第4話 お仕事斡旋

 ズシャ!


 俺が放り投げられたのは、路地奥の壁にぱっと見分からない、隠し扉の中。

 一本道の通路を、しばらく引き摺られながら進んだ先に、妙に重厚な扉が見えた。


「痛い! 痛い! 自分で歩くから引っ張るなよ!」


 俺の訴えは、完全無視されて地面の凸凹にかかとや尻を打ち付けながら、引き摺られる。

 やがて、その重厚な扉の中へ投げ入れられた。


「いてぇじゃねぇか!」

「いいね、まだまだ元気なようだ」


 床に2~3回ほど転がって、薄暗い地下室のような場所を想像しながら、痛みを堪えて顔を上げると、足元だけを照らす僅かな光のみで殆ど真っ暗な部屋だった。

 入口側の壁をガンズヴィがなにやら弄ると、眩しい光で目が眩む。

 俺のすぐ横を通り過ぎる気配を感じて、その気配を追って身体を捻って少しずつ慣れ始めた目を開いてガンズヴィを見上げる。


 目に入ったガンズヴィは、ニヤけた厭らしい笑みをその顔に浮かべて、椅子に座っていた。


「歓迎するぜ、俺の執務室だ。 どうだ、立派だろう?」


 そう言われて周りを見渡すと、その部屋は以外に清潔で数多くの光の魔道具のおかげか、いつの間にか日の光に照らされた貴族の屋敷にでも迷い込んだのかと、目をしばたたかせる。


「そこの壁の絵は、200年前に活躍していたあの有名な画家、ヲグマハロウロの物だ。 国宝級だぞ? それにあっちの像は100年前にバジリクス討伐に失敗して石化したS級探索者本人だぞ! そこのは……」


 ガンズヴィは、部屋の中に飾られてる様々な物を饒舌に自慢していく。

 俺は引き攣った顔のまま、言われるがままにそれらに目を向ける。

 中には先ほどの石化した探索者のように、所有する事すら国に禁止されているような物が、そこら中に飾られていた。


「どうだ? お前も欲しくなったんじゃないか?」

「いや……」

「あ”?」


 思わず本心を漏らしそうとした瞬間に、鋭い眼光で睨まれて身体が硬直する。


「す、素晴らしい芸術品ばかりで俺にはちょっと手に余ると……」


 どうにか誤魔化すように、そう口にすると引き攣った笑顔をガンズヴィに向けた。


「ふむ……そうだな、確かに貴様にはもったい物ばかりだ! はっはっはは」


 どうやら、俺の答えはお気に召したようで、 大仰に笑い声をあげると盛大に音を立てて椅子を叩いた。

 その瞬間、その椅子が小さな呻き声を上げて身じろぎするのが見えた。


「おい! この程度で動くんじゃない! 役立たずの椅子なら処分するぞ!」


 突然ガンズヴィは不機嫌に叫ぶと、椅子からくぐもった呻きが再び聞こえる。

 それをマジマジと観察して初めて人間である事に気がついて、俺の喉の奥で引き攣った声が漏れる。


「ん、どうしたゴードン? こいつが欲しいのか?」


 そう言って立ち上がったガンズヴィが、椅子……獣人らしき人間の頭を掴んで俺の前に投げ転がす。


「っひ!」


 思わず悲鳴を上げた俺の目の前に転がってきたそれは、顔中に何か鋭い物で切り刻まれた跡があり、喉が潰されてるのか、首中心に大きな傷跡があって、特に猿ぐつわをされてるわけでも無いのに、くぐもった呻き声しか上げられないようだった。


