第12話 動き出す大物たち

「ぎゃぁあああああ!!」


 刃が胴部を斬り裂き、赤黒い血が吹き出る。

 コイツはもはや戦闘不能。残るのは、あとひとりだ。

 地面を蹴り、怯えてその場に立ち尽くす敵に張り手を食らわせる。


「悪魔の片鱗かッ!?」

「だったら、なにか問題でもあるのかい?」


 次の瞬間には、男は工場の彼方へ吹き飛ばされていた。

 工場内が頼りなく揺れる頃、サーシャは残った大物を指差す。


「あとは、テメェひとりだけだな。今ここで切腹するなら許してやるけど、どうする?」


 サーシャは不敵に煽る。

 男は鼻でフッと笑う。

 そして、サーシャは思わぬ痛手を負ってしまった。


 吹き荒れる風の中、サーシャは〝見えざる手〟に捕まって四方八方に叩きつけられる。


「サーシャ!?」


 姉のリンが叫ぶ。

 だが、次の瞬間には身体をゴキッゴキッと鳴らし、起き上がっていた。


「なるほど。不死身か? テメェは」

「不死身でもなんでも良いさ。勝てるのなら」

「良い度胸してやがるぜ……このおれに勝とうなんてなぁ!!」


 地面を蹴り、天井までたどり着く。そこから足をバネのように動かし、

 次の瞬間には、その強面のヤクザの前にいた。

 その勢いを使い、拳を彼の腹部に捩じ込ませる。

 だが、まるで効いちゃいない。


「オマエのほうが、不死身じゃねぇのか……!?」

「そんなわけねぇだろ。ただ、オマエと違って━━」


 視界にモヤがかかり、砂嵐が見える。鼻から自ずと血がドバッ、と流れ出た。

 サーシャはなんとか意識を保ち、もう一度指を組んだ両手で殴られないように間合いを遠ざけた。


(悪魔の片鱗勝負にこだわることはねぇけど……〝ルール〟を変えちまうと姉にもダメージが向かう)


 サーシャは鼻血を袖で拭う。次の一手を瞬発的に考えなければならない。

 だが、それを許してくれる相手でもない。

 目で捉えられない速度で、距離を詰められてしまった。


 そして、

 またもや両手を組んで、頭に向けて拳をぶつけようとしてきた。

 ただ、一度くらっている以上対策もある。


 サーシャは右腕の摩擦係数を変更し、その攻撃を交わす。

 男がよろけたところで、足を思い切り踏む。硬化しているので、それなりの痛さはあるはずだ。


「……ッ!」

(自分にだけ〝ルール〟変更を加えれば、姉に危害が及ぶこともねぇが……いや、待てよ。コイツを油断させれば━━!!)


 どんなルールを仕掛けるか。単なる肉体強化? 鉄かダイヤモンドレベルに硬いものを、その程度のルールで壊せるのか? そんなことは、不可能であろう。


 サーシャは決断した。どう転ぶかなんて分からないが、これしか方法が考えられない。彼女は笑みを深め、心底楽しんでいるように、両足へ力を込める。

 そうすれば、

 大砲が放たれたような音が響いた。耳がキーンと痛み、リンが苦しそうな表情を浮かべる。

 しかし、最短で終わらせたいのならこれしかない。

 天井を突き破り、夜空が見える中、サーシャは宣言する。


「なぁ! オマエの〝悪魔の片鱗〟が硬いのは良く分かったが、ソイツは絶対的な壁じゃあないよな!?」

「あァ!? おれの片鱗は、テメェごときじゃ破れねぇよ!!」

「なら、これでもくらって認識を改めろ!! 行くぞ……!!」


 サーシャは、まるでミサイルのように落下してきた。

 これでは人質諸共死ぬだけだ、とヤクザの男は嘲笑おうとした。


「……なんだ?」


 しかし、なにかがおかしい。

 さながら、この動作そのものが壮大な囮のようにも感じた。


 この幼女クソガキは、最初からルールを仕込んであったのだ。そのルールとは……、


「━━オマエ、私が姉ごと吹き飛ばすと思っていたか?」


 サーシャの声が、落下音に混じってヤクザの鼓膜を打つ。


「残念だったな。私は今、この廃工場の〝空間〟のルールを変えたんだ」


 ヤクザの男は、サーシャが言っている意味を瞬時に理解しようと努めた。だが、その必要はなかった。 彼の足元、彼が立っている半径2メートルを除く全ての床が、まるで強靭なゴムのように〝柔らかく〟なっていたのだ。


