼女へ近づいていく。
「━━え、お兄様?」
クールに良く似た、しかしリオとさほど背丈の変わらない低身長のキャメル・レイノルズは、即座にリオの携帯電話で動いているクールへ気がつく。
「お兄様の息子さん……? つまり、私の甥っ子ってこと? まだ私18歳なのに……?」
ブツブツと独り言を呟くキャメルのもとへ、すんなりと入れたリオは、やや放心していた彼女へ言う。
「……始めまして。キャメルさん」
「え、えぇ。始めまして。貴方の名前は?」
「……リオです。クールお父様の義子でもあります」
「そ、そう。お兄様、いつの間にかお子様がいらしたのね」
「……お父様が話したいことがあるそうなので、おふたりでどうぞ」
リオはキャメルにスマホを手渡す。さぁ、クールはどうやって誤魔化すつもりだ? 一言一句が命取りになる現場で、彼はなにを言うか。
『よう、キャメル』
「お兄様……。お久しぶりです」
『リオ本人から説明があったように、ソイツともうひとりの金髪はおれの義子だ。ってか、サーシャどこにいる?』
リオがベンチを指差す。「あそこで熟睡しています」
『あの子は8歳だから、旅に疲れておネムなのさ』
「そ、そうですか。しかしお兄様、私は近隣住民から通報を受けてここへ来たのですが」
『なんの通報?』
「みんな錯乱してたようで詳しくは知りませんけれど、なんでも撃ち合いがあったとか」
『そりゃ怖いな。キャメル、ソイツら保護してやってくれ』
「え?」
『アイツら、マルガレーテの子分に襲われたみてぇなんだ』
「え、え?」
『オマエが逮捕したヤツだよ。なんでおれの子どもに手ぇ出したかは知らねぇけど、まぁサウスのほうも平和じゃないってことだな』
「あの、お兄様……。なんでリオくんのような子どもを、ひとりでサウスへ送ったんですか?」
『いやー、実はキャメルと仲直りしたくてね』
「へ?」
リオは怪訝そうな面持ちになるが、ここはクールに話を合わせるしかない。
「長げぇこと無視して悪かったな。けど、こうするしかなかった。なぜなら、おれは政府に狙われてるから」
(……この方、めちゃくちゃ言うな)リオは内心思う。
「え? お兄様が?」
『あぁ。連邦政府は常に敵を求めてるハンターだ。現に、おれの会社も襲われた。ほら』クールはアウトカメラに変更し、キャメルは驚愕の表情を示す。『こんな感じで、国内最強の能力者であるおれを管理下におけねぇのが気に食わねぇんだろうな。というわけで、義子どもの身柄が危ねぇ。だからキャメル、あとは頼んだ』
「え、話が今ひとつ飲み込めないのですが━━お兄様?」
リオはサーシャを指差す。「お父様の言っていることは、概ね正しいと思います。じゃ、僕は妹を連れてくるので」
リオはサーシャのほうに向かい、しばらく考える時間を作る。
(……妹さん、いやキャメルさんは悩んでいるけど、多分あのオヤジのことだ。無理やり納得させてしまうだろう。……しかし、僕らはこれからどうやってカネを稼ぐんだ? キャメルさんの監視下に置かれちゃ、更にマルガレーテさんが捕まったのなら、犯罪へのパイプはないに等しい。オヤジにはなにか秘策があるのか?)
そこまで考え、リオは「あっ」と間の抜けた声を漏らす。
(……違う。オヤジは連邦政府とのつながりがほしいんだ。僕とサーシャの見た目なら、キャメルさんは無法者ではないと信じ込むだろう。裏懸賞金すらもなにかの間違いだと。つまり、僕らの任務は━━)
サーシャはしばらく寝てくれている。リオは彼女のスマホのロックを解除して、端的にこれからなにをするのかメモに残しておく。
そうこうしているうちに、サーシャが目を半分開く。クタクタに疲れているようだが、リオはそっと呟く。
「……あとでこのメモ見ておいて。それと、今から会うヒトと僕の会話は適当に合わせてくれ」
「おーけぃ……ふぁーあ」
こうして、政府との接点を作り、クール・ファミリーを存続させるため、更には飛躍させるべく一連の出来事が起きていく。
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