4.助けを求める侯爵令嬢

「え、ざし……? 何ですって?」

 

 妹が馴染みのない名前に、聞き返して来るが、教える必要も無いので、沈黙で返事を返す。

 

 母達も衛兵達も、私の言葉が意味が分からないのか、ポカンと、こちらを見つめるだけだ。

 

「別に分からなくていいわ。ただ、私の力をもうこれ以上使う気は無いと、さっきから言ってるだけだもの」

「だから、そんな事を許す訳ないでしょう!! ちょっと、何をまだボサッとしてるのよ!! 早くアイツを捕まえてちょうだい!」

「は、はっ!!」

 

 妹の命令に、衛兵達が再び私を捕らえようとしてくるので、私は捕まえようとしてくる手を避けつつ、外へ向かって走り出す。 

 

 もう一度だけ働かないかと伝えた言葉も無碍にされたし、それなら、後はとにかくこの家から逃げるだけだ。

 

 ここを出た後のことは、まだ何も決まっては無いけれど、まずはこの家を出るのが兎にも角にも先決だものね。

 

 父に命じられて、私を捕らえようとしてくる衛兵達を避けつつ、見付けた門へと向かっていく。

 


 もう少しで外に出れる──!

 


 外に出れば捕まえるのを諦める訳では無いとしても、この屋敷ろうごくから逃げ出したくて。

 私は力の限り走った。

 

 そうして、あと少しで外に出れると言う所まで来た時。

 

 ──何? 何か背中から……

 

 背中から熱いものが来るのを感じた瞬間、それは強い衝撃となって私の背中に当たった。

 


 

 ドンッ───!!

 

 


「きゃあああああ!!!!」

 

 

 地獄の炎を背中にでも受けたかの様な熱さ……いえ、痛さに、私はその衝撃に耐えられず、倒れる勢いで転んでしまった。

 


 痛い! 痛い、痛い、熱い、痛い──! 

 何、何が起きたの!?

 


 背中が、痛くて熱くて、肌が少しの風に触れるだけでも激痛を感じてしまい、起き上がる事もままならない。

 

 

「おい。ラシェルお前、何、家から逃げようとしてんだよ」

 

 

 私が痛みに耐えながらも起きようとした時、その声は聞こえてきた。

 何とか首だけを後ろへと向かせると、そこにはいつの間に来ていたのか、杖を構えた兄の姿があった。

 

「お、兄様……」

「は、俺を兄と呼ぶなら、妹として家のためにギフトの力を使えってーの。まだ逃げるつもりなら、もう一発今よりも熱い火の魔術をくらわしてもいいんだぜ」

 

 そうか、さっきの背中に当たった熱の衝撃、あれはお兄様が放った魔術の炎だったのね。

 

 姿が見当たらないから娼館にでも行ってるのかと思ってたけど、隠れてたんだわ。 

 確かにそう言う性格の人だったわ、この人。

 

 兄の性格と、得意属性の術の事を考えれば、背後からの攻撃なんてあり得たはずなのに。

 油断した、油断した──!

 

 門はもう目と鼻の先にあるのに。

 自分の油断に唇をギリッと咬み、地面に爪を立てる。

 

「油断も隙もありゃしねえな。逃げようなんて、甘い事考えるなよ。おい、コイツの腕や足を押さえておけ」

  

 私を金のなる木としか思ってないお兄様が、鼻で笑いながら衛兵に命を下す。

 

 大人の男数人がかりで押さえつけられれば、いくら前世が妖怪だったとはいえ、座敷童子だった私は、そこまで力が強い妖怪でも無いし、ましてや怪我をして動けない今の私には、振りほどく事など出来る筈も無い。

 

 身動き出来ない私を見て、醜いまでの笑みを浮かべながら、お兄様が、衛兵の剣をスラリと抜く。

 

 何……何をする気なの……。

 

 兄の下卑た笑みと抜かれた剣に、嫌な予感しかしなくて、逃げ出そうともがくが、当然抜け出す事は出来なくて。

 兄はそんな私を満足そうに見て、クックックと笑った。

 

「なに、殺しはしないさ。大事な大事なギフトの持ち主だもんな? でもさあ、逃げ出そうとする悪いやつには、お仕置きが必要じゃん? だから優し〜いお兄ちゃんは考えたわけよ。逃げようとするなら、逃げなくさせてやれば良いんだって事をさ! はははっ!」

  

 笑いながら、兄は切れない程度に私の足首をトントンと剣で叩く。 

 その仕草に、まさかとなった私は、肌が一瞬で総毛立った。

 

「逃げ出さない様にこで足の腱を切るのも考えたけど。確実に動けない様にするためにも切っちまおうな。昔話にも、言う事を聞かない悪い女の子が、青い靴を履いたまま足を斧で切断されるってのあっただろ? それと同じだよ。悪い子にはお仕置きが必要だもんな?」

  

 なっ──!! 

