第6話 おはよう久瀬さん

 安奈あんなにアニメを見せた翌日、僕はいつもより少し遅れて家を出た。

 安奈に次はなにを見てもらおうか悩んでいて、寝るのが遅くなっちゃったからだ。


 とはいえ遅刻ギリギリとかいうわけでもなくて、僕は急ぐわけでもなく通り慣れた通学路を歩く。

 けど時間が違うせいか見かける顔触れはいつもと違くて、その中に1人見知った後ろ姿があった。


久瀬くぜさん、おはよ」


 朝陽を浴びて輝くような亜麻色の髪に、僕より随分小さい──150センチあるかないかくらいの背丈。

 アニメキャラモチーフのキーホルダーのついた黒いリュックサック。


 外見的特徴は間違いなく久瀬さんだけど、返事はなかった。


 ──人違い?


 だとしたら相当恥ずかしいけど、合ってるはず。

 僕はちょっとだけ早足で近づいて横顔を覗き見る。


 やっぱり久瀬さんだ。

 そう思った瞬間、翡翠色の瞳と目が合った。


「──……ん? えっ!?」


 素っ頓狂な声を出し、その場からシュバッて音がしそうな勢いで久瀬さんは後ろに跳んだ。


「な、なばり先輩!?」

「おはよ、久瀬さん。驚かせちゃってごめん」

「お、おはようございます!」


 言いながら、久瀬さんは耳からイヤホンを外してケースに入れた。

 髪で耳元が隠れてたから見えなかったけど、イヤホンで聞こえてなかったらしい。


「せ、先輩いつもこの時間でしたっけ?」

「ううん、今日はいつもより遅く家を出たんだ」

「そ、そうですか。びっくりしたぁ~……」


 大きく息を吐くと、久瀬さんは明るい笑顔を浮かべた。


「けど朝から先輩に会えてラッキーです! どうせだったら、明日からもこの時間にしてくれたっていいんですよ?」

「久瀬さんはいつもこの時間なの?」

「です! まぁ、たまに寝坊して遅れることもありますけど」

「そっか。遅刻するような時間でもないし、別にいいよ。この時間でも」

「えっ、ホントですか!?」


 久瀬さんはびっくりした様子で目を見開いている。


「うん、早く着いても別にやることがあるわけじゃないし」

「やった!」


 毎朝あの時間に出てたのも、特に理由があるわけじゃない。

 身支度や朝食を済ませるとちょうどあのくらいってだけで、早まるならともかく遅くなる分にはなにも困らないし。


「あっ、そうだ。昨日メッセージ送ったけどさ、おすすめの作品教えてくれてありがとね」

「うまくいったみだいでよかったです!」

「本当に助かったよ。……ちなみに、他にもおすすめの作品ってあるかな? アニメだけじゃなくて、漫画とかでもいいんだけど」

「そうですねぇー……いくつかあるので、メッセージに送っておきますよ!」

「本当? ありがとう、助かるよ」


 久瀬さんは僕よりいろんな作品を知ってるし、作品1つ1つへの理解度も高い。

 その久瀬さんのおすすめなら間違いないと思う。


「あの、先輩」


 期待感を抱いていると、久瀬さんは僕を見上げながら首を傾げる。


「先輩がアニメや漫画を勧めてる人って、普段そういうの興味ない人でしたよね?」

「うん、そうだよ」

「その人って普段どんなことしてる人なんですか? 趣味とか。その趣味とかに関係ある作品だと、見てもらいやすいと思うんですよね」

「趣味、趣味かぁ……」


 安奈の趣味ってなんだ?

 

 関りが今みたいになる前、一緒に遊んでた頃は男子に混ざってサッカーやドッジボールをすることもあった。

 部屋に行くと、おばあちゃんと一緒に作ったらしい編み物やパッチワークの小物が置いてあって、そういうモノづくりが好きなんだと思ってた。小学生の頃の話だけど。


 中学生になって一緒に遊ばなくなってからは部屋にも行かなくなって、正直詳しくは知らない。

 音楽にハマって、楽器を買って練習してたことはあるらしいけど、今でも続けてるのかどうかは分からない。


 高校生になってからもそれは同じだけど、友達とはドラマやバラエティ番組の話をしていることがある。

 けどあくまで付き合いで見てるだけって感じだ。


 そんな今でも明確に分かる趣味らしい趣味は──。


「歌うこと……カラオケとか?」

「カラオケですか」

「うん。友達とよく行ってるし、機嫌がいいとたまーに口ずさんでるときあるから」


 本当にたまーに、めちゃくちゃレアだけど。


「歌うこと……パッと思いつくのはガールズバンド系のアニメですけど、その人って男の人ですか?」

「いや、女の子」


 そう言った途端、久瀬さんの目つきが鋭くなった──気がする。

 顎に手を当て、じーっと僕の顔を睨む──いや、見つめてきた。


「詳しいですね、先輩。その人って先輩のクラスメイトとかですか? それともご家族……じゃなくても、親戚とか」

「いや、ネットで知り合った人なんだ」

「……へぇー、なるほど」


 前に坂本くんに同じような質問をされたおかげで、今回は咄嗟に嘘をつくことができた。

 久瀬さんも納得した様子で頷いてる。


「分かりました。期待しててください、先輩!」

「ありがとう、久瀬さん」


 なんて話していると、もう学校は目の前だ。

 学年が違うから当然教室のある階も違うわけで、僕たちは下駄箱で別れてそれぞれの教室へ。


 久瀬さん、今度はなにをおすすめしてくれるんだろう。

 僕も知らないような作品が出てくると、ちょっとおもしろいんだけどな。

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