第16話 回収部隊と誘引の応用

焦土と化したクレーターの縁。岩陰に身を潜めたリセルは、息を殺して眼前を見つめた。


砂塵の中から現れたのは、三体の機械仕掛けの兵士——彼らは滑らかで継ぎ目のない黒い装甲に覆われ、まるで意思を持たない人形のように、正確無比な動作でアークの潜む岩陰へと迫ってくる。


「これが……回収部隊」


リセルは喉が張り付くのを感じた。彼らは都市の魔物とは構造が全く違う。古代の術式で対処できる相手ではない。


アークはまだ意識がない。リセルは背中に食い込む彼の体重と、青い骨が組み込まれた傘の冷たい感触を同時に感じていた。


機械兵士の動作は全てが合理的だった。彼らは三方から岩陰を囲むように展開し、リセルを即座に「目標への障害物」と見なした。


一秒の猶予もない。リセルはアークの身体を庇いながら、静かに傘を握り直した。


「交渉は不可能ね。彼らはただ、コードネーム【虚飾の展開者】の回収を優先している」


一体の兵士が、何の予備動作もなく、手首の部分から青い光を放った。それは物理的な破壊ではなく、アークの魔力を強制的に「排出」させるための収束ビームだった。


「待って! それはアークの生命維持装置よ!」


リセルは反射的に叫んだが、機械兵士に感情は通じない。ビームがアークの身体を貫く寸前、リセルは傘を構えた。彼女は自分の魔力を流し込み、青い骨に宿る解析能力を強引に起動させた。


「解析しろ! このビームの周波数と、周囲に残る冷たい残渣魔力の流れを!」


傘の青い骨が強く光り、極微細なエネルギーの流れがリセルの脳裏に描かれる。解析結果は一瞬で出た。このビームは、アークの微細な魔力操作能力を一時的に無効化するためのパルスだ。


「この傘は、攻撃の特性までも読み取る……!」


リセルは、ビームの極めて微細なエネルギー流の「隙間」を狙って、傘を一瞬だけ「展開(デプロイ)」させた。


パシッ!


青いビームは傘の表面で弾けることなく、まるで滑らかな水面を撫でるように、わずかに軌道を逸らされた。ビームはアークを掠め、後方の岩を溶解させた。


「効いた! 微細な軌道操作なら、私の魔力でもできるわ!」


リセルは興奮した。彼女はアークほどの繊細な操作はできないが、この「真なる器」を使えば、能力の応用範囲が格段に広がる。


しかし、残りの二体の兵士は動きを止めていない。二体目は、リセルめがけて高密度のエネルギー弾を発射した。


「今度は純粋な破壊ね! それなら……」


リセルは、荒野に充満している冷たい残渣魔力に意識を集中させた。先ほど、この魔力はアークの傘に強く引き寄せられることを確認している。


リセルは傘を地面に突き立て、力強く叫んだ。


「【誘引(インダクション)】!」


彼女が発動したのは、アークが巨大ゴーレムを撃破した際に覚醒させた能力の応用だった。リセルは、青い骨を通じて、周囲の冷たい残渣魔力を強引に傘へと引き寄せ、一時的に「収束」させる。


ゴウッ!


人工的な残渣魔力が渦を巻き、傘の周囲に集まった。兵士が放ったエネルギー弾は、その魔力の渦に触れた瞬間、不安定な魔力同士の衝突を引き起こした。


キイィィィィン! バチン!


視界を覆うほどの、冷たい光と砂塵の爆発が起こった。物理的な衝撃は小さかったが、兵士たちのセンサーと観測システムは一瞬でノイズに満たされた。


「今よ、アーク!」


リセルは傘を引き抜き、昏睡中のアークを背負い直した。彼女は爆発で生じた煙幕を隠れ蓑にして、クレーターの急斜面を滑り降りた。


「あの兵士たち、追跡のために音波や魔力の流れを観測しているはず。この煙と残渣魔力のノイズが、私たちを数秒だけ隠してくれる」


リセルは斜面を転がるように下り、クレーターの底にある、より深い影へと向かった。彼女の肩の傷が再び開き、激しい痛みが走る。


「ハァ……ハァ……! 逃げないと。街の方向には戻れない。彼らは確実に、私たちの座標を追ってくる」


クレーターの底は、巨大な熱が奪われた結果、冷たく、まるで墓場のような静寂に包まれていた。リセルは、アークを静かに地面に下ろし、一時的に彼の身体を隠した。


彼女が振り返ると、クレーターの縁から、三体の機械兵士が滑り降りてくるのが見えた。彼らは、ノイズが晴れ始めた瞬間に、正確にアークたちの逃走経路を捕捉していた。


「速すぎるわ! どうやって……」


リセルが追跡の精密さに息をのんだその瞬間、背後で、アークの身体から微かな光が漏れるのを感じた。


彼はまだ昏睡状態だが、彼の右手の指先が、地面に置かれた青い骨の傘の柄に、かろうじて触れていた。


そして、リセルが目の当たりにしたのは、信じられない光景だった。


傘の先端が、クレーターの底に満ちる冷たい残渣魔力を、まるで水のように吸い上げ、青い骨を通じてアークの身体へ流し込み始めたのだ。魔力の流れは、疲弊したリセルの魔力とは異なり、極めて効率的で、無駄がない。


「まさか、昏睡状態でも【虚飾の展開者】が起動している? 彼は魔力を『補給』しているの?」


アークの全身を覆う熱は、魔力が逆流した時とは違う、安定したエネルギーの鼓動を示していた。


しかし、その安定した魔力の上昇は、同時に、クレーターの縁から迫りくる回収部隊にとって、見逃すことのできない「熱源」となった。


機械兵士の一体が、正確にアークの位置を捉え、その装甲の胸部をゆっくりと開き始めた。その奥には、彼らの主力兵器と思しき、球状に凝縮された破壊光線が形成されつつあった。


リセルは叫んだ。


「ダメ! その光を撃たせたら、アークの魔力補給が妨害される!」


彼女は再び傘を手に取り、立ち上がろうとした。だが、光線の凝縮速度は速すぎた。リセルが動き出すよりも早く、兵士の胸部が最大出力で輝き、球状のエネルギーが解放された。


ドォン!


リセルは防御に専念しようとしたが、その瞬間、昏睡中のアークが、微かに、しかし確かに、低い声で呟いた。


「——観測、収束」


アークの指が触れた傘の青い骨が、強烈な光を放った。そして、兵士から放たれたはずの破壊光線は、何の前触れもなく、完全に方向を失い、クレーターの空虚な上空へと向かって拡散していった。


それは、まるでアークの能力が、敵の兵器のエネルギー流そのものに干渉し、発射の瞬間にその「軌道」を曲げたかのような、信じがたい現象だった。


「これは、アーク自身が……?」リセルは驚愕した。


しかし、この現象によってアークが発した魔力の波紋は、回収部隊の動きをさらに活性化させた。


機械兵士たちは、彼らの最優先目標が「目覚めた」と判断したように、今までの合理的かつ慎重な動きを一変させ、クレーターの底めがけて、まるで獣のように猛スピードで突進を開始した。


「まずい! 目標の活性化を確認! 捕獲フェーズ、最終段階へ移行したわ!」リセルは絶叫した。 (1395字)

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