14.それぞれの思惑

玄関を後にした結城は、

わずかに湿った風を吸い込みながら階段を降りた。


曇天の下、遠くで工事の音が響く。

それがやけに現実的で、

今しがたの訪問が夢のように感じた。


> ……何か、隠してるな。




あの男――蓮の目の動き。

何かを恐れているようで、

けれど「罪の自覚」がある者のそれとも違う。


そしてあの女、凪沙。

彼女の微笑みは、まるで他人の感情を“模倣”しているようだった。

表情に温度がない。


結城は車に戻ると、

助手席のフォルダを開き、メモを走らせた。


> 「アパート隣棟に蓮・凪沙。

失踪者有紗と接触。

聞き込み時、両名に緊張反応あり。

蓮:動揺強。

凪沙:表情変化薄。警戒心高い。」




ペン先が止まる。


> ――あの目。

凪沙は“見ていた”。

自分の中に、敵を認識した人間の目だった。




結城はゆっくりと息を吐いた。

そして、不意に――笑った。


ほんの一瞬、誰にも見られない車内で、

唇の端がわずかに吊り上がる。


> 「やっぱり……君だったんだな。」




呟きは、まるで懐かしい再会を喜ぶようだった。

その声音には、職業的な冷静さとはまったく別の“熱”が宿っていた。


次の瞬間にはもう、表情は元に戻り、

メモ帳を閉じて車を発進させる。


曇り空の下、赤いテールランプがゆっくりと遠ざかっていった。


***


室内。


凪沙はカーテンの隙間から車を見送っていた。

淡い光の中、表情はまったく動かない。


指先でカップをなぞり、

かすかに口角を上げる。


> 「あの人、余計なことを考えてる。」




呟きは、小さく笑うようでもあり、

自分に言い聞かせるようでもあった。


この生活を壊されるわけにはいかない。

あの人が何を知っていようと、

何を疑おうと――止めるしかない。


***


蓮はテーブルの端に手を置き、

結城と凪沙のやりとりを思い返していた。


心臓がまだ速く打っている。

凪沙がどんな顔をしていたかも、もう思い出せない。


> このままじゃ、終わる。




凪沙とこの家にいる限り、

自分も同じ運命になる。


けれど、どうすればいい?


彼女の目を盗んで、

警察に連絡できるだろうか。


あの“睡眠薬”の証拠、

それを持って逃げることができれば――


蓮はゆっくりと顔を上げた。

カーテンの隙間から、

まだ遠ざかっていくパトカーのテールランプが見える。


> 「助けてくれ……」




声にならない呟きが、

誰にも届かずに消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る