「なっ……!?」


 リンが縛り付けられている椅子も、倒れた部下たちも、工場の機材も、全てが柔らかな床に沈み込み、衝撃を吸収する態勢に入っている。 唯一、硬いコンクリートのままなのは、男が立っている場所だけだ。


「さぁ、審判の時間だ!!」


 サーシャは獰猛に笑う。ヤクザの男の脳裏に死がよぎった。

 そして、激しい轟音とともに、

 ロケットのように落下してきたサーシャは、男の身体をつらぬくのだった。


「ぐ、ぉ……」


 リンは残虐な絵面に目をそむける。だが、この戦闘で一切のダメージを負っていないのも事実だった。

 自身が縛られていた椅子周りを、ゴムのようになった地面が優しく包んで彼女を守っていたからだ。


「さてと、リンお姉ちゃん。逃げようか」


 返り血に染まったサーシャは、されど優しげにリンへ手を伸ばす。感情の整理が追いつかない中、妹は言う。


「大丈夫、なにがあっても私はお姉ちゃんを守る」


 無法者が呻く中、サーシャはリンに肩を貸して廃工場から出ていく。


「……アンタ、本当に変わったね」

「そういう運命に生きているんだよ、私は」サーシャはあっけらかんと答える。「まぁ、お姉ちゃんの前で虐殺見せたのは良くなかったかもだけど、こうするしか勝ち目はなかった。あの野郎、相当強いみたい」

「それはそうかもしれないけど……まるで別のヒトがアンタの身体に入り込んでるみたい」

「そうかもね」サーシャの身体から少しずつ力が抜けていく。「あぁ。魔力ってヤツが切れかけているみたい。お姉ちゃん、タクシー拾って家まで帰ろう」


 *


 シャンパンファイトを終えたクール・ファミリーたちは、3人を除いてみんな酔いつぶれていた。


「親分、果たしてサーシャってガキはヤクザに勝てましたかね?」

「ポーちゃん、心配は無用だぜ。アイツは強ぇし、どうせ姉を拉致した連中に主戦力はいないだろ」

「……オヤジ、警察の内通者から連絡がありました。サクラ・ファミリーの若頭ことナンバー2、峰が死んだとのことです」

「あァ? どういうことだ、リオ」

「……イーストAsの廃工場で発見されたとのことでした。つまり━━」

「サーシャってガキが殺ったのか?」

「……そうだと思います。アニキ」


 クールは近くに残っていたシャンパンを飲み干し、威嚇的な笑みを強めた。


「最高じゃねぇか!! これでサクラ・ファミリーは終わった!! 峰のクソがヤクネタだったが、これで安心してネクサスのアホどもと喧嘩できる!!」


 思わぬ形で、クール・ファミリーに吉報がもたらされた。この機会を使わない手など、端からクール・ファミリーにはない。


「よし、ポーちゃん。オメェはサクラ・ファミリーから離脱するだろう、有力な子分どもをウチに勧誘しろ」

「御意」

「リオ。オメェはサーシャと組んで、いつでも地下に潜れるようにしておけ。ネクサスのゴミ箱どもとの雌雄をつけるぞ」

「……分かりました。オヤジ」


 ひとりの転生者トリック・スターが起こすマジックに、クールもまた乗っかろうとしている。ならば、彼に忠誠を誓う者たちは従わざるを得ない。


 ……もっとも、クールは忘れている。いや、忘れている振りをしている。かつて抗争で有力な子分を大量に失い、ナンバー2のポールは投獄され、リオのような子どもを抜擢するしかなかった苦渋のときを。


 *


「サクラ・ファミリーが壊滅したようだ。カルティエ」

「……どうせあのクソガキが仕組んだんだろ? クレーバー博士」


 カルティエは、担ぎ込まれた病院でクレーバーから手短な報告を受けていた。身体は雷の所為で爛れ、強制入院を余儀なくされた彼女は、苛立ちからか爪を噛む。


「だろうな。逮捕されたサクラ・ファミリーの構成員は皆瀕死だが、口を揃えてこう言っていたよ。……〝女児の皮を被った怪物がいた〟と」

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