21.愛、狂気

闇の底で、金属がぶつかり合う音が響いた。

包丁とナイフ、刃と刃。

火花が散り、湿った土の上に足音が重なる。


凪沙と結城――

二人の影が、神社跡地の薄明かりの中で絡み合う。


結城の動きは静かだった。

無駄がなく、攻撃と防御が一つの流れのように繋がる。

一方で、凪沙の動きは鋭いが荒い。

呼吸が乱れ、額から汗が滴り、包丁を握る手が小刻みに震えていた。


「どうした、もう終わりか?」

結城の声は冷ややかだった。

「そんな小さな手で、何を切れる。何を守れる。」


凪沙は息を荒げながら、歯を食いしばる。

「……あんただけは……許せない。」


結城は笑う。

「許しなんて、求めちゃいないさ。

 俺に必要なのは“証明”だ。

 凪沙、お前が俺の作り出した“完成形”であるという――証明だ。」


結城のナイフが唸りを上げる。

凪沙はかろうじてそれを避けたが、頬をかすめた刃先が血を散らした。


蓮は地面に膝をつきながら、その光景を見つめていた。

右腕は動かず、立ち上がるだけで呼吸が苦しい。

それでも、目を逸らせなかった。


凪沙がこちらを一瞬だけ見た。

ほんの一瞬。

その視線に――“何かの意図”が宿っていた。


合図か、別れのサインか、蓮には分からなかった。


次の瞬間、凪沙が踏み込む。

最後の力を振り絞るような一撃。

だが、足元で何かが滑った。


――血だ。


包丁が彼女の手から飛び、弧を描いて蓮の足元に落ちた。


「終わりだ。」

結城の声。

捨て身で距離を詰め、ナイフを振りかぶる。


しかし――その瞬間。


バチィッ!!


空気が裂ける音とともに、青白い閃光が結城の首元を貫いた。

凪沙が左手に隠し持っていたスタンガンを突き立てていた。


結城の身体が大きく仰け反る。

ナイフは凪沙の顎をかすめ、拳の勢いでフックのように彼女を打ち据えた。

凪沙は倒れ、土の上に膝をつく。


そして、結城も崩れ落ちた。

ナイフが離れ、静寂が戻る。


「……凪沙!」

蓮が這うようにして彼女のもとへ近づいた。

凪沙は弱々しく笑った。

「終わった……」


そう言いながら、彼女は震える手で蓮に手を伸ばした。

蓮もその手を取ろうとした――その時。


蓮の目に映る影。

凪沙の背後――立ち上がる人影。


「……うそ、だろ……」


結城だった。

ふらつきながらも、目はまだ死んでいない。

凪沙の背を掴み、全力で後ろへ投げ飛ばす。

そして、血を吐きながらも前へ進み出た。


蓮は絶望の中で顔を伏せた。

「もう……終わりだ……」


だがそのとき、足元に光るものが目に入った。


――包丁。


凪沙が落としたままの、銀色の刃。

蓮は瞬時に理解した。

あの視線の意味を。

あれは“保険”だった。


彼は歯を食いしばり、崩れ落ちそうな身体を無理やり立たせた。

右腕は動かない。

それでも、左手で包丁を握る。


「……っ……!」


蓮は叫び声とともに、結城の背へ突進した。


刃が肉を裂く感触。

温かい血が、蓮の顔にかかった。


結城の身体がびくりと震える。

口から血を吐きながら、それでも笑った。


「……やっぱり、お前は……そっち側……か……」


その言葉を最後に、結城の身体が崩れ落ちた。


蓮は包丁を手放さず、そのまま何度も――

何度も、何度も――

狂ったように突き立て続けた。


涙と汗と血が混じり合い、どちらのものかも分からなくなっていた。


「お前が……お前が全部壊したんだ!」


叫びながら、蓮はもう人間の顔をしていなかった。

夜の空気が、狂気の熱で震えていた。


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