「なんだ? 奴隷を見た事ねぇわけでもねぇだろう? なさけねぇ奴だな」


 俺の反応が面白かったのか、そう言って盛大に笑うガンズヴィを睨み上げる。


「その獣人は、東の国の戦士だった女だ。 どんなに強くても、こうなっちまったら一緒だな」


 そういって、倒れている獣人の横っ腹を蹴飛ばした。

 その獣人は俺に向かって転がってきたので、そのまま身体全体で受け止めた。


「ふん……」


 その獣人が苦しむ姿をみて飽きたのか、大きな音を立てる様に2回手を叩くと、先程獣人が椅子になっていた場所に腰を下ろそうとする。

 獣人は既にその場にいないので、椅子は無い筈なのに気が付いたら既に椅子に座っていた。

 今度の椅子は、本物の椅子のようで俺はほっとして胸を撫でおろす。

 まぁその椅子も豪奢でとても高そうな物だったが……。


「ンブロム、例のやつを」


 気配の全くなかった、ンブロムと呼ばれた種族不明の者がいつの間にかガンズヴィの側で腰を曲げて立っていた。

 そのンブロムは、手には持っている手紙のような物を差し出してる。

 椅子もこいつが用意したのだろう。


「おい、ゴードン!」


 そう言って、俺に向かってその手紙のような物を投げ渡す。


「そいつをもってカランブスへ行け!」

「カランブス!? ここから馬車を使ってもひと月はかかるじゃねぇか!」


 投げ飛ばされた手紙を、手を伸ばして受け取りながら言われた街を想像して、不満めいた声を漏らすが、ガンズヴィは意に返さず話を続ける。


「そうだ、カランブスだ。 そこで港湾倉庫を管理しているヒーツハックという男に渡せ」


 そう言って俺の手元の手紙を顎で指す。


「……それだけなのか?」


 そんな用事など、俺でなくてもいい筈だ。

 そう思って、訝しげな視線を向けると鼻で笑われる。


「はっ! そんなわけねぇだろう! そいつから品物を受け取ってここに戻って来い! そうしたら相応の金を払ってやる」


 そう言って、手付きだと小さな革袋を俺の足元に転がした。

 無言でそれを受け取ると、中を開いて驚く。


「銀貨をこんなにか?」

「なんだ、不足か?」


 そう言って、ガンズヴィは方眉を上げてこちらを見る

 その顔に、嫌な汗が背中を流れて、慌てて否定した。


「そうじゃねぇよ、多すぎるんだ……何を運ばせるつもりだ?」


 俺がそう言って聞き返すと、ニヤリとした笑みを浮かべて言う。


「聞きたいか?」


 その笑みが言わんとする事に気がついて、激しく首を振った。


「いや、いい!」

「ん? そうか?」


 つい数日前までは、この男を顎で使っていたのは俺なのに、えらく落ちぶれつつある自分に眩暈がする。


「だが、俺はこんな状態だ……商店に出ても誰も何も売ってくれねえんだ……、旅の準備も出来ねぇんだが……なんとかしてくれるのか?」

「ははっはは、本当に嫌われたもんだな、ゴードン!」


 足を叩いて大笑いするガンズヴィに、俺はイラっとした表情を向ける。


「おお、笑って悪かったな! それはこっちで準備しておくから安心しろ、お前は明日まで指定する宿に泊まれ」

「宿……それは助かる」


 クランハウスを追い出された俺は、今日寝る所にも困って居たところだった。

 なにせ街中の誰もが俺を相手してくれないのだから、宿だって泊まらせてくれなかった。


「……よし、それで最後は護衛だな……」


 そう言って、俺の足元で倒れてる獣人に視線を送ると、再び俺を見てガンズヴィはとんでもない事を口にした。


「ゴードン、そいつを買い取れ」

「は?」

「そいつは、今縛ってるから自由に動けないが、さっきも言った通りに元東の国の戦士だ、十分に強い」


 そう言って、俺の側に歩いてくると獣人の頭を掴んで立ち上がらせる。


「……そう言われても、俺は奴隷を買うほどの金はねぇぞ?」

「ほう……じゃぁ、お前のアイテムボックスから何か、良さそうな物でも俺に渡せ」


 俺はビクッと肩を震わせて、ガンズヴィに向かって警戒した表情を向けると、ガンズヴィは肩を竦める。


「知ってるよ、てめぇがクランのミッションで色々物色してるのは」

「まさか……俺のアイテムボックスの中身が狙いか?」


 そう言った俺の言葉に、大きな声で笑い声をあげると肩を叩く。


「狙ってねぇよ! 安心しろ」

「あたりまえだ! 残念だが俺のアイテムボックスは特別でね、以前遺跡で見つけた魔道具で結界をかけてるんだ、俺が死んだら二度と取り出す事はできねぇぞ!」


 ハッタリだ。


「あはははは、わかったわかった! 安心しろ本当に狙っちゃいねぇよ!」


 そう笑いながら言った直後に真顔になって俺に顔を近付ける。


「だがよ、ただで奴隷はやれねぇ……俺の商売はそういうもんだ。 だからお前がこいつに値段を決めて、何か渡しな」


 そう言って、ふらふらの獣人を俺に押し付けた。

 無茶苦茶な話だと思った。

 結局、こんなボロボロの獣人に納得する価値を付けて買い取れと言う事だ。

 下手に安く見積もるような物を出せば、どんな目にあうか……


「……これでどうだ?」


 普段からお気に入りでよく出して眺めていた為、ごちゃごちゃしたアイテムボックスの中でも直ぐに取り出せた魔道具を渡す。


「これは?」


 手のひら大―――ガンズヴィの手のひら大なのでそれでも十分大きいが―――の四角い魔道具を眺めながら、そう訝しげに聞いて来たので、表面のある点を手を伸ばして推す。


「ほぉぉ! こいつは凄いな……」


 その魔道具の上に向かって空中に、映像が浮かび上がる。


「しかも、その映像は遺跡で見つけた時にから上書きしてないから、とても貴重だろうさ」

「なんだと? 映像も変えられるのか?」

「ああ、四台ほど見つかって、一台の画像を潰して上書きしてみたからな」

「どうやる?」

「先ほど押したボタンを長押しして、裏のボタンを押せば新しい映像を記憶する」

「良く使い方が分かったな?」

「偶然な……で、その映像はどうやら当時の女性を映した物らしいが……それでどうだ?」


 四角い魔道具の上に浮かぶ、美しい女性を眺めながらガンズヴィは頷く。


「うむ、こいつでいい。 いい買い物をしたなゴードン」


 そういって背中を叩く。


「それじゃそいつを連れて明日まで宿で休め、朝になったら荷物を持たせた使いをやる。 わかったな」

「……断る選択肢は?」

「あると思うのか?」

「わかったよ」


 そう言った俺は、自分の足も痛いのに意識を失った獣人を背負って、指示された宿に向かってその場を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

こんにちは!猫電話ねこてるです!

遅くなりまして申し訳ございません!

一度書いたんですが、全部書き直してたらこんなに遅くなっちゃいました。


早速パンツァー公開です!

明日も頑張って更新するぞ!

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