溺れるほど、きみが好き

桜 こころ🌸

プロローグ


「やっと……着いた」


 飛行機を降り、ターミナルへと続く通路を歩く。

 長いフライトのせいか、足が少し重い。まわりの乗客と同じように、無言で歩を進めた。


 窓から差し込む陽射しがまぶしくて、思わず目を細める。


 やがてガラス張りの回廊を抜け、到着ロビーへと足を踏み入れた。


 スーツケースの車輪が床を転がる音、家族の呼びかけ、再会を喜ぶ声。

 人の流れに身をゆだねながら、そのざわめきの中をすり抜けていく。


 どこか見慣れた風景に、ふっと懐かしくなる。

 通りすぎる日本語の会話、きちんと整った案内板。


 ああ、本当に帰ってきたんだ――そう思うと、胸があたたかくなった。



 ロビーから外へ出ると、晴れ渡った青空が目に飛び込んできた。

 頭の中に、ある人物の顔が浮かぶ。



 ……野原のはらひかり



 青空を見上げていると、彼女との思い出が次々によみがえってくる。

 懐かしいな。


「ただいま。はやく君に会いたい」


 自然と口からこぼれた。

 俺は、まっすぐ彼女のもとへと向かった。



 * * *



太陽たいよう! 朝ごはんできたよー!」


 台所から居間のちゃぶ台へと行ったり来たりしながら、大きな声を張り上げる。

 ちゃぶ台の上には、次々とご飯やおかずが並んでいく。


 パタパタと動き回っていると、太陽がようやく顔を出した。


「姉ちゃん、そんな大声出さなくても聞こえるって。こんな小さな家なんだから」


 あきれた顔でこっちを見てくる。


「なによ。ちょっとは手伝ってよ、こっちは忙しいんだから」


 ふんっと怒りながら一歩踏み出した瞬間、足がもつれた。


「きゃっ!」


 派手にすっ転ぶ。

 でも、手に何も持っていなかったのが唯一の救いだ。


「よ、よかったあ……」


 すぐに起き上がり、ほっと胸をなでおろす。


「なにしてんだよ。ほんと姉ちゃんはドジだな」


 太陽はため息をつきながら、ちゃぶ台の前に腰を下ろした。


 何もしてないくせに、えらそうに。

 じろりと太陽をにらむ。


「もう知らない。太陽、朝食抜き!」


 ぷいっとそっぽを向くと、太陽があわてて手を振った。


「ご、ごめんって! 嘘だよ~!」


 ニヤリと笑う。ふっふっふ、勝った。

 こういうところ、まだまだ子どもね。


「じゃあ、朝ごはんにしよ」


「うん!」


 私が笑うと、太陽も可愛く笑った。



 ――といっても、これが朝食なんだけどね。


 目の前に並んだ食事に視線を落とす。


 小さなちゃぶ台の上には、ご飯と味噌汁とししゃも。しかも一人二匹ずつ。

 これが、うちの現実。


 そう、うちは貧乏だった。

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