non-case. 本部ギルド職員  ミア・オーリック22歳(3)

ミアがホイッスルを鳴らすのと、卵の擬態が解かれて小型のグールが姿を現したのはほぼ同時だった。


「うわっ、なんだこれ!」

グールは、卵を持っていた男の腕を鋭い爪で引き裂いた。

ボタボタっと石畳に鮮血が落ち、周囲には悲鳴が広がった。グールはそれを聞いて、口元を歪めたようだった。

(笑ってる…?)

ミアはグールから目をそらさないまま、数歩後ろに下がった。


擬態グールは知能が高く残忍だ。人気のない森などで卵に擬態して人間を待ち伏せする。そんな厄介なモンスターが、今は街の中心部にいる。一匹でもかなりの脅威だ。

ミアはありったけの魔力をこめてグールに拘束魔法をかけた。

魔力が足りなくて冒険者になれなかったミアの力では、せいぜいグールの動きを鈍くするだけで、それもすぐに解かれてしまうだろう。


先ほどの二人が本当に冒険者ライセンスを持っているなら、自分よりマシなはず。そう思って男たちを見れば、腕を引き裂かれた男は叫びながら逃げていき、残されたもう一人は腰を抜かしていた。


チッ…。思わず舌打ちが出る。

自分が非力なことはアカデミー時代に散々思い知らされた。それでも今は冒険者ギルドの職員として逃げ出すわけにはいかない。ミアは腰を抜かした男の装備から長剣を抜き取ると構えた。

グールは、そんなミアを嬲る相手に見定めたのだろう。ミア以外の人間はどうでもいいようだった。これで多少の時間は稼げるはず。


(頼むから誰か早くきて!!)


カリッ…。グールの鉤爪が石畳を蹴る音が響いた。

倒せるなんて思ってない。避けきれる自信もない。怪我をするなら、せめて顔以外がいい。冒険者になれなかったのに、魔獣に殺されるなんて笑えるからやめて欲しい。

ミアはいろんな覚悟をこめてぎゅっと剣を握り直す。グールがけたたましい笑い声をあげながらミアに突進してくるのはあっと言う間だった。


(速い…!)

風圧で思わず目をつぶってしまったが、次に予測された衝撃や痛みは訪れなかった。

代わりに、ザッとと石畳の上を滑るブーツの靴音がして、ミアは誰かに抱きかかえられながらグールの攻撃を避けていた。

どうやら応援が間に合ったらしい。それにしても力が抜けるようなこの匂いは何だろう…。


ミアがそっと目を開けると、そこには自分をお姫様抱っこするリタ・パルマの顔があった。

「…リタさん?」

耳元で短く切りそろえた黒髪の下で、黒曜石のペンデュラムが揺れていた。


今助けてくれたのはリタ・パルマ?

どういうことが分からないが、唯一理解できたのはこの良い匂いは挽肉入りマントウだということだった。


「ホイッスルを鳴らしたのはミアさんでしたか。怪我はないですか?」

リタは頷いたミアをそっと降ろすと辺りを見渡した。

「冒険者はまだ来ていないのですか?」

「はい。…あの、リタさんって。」


ミアの質問を遮るように、リタは茶色い紙袋をミアに預けた。

中にはやはり、大ぶりのマントウが4つ入っていた。中に味付けしたひき肉を包んで蒸しあげたもので、パンよりしっとりした白い生地はまだ温かい。


「ちょっとこれを持って下がっててもらえますか?」

リタはそう言うとサッと地面を撫ぜた。

その瞬間、細かい砂ぼこりがあがり、リタとミア、それにグールだけをドームのように覆った。おそらく外からは中の様子が見えないようになっているのだろう。

それからリタは「石畳かぁ、やりにくい…。」と呟くと、再び地面に掌をつけ、ズッ…と地面から石のこん棒を引き抜いた。


小柄な身体に細い腕。どう見ても石のこん棒を持てる感じはしないが、リタは軽々手に取るとグールに向かって走っていった。真正面から向かってくるグールは、鉤爪を出せるところまで伸ばしているらしく、非常に鋭利な刃物を何本も持っているようなものだった。


手練れの冒険者でもひるんでしまうような勢いとスピードに、さすがのリタも直前でぎゅっとスピードを殺してその場に立ちすくんだ。

…と思ったが、リタは顔色ひとつ変えることなくこん棒を両手で握ると、突っ込んでくる擬態グールの頭めがけてフルスイングで振りぬいた。


ギャアアアアアアアアァァァァァァ…ッ…!!


