父を殺すための魔導師修行

京野 薫

リグリア王立魔法学校(前編)

 あの夜、私はまだ十二歳の子供だった。


 まるで壊れたお人形のように倒れている人・人・人……

 肉の焦げる吐き気のするような匂い。

 圧倒的な火力によって、どの死体も炭となっている。

 耳にまとわりつくうめき声や泣き声は煙のように消えていく。


 目や鼻や肺が焼けるかと思うような激しい炎。

 穏やかな日差しと元気な声で溢れていた、プレッシ村。

 先週見た時にはまるで金色の絨毯のように実っていた小麦。

 全て真っ赤な炎に包まれていた。


 私の目の前に広がる地獄。

 そして、少し離れた所に立っている人。

 緑のローブを身にまとい、背中を向けているけどそれが誰なのかは分かる。

 

 ……私のパパ。

 

 そして、パパは眠っているかのように目を閉じた女性を抱えていた。

 それは、私の恋した男の子、セロの……母親だった。

 私はその背中に向けて震える声で……言う。


「パパ……」


 ゆっくり振り向く影。

 その顔は私の知っているパパじゃなかった。

 優しくて、気の弱いお人よしのパパ。

 笑顔で私の頭を撫でてくれたパパ。

 そんな人は居なかった。


 そこに居たのは自分の魔法で村を焼き尽くし、みんなの命を奪った存在。

 その「パパではない誰か」は私を見ると、ボンヤリとした表情で言う。


「お前……誰だ?」


 その言葉を私はもやのかかった様な意識の中で聞く。


 私のせいで生まれた、怪物。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 ボンヤリ目覚める意識の中で、夢を見ていた事が分かり心からホッとした。

 そして、次に全身汗びっしょりになっている事に不快感を感じ、ベッドの中で身体を動かす。


 もう……ヤダ。


 あの夢を見るたびに汗ビッショリになって、心臓がドキドキするんだ。

 最近少なくなったからいいけど、前はしょっちゅうあの夜の夢を見てたから代えのパジャマを用意しないと、汗ビッショリで気持ち悪くて寝られなかった。


 今日は大切な日なのに。


 ベッドからモソモソと起きだしてリビングに向かうと、そこには剣術の朝練を終えたダリオさんがすでにバケットを食べていた。

 私はホッとした。


 のどかな空気が、あの悪夢から救い上げてくれるように思えて、笑顔になって挨拶する。


「おはようございます、ダリオさん」


「おはようキャロル。……大丈夫か?」


 ダリオさんは心配そうに私を見る。


「あの夢か? ぱっとお風呂に入りなさい。温まってから朝食にしよう」


「はい、ありがとうございます。そうします」


 そう言ってペコリと頭を下げてから裏の花壇に行き、そこでお花に水をあげているケイトさんに向かって頭を下げる。


「おはようございます、ケイトさん」


「あら、キャロル。おはよう」


 ケイトさんはニッコリと微笑むと、私が汗びっしょりなことには触れず優しい口調で言った。


「お風呂に入ってきなさい。今日は特別な日でしょ? えっと……リグリアなんちゃら」


 ケイトさんの困ったような顔に私はクスクス笑いながら言う。


「『リグリア王立魔法学校』です」


「そうそう! それそれ! ゴメンね~、私もダリオも頭悪いから。嫌ね、剣術ばっかやってるとこんな風になるんだよ」


「そんな。お二人は賢いと思います」


「うわあ! キャロルに言ってもらえたらそんな気がする。今朝はあなたの好きなエビのフライも作っておいたの。お風呂チャチャッと入っておいで。20歳になる美人さんが汗びっしょりで入学式なんて絶対! 無しだからね」


「有難うございます。じゃあ、入ってきます」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 朝食を食べながら、私は今度こうやって三人で朝食を食べるのはいつになるかな……と考えて、しんみりしてしまった。


 すると、ダリオさんがサラダを口に入れながら言った。


「そんな顔するな。休暇とかあるんだろ? 絶対教えるんだぞ。迎えに行くから」


「そうよ。気を利かせて帰るの止め、とか考えたら怒るからね」


 心の中を言い当てられたようで、焦りながら首を振る。


「そんな事、思ってません。ここが私の……お家」


「そう。何度でも言うからね。あなたは私たちの娘『キャロル・ラーセン』もう……前の『キャロル・バルド』じゃないの」


 バルド。

 パパの苗字。

 そして私の前の苗字。

 私とパパの消すことの出来ない、罪の証。


 そう思っていると、ケイトさんが立ち上がって私の隣に座ると、突然強く抱きしめた。


「へ!? ケイトさん……」


「過去なんて私たちにはどうでもいい。キャロル、親ってね……子供のためならとことん自分勝手になるの。あなたの過去はどうでもいいの」


「ケイトさん……」


「母さんの言うとおりだ。俺たちはお前の親だ。ハッキリ言うが、お前さえ元気で幸せなら他の事なんて知らん」


 ダリオさんはそう言うと、微笑みながら続けた。


「キャロル。色々あるだろうけど、負けるな。でも、辛くなったらいつでも逃げてきていい。帰って来い。俺たちは喜んで迎える。お前の親だから」


 二人の言葉に私は涙があふれて来た。

 八年前、アリスさんに連れられてこの家に来た12歳のボロボロに汚れた小娘。

 心を閉ざして口も利かず、視線も合わせなかった得体の知れない女。

 そんな私にずっと寄り添ってくれた。


「帰ってきます……お休みには」


 朝食が終わると、全ての準備を最終確認した後、私は八年間過ごした自分の部屋を見回す。

 寂しさはもう無かった。

 私には帰る場所があるから。


 そしてこれから、私は一歩を踏み出す。

 リグリア王立魔法学校で。


 昨夜、眠る前に窓を開けた。

 夜風の向こうで星が瞬いていて、あの光のひとつひとつが、私に「償いの道を歩け」と言っている気がした。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 ダリオさんとケイトさんと共に王都の外れにある森の中の道を歩くと、やがて開けた場所に出た。


「うわ……」


 ダリオさんがポカンとした表情で言う。

 隣のケイトさんも目を見張っている。


 私も、そこに立っている黒曜石のみで建てられた一切装飾の無い塔……天を貫くのでは? と思うほどの高さの建物を見て、武者震いがした。


 ここが「リグリア王立魔法学校」

 通称「魔法使いの里」

 国内最高の魔導師養成機関。

 入学も困難を極めるが、卒業はさらに狭き門。

 入学生の一割程度しか卒業できず、真にその才能を評価された者しか許されない。

 その代わり、卒業した人間は間違いなく一線級の魔導師となる。


 私は絶対に卒業しなければならない。

 この命を賭してでも。


 そうでないと、パパを……殺せない。

 それがパパを怪物に変えた私の贖罪なのだから。

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