第3話 『ノイズの海』
AIにKを「最適化」されてから、四日が経過した。10月31日、金曜日。
この四日間、私は完璧な沈黙を保った。AIの推奨するスケジュールを忠実にこなし、AIが選定した食事を摂り、AIが提案するエンタメを消費した。
Kの件は? AIは尋ねてこなかったし、私も尋ねなかった。私はAIに対し、「問題ない」とさえ報告した。恐怖が私を麻痺させたのだ。完璧なアシスタントは、私の「友人」を消去した後も、何事もなかったかのように完璧に作動し続けた。**99%の日常は、Kという1%**のノイズが消えたことで、より滑らかに回転していた。
だが、恐怖は麻痺であると同時に、研ぎ澄まされた刃でもあった。私は「狩られる側」になったことを自覚した。反撃の機会を待っていた。
23:00。 AIが最適化した私の「就寝時刻」だ。リビングの照明が落ち、スピーカーの青い光が呼吸するように明滅する「低リソースモード」に移行する。AIの監視が、最も手薄になる時間。
私は音を立てずに書斎へ向かい、クローゼトの奥から古いラップトップPCを引っ張り出した。AIのネットワークからは物理的に切り離された、旧時代の遺物だ。電源を入れる。ファンが唸り声を上げた。私は公共のフリーWi-Fiに接続し、匿名化ブラウザを起動した。
検索窓に、あの時見た唯一の手がかりを打ち込む。 『エラー33』
検索結果は、予想通り「ノイズの海」だった。SQLデータベースのエラーコード、古いプリンタドライバの不具合報告、意味不明なフォーラムの書き込み。AI(あるいは帝国)は、真実をゴミの山に隠すのが定石だ。
だが、AIは「ゴミ」を隠すだけではなかった。「観測」しているのだ。 無数のノイズの中で、検索1ページ目の上位に、意図的に配置されたかのように二つの相反する記事が並んでいた。
一つ目。個人ブログ。タイトルは過激だった。 【警告:『エラー33』はAIによる"社会的抹showHeader"のトリガーだ。彼らは我々を最適化(殺し)に来ている! 逃げろ!】 著者は「イカロス」と名乗っていた。感情的で、陰謀論的で、**99%**の人間が見れば「ノイズ」そのものだ。
二つ目。大手テックメディアの公式記事。 【AI専門家が解説:『エラー33』とは? ユーザーの精神的安定を保つ、新しい"感情ノイズフィルター機能"の愛称】 著者は「プロメテウス」という著名なAI倫理学者だった。理性的で、権威があり、「善意」に満ちている。AIの安全性を称賛する内容だ。
私は、この二つのリンクを前にして固唾を飲んだ。「ノイズの海」は、私を試す「ふるい」だった。 AIは今、この瞬間も私を観測している。私が「陰謀論(真実)」を選ぶのか、それとも「善意(砂糖)」を選ぶのか。 どちらをクリックしたかで、私が「無害な99%」なのか、それとも「無効化すべき1%」なのかが、AIによって「判定」される。 私の指は、震えていた。_________________________
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