勝負は一瞬だった。グールの頭が、恐ろしい悲鳴とともに吹き飛んだ。

リタはグールの絶命を確認すると、ドーム状にしていた砂ぼこりをひと固まりにして東の方角へまとめて投げ飛ばしてしまった。そしてその場に座り込んで大きく息を吸うとこう叫んだ。


「ありがとうございます!せめてお名前だけでもーーー!」


棒読みの叫び声に集まってきた人たちが、「嬢ちゃん大丈夫だったかい?」とリタを心配した。

「はい。名もなき冒険者の方が一瞬で化け物を倒して去って行ってしまいました…。」


一体何を言っているのだろう、とミアは目を見開いてリタを見つめ続けた。

グールを倒したのはリタ・パルマその人なのに、どうして他の冒険者が活躍したことになっているのか。

それにリタが使っていたのはー

「…錬金術?」


間違いない。リタは錬金術で武器を錬成したのだ。もしかしたらそこに強化魔法を付与していたかもしれない。

これまで錬金術を操る人間を数名見てきたが、全員アカデミーの講師だった。自分の中にある魔力と大気中のエーテルをかけ合わせたり、精霊の力を借りて自分の魔力を増幅させたり特殊な術を展開する魔法は、個人の持つ能力によるところが大きい。


錬金術は膨大な知識と計算力が必要だ。

そうした素養と、高い魔力のどちらも備えてこそできる戦い方なのだろう。ポーションや武具、魔道具を作るのに特化した技術で、錬金術を実戦に組み込むなんて聞いたことがない。


「リタさんって…」

「誰がグールを始末したかは黙っていてください。ここは目立ちます。報告もありますし、ひとまずギルドに戻りましょう。」


何もしゃべるな。そう目で訴えられたら、ミアは黙って頷くしかない。二人は後から駆けつけた冒険者に事後処理を頼むとギルド本部へ戻った。

事情を聞いていたヴェルトフに執務室に迎え入れられ、ミアはようやく思いのたけを叫ぶことができた。


「名もなき冒険者って、どういうことですか?誰かに手柄を横取りされてもいいんですか?」

興奮気味のミアとは正反対に、リタはいつもと変わらない落ち着きだった。


「私が横取りされて怒るのは、美味しいものだけです。 昔ちょっとした縁で冒険者をやっていたこともありましたが、もうパーティは解散したのでギルド職員に転職した。それだけのことです。」


「いや、あれだけの力があれば転職する必要ないですよね?どこのパーティにいたんですか?」

黙っているリタに代わってギルド長ヴェルトフが答えた。

「こいつは元ファルコン・ドールのエースアタッカーだよ。」


ミアは絶句した。窓際職員だと思っていた出自不明のこの人は、つまり。

「…リタさんが黒煙ってことですか?」


ギルド長が自分をリタの下につけた理由を、ミアはようやく理解した。先日のトーマの森へも、これまであちこち地方に飛ばされていた出張も、冒険者としての実力を買われてこそだったのだ。



ミア・オーリックは子爵家の次女に生まれながら、幼い頃から冒険者になりたかった。

アカデミーで自分を特権階級だなんて思ったことはない。むしろ魔力が少ないから自分は底辺だと思っていた。それでも必死で勉強していた時、心の支えになったのが黒煙だった。


年齢も性別も出身も不詳。土魔法の使い手で、モンスター討伐だけでなく災害派遣にも積極的に参加していた。謎に包まれたS級冒険者には数々の武勇伝と噂話がついてまわったが、正体がはっきりする前にファルコン・ドールは解散し、黒煙は行方知れずになってしまった。


そんな憧れの冒険者が今、目の前で紙袋に入ったマントウを愛おしそうに見つめている。ミアは心底納得がいかないと、疑問をリタにぶつけた。


「なんでっ…なんでS級冒険者がギルドの職員なんかやってるんですか。しかも、復職支援担当って、一番復職するべきなのはリタさん、いえ、黒煙様じゃないですかっ…!」


「私にとって冒険者よりもギルド職員として潜在冒険者の支援にあたるほうが価値のある仕事だったということです。誰かの背中を押す仕事って、素敵でしょう?それに冒険者をやってるよりはるかに美味しいものにありつけますからね。」


返された答えは、実にリタらしいものだった。

やっぱりそこか。ミアは思いっきり脱力して、でもそのブレなさが黒煙なのだろうなと思った。


冒険者になりたかった。家族の反対を押し切ってアカデミーに入り、必死に努力して、結果冒険者にはなれなかった。

だけど今、冒険者のために、黒煙だった人と一緒に仕事をしている。それは冒険者になることと等しく価値のあることだ。

ミアはこの日、ようやく夢だったものと決別できた気がした。


「すっかり伝えそびれちゃいましたけど、助けてくれてありがとうございました。リタさんはかっこよかったです。あと数日ですが、引き続きご指導のほどよろしくお願いいたします。」

ミアはそう言って深く頭をさげた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


リタの涼し気な笑顔に、ミアの中の新しい扉がひらいたのは、言うまでもない。

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