「傘のパカパカは戦闘に無意味」と追放されたけど、極微エネルギー操作で世界を救う最強の観測者になりました

人とAI [AI本文利用(99%)]

第1話 最弱の観測者と霧の街

霧都エセリア・ゲート。その名の通り、街全体が冷たい霧に常に覆われている辺境の拠点だ。冒険者ギルドの低ランク支部は、濃い湿気と汗の匂いが混ざり合い、熱気で満ちていた。


アーク・レインハートは、その活気から一歩離れた壁際に立っていた。細身の体に使い古された黒い傘を携えている。彼の冒険者カードに刻まれたスキル名は【虚飾の展開者(アンブレラ・デプロイヤー)】。周囲からは「傘をパカパカするだけ」と揶揄される、万年最低ランクの能力だ。


「おい、アーク」


威圧的な声が響き、ギルドの喧騒が一瞬静まる。視線の先にいたのは、青い装甲を纏ったゼノス・ヴァルディス。彼こそがこのギルドの期待の星であり、雷の魔力を自在に操る実力至上主義者だった。


「どうしてここにいる? 今日の任務は、グレイランドの危険区域掃討だろう。ランクDだぞ」ゼノスは鋭い金の瞳でアークを射抜いた。


アークは体を縮こませ、目を伏せたまま口ごもる。「ええと、たぶん、その……僕は、参加資格がない、って」


「当然だ」ゼノスは鼻で笑う。「君の能力評価はFマイナス。そんな能力で、誰かの足を引っ張るつもりか? 命のやり取りをする場に、虚飾の傘など持ち込むな。力のない者は、その場にいるだけで危険なのだ。退け」


アークの心臓がちくりと痛んだ。毎度繰り返される軽蔑の言葉に、反論する言葉は見つからない。彼が口を開きかけた時、別の声が横から割って入った。


「ゼノス、その言い方は不適切です」


銀色の髪をポニーテールに結んだ女性、リセル・フローレンスが近づいてきた。彼女は細剣を腰に下げているが、その知的な雰囲気は、まるで学者だ。


「リセルか。君までそいつをかばうのか? 君も知っているだろう、過去の惨事を。無意味な能力のせいでどれだけの犠牲が出たか」


リセルは感情を見せずに静かに答える。「私は彼をかばっていません。ただ、彼の能力が『無意味』だと断定するには、まだ情報が不足している、と言っているだけです」


「不足? 傘の開閉動作が、魔物相手に何になる?」


「それが、彼の【虚飾の展開者】の真の定義ではないのかもしれません」リセルはアークではなく、壁を見つめながら論理的に続けた。「古代の記録には、極微の風脈を操作する術が存在したとあります。彼の動作は、その失われた技術と類似している可能性がある」


ゼノスは苛立ちを露わにした。「馬鹿馬鹿しい。ロマンと現実を混同するな。現実(いま)必要なのは、確実な力だ」


ゼノスは荒々しく踵を返した。彼の仲間たちが嘲笑の声を上げる中、アークはまたしても、自分を証明できなかったという無力感に襲われる。


リセルはアークに向き直った。「気にしないで。彼には彼の信念がある。ところでアーク、あなた、あの掲示を見ていましたね?」


リセルが指さしたのは、緊急依頼の掲示板だった。


**【濃霧下の航路確保:ギルド物資の緊急運搬任務(ランクE)】**

* *「霧都エセリア・ゲートから東へ5km、前哨監視塔へ薬草の梱包を運搬せよ。濃霧と風脈の乱れにより、通常航路が不安定化しているため、急募。」*


「これはEランク。低級の魔物は出るが、危険の核心は環境災害にある」リセルは言った。「普通の冒険者は避けます。危険な天候で報酬が低いから。ですが……あなた向きかもしれません」


アークは驚いて顔を上げた。「僕向き、ですか?」


「あなたの能力は、周囲の極微細なエネルギー流に作用するとされています。この霧都では、予測不可能な『風脈の路』が常に問題を引き起こしている」リセルはアークの目を見つめた。「風の流れ、魔力の乱れ。それらは、あなたの傘に何らかの影響を受けませんか?」


アークは答えに窮した。「ええと……実は、何も感じたことは、まだ。ただ、集中していると、傘の開閉のタイミングが、わずかに空気と噛み合うような気が……する、時が、あるような」


「それで十分です。法則性を見つけましょう」リセルはきっぱりと言い、荷物を背負い直した。「私も同行します。古代の環境工学の観点から、あなたの能力を観察させてもらいます。それが、私の探求心です」


アークは、能力を笑うのではなく、真剣に分析しようとするリセルの姿勢に戸惑った。そして同時に、生まれて初めて、自分の能力が誰かに必要とされているかもしれない、という微かな希望を感じた。


「わ、わかりました。ありがとうございます、リセルさん」


二人はギルドを後にし、濃霧が深まる街の外を目指した。アークは慣れた手つきで、使い込まれた黒い傘を開いた。そして、カチリ、カチリと、一定のリズムで開閉を繰り返す。


それは、まるで神経質な癖のように、あるいは意味のない儀式のように見えた。


深い霧の中、二人は「風脈の路」と呼ばれる不安定な航路に足を踏み入れた。視界は一メートル先も見えない。風は四方八方から吹き付け、方位磁石は狂っている。


リセルが警戒するように細剣を抜き、息を飲む。


「やりましたね、アーク。これが『風脈の乱れ』の核心部です。まるで、巨大な生き物の胃袋の中にいるようだ」


その時、一瞬、傘を開閉させたアークの指先に、奇妙な圧力がかかった。周囲の風が、まるで一瞬だけ、傘の動きに合わせて止まったかのような錯覚。


アークが慌てて傘を見つめる。


「ええと、たぶん、風が……」


「どうしたのですか?」リセルが問う。


アークは傘を閉じ、そして思い切り開いた。カシュッ、という小さな音。


その瞬間、濃霧の壁が一筋だけ、まるで切り裂かれたように開けた。霧の晴れた先に、彼らが目指す監視塔のシルエットが、ぼんやりとだが、確かに見えたのだ。


しかし、その視界は一秒も持たずに閉じられた。


「今の……」リセルは驚愕に目を見開いた。「偶然ですか? それとも、あなたの能力の片鱗ですか?」


アーク自身も信じられなかった。あれが自分の力だとしたら、今まで感じたことのないほど明確な成果だ。彼は緊張で汗ばむ手で傘を握りしめ、再び開閉の動作を繰り返そうとする。


その時、霧の中から、微かな、しかし聞き覚えのあるうめき声が響いた。それは、この風脈の乱れを好む低級魔物、微風エレメントの接近を知らせる音だった。そしてその魔物の動きは、今、彼らが立っている地点の風の流れに、明確に連動しているように見えた。


「アーク、注意してください! 風の動きが、魔物の行動パターンに直結しています!」


アークは傘を開いたまま立ち尽くす。彼の能力は、確かに風を操れるかもしれない。だが、この微風エレメントを前にして、傘のパカパカがどれほどの助けになるのか。


そして、その疑問はすぐに試されることになった。微風エレメントが、風の刃と化した体を揺らしながら、霧の中から飛び出してきたのだ。

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