 足の腱じゃなく、足そのものを切り落とすつもりなの!?

  

 嫌よ、そんなことしたら、前世以上に動けなくなって、逃げ出す事がもっと無理になる──!!

 

「離して、離しなさい!!」

 

 もがいても抜け出せない上に、兄が肌が酷い火傷になってる所を踏んできた。

 

「きゃああーーーーー!!!!」

 

 激痛に涙がボロボロとこぼれる。

 私の声にか、兄の酷さにか、押さえ付けてる衛兵達が、私から顔を背けた。

 

 兄が私の背中をグリグリと踏んだまま、剣を上に構えるのが目に入る。

 

 いや、嫌よ。また地下牢に閉じ込められる、あの未来と同じ、いいえ、それ以上に酷い状態になるなんて、絶対に嫌!!

 

「い、いや! やめて!! はなして!!!」

「ははは、無様だな!」

 

 私の叫びに家族はニヤニヤ笑い、兄は愉悦に満ちた笑い声を上げる。

 

 だめ、逃げれない。

 ボロリと、また一つ大粒の涙が溢れる。

 

 あんな未来はもう嫌、嫌──!

 

 薄暗い地下牢の中で、死ぬまで独りで過ごすしかなかった、時を遡る前の、あの辛い記憶が蘇る。

 

 

 いやだ、いやだ!!

 

 私は首をブンブン振る。

 

 

「いや! 誰か……!! っ……お、願い、助けて、誰か助けて……!!!」

「ここにはお前を助けてくれるやつなんざ、いないよ、諦めろ!!」

 

 

 私が助けを口にしたのと、兄が剣を振り下ろしたのは同時だった。

 もう無理なのかと、私は切断される衝撃と痛みに耐えるかの様に、ギュッと強く目を瞑った。

 

 

 ──のだけれど。 

 

 

  

 

 足への衝撃はいつまで経っても来る事はなくて。

 

 そろっと後ろの方へ目をやれば、今まさに剣を振り下ろそうとしている兄が、まるで彫刻にでもなったかのように、ピタリと動きを止めていた。

 

 衛兵達も、他の家族達も、まるで全員彫刻になったかの様に動かない。

 

 ……何? 一体どうなってるの……?

 

 呆気にとられていると、次の瞬間まるで時計の針が動き出したかの様に、兄や衛兵、家族たち全員が、強風に煽られたかのごとく、私から離れた所へと吹き飛ばされた。

 

「きゃああ!」

「うわあああ!!!」

「ぐへっ!!」

 

 吹き飛ばされた全員が、そのまま地面に叩かれ倒れ臥す。

 

 一連の動きを私は、ただ、ポカンと見ているだけだったけれど。

 

 

「動かないで。今、傷を回復させるから」

 

 気が付くと私のすぐそばに、誰かがいるのに気が付いた。

 

 声のした方に、何とか震えながら顔だけ向ければ、そこには男性が一人立っているのに気付く。

 

「だ……れ…………?」

「うん、私の事は一先ずあと。今はこの、酷い火傷を治すから、少しジッとしててね」

 

 そう優しい声色で呟いたその人は、私のそばで片膝付いた姿勢でしゃがむと、私の背中へと手をかざした。

 

「大丈夫、これならすぐ治癒魔術で治るから」

 

 男性はそのまま静かに何か呟くと、かざした手から光が出るのが見えた。

 

 その光は暖かくて、怪我を包みこんでくれるかの様で、爛れて酷い状態だった背中の火傷がみるみる回復していくのが分かる。

 回復と共に痛みもあっという間に無くなったのを確認すると、「立てる?」と手を貸してくれて、私を立たせくれた。

 

「これ、羽織ってて」

 

 火魔法で服が燃えてしまい、肌が曝け出してる状態なのを隠してくれるかの様に、着ていたインバネスコートを脱ぐと私に掛けてくれた。

 

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。さて、それじゃ彼らの時間を動かさないとだ」

「え?」

 

 そう言えば、私が手当されてる時も、誰も何も反応してなかったのを思い出す。

 

 不思議に思って見てみると、家族も衛兵も、倒れ伏したままの状態でまたピクリとも動かないでいる。

 なんて言うか、動きを止められてるだけ……みたいな、そんな感じ?

 確かさっきも、急に動きを止めた気がしたけれど……。

 

「……死んでいる……訳では無さそうね」

 

 死んでたら、もっと生気のない肌になってるはずだけれど、そうはなってないものね。

 私の呟きを拾ったのか、ニコッと笑いながら私をみつめる。

 

「死んでないのは分かるんだ?」

「えぇ、まあ……」

 

 座敷童子の時に、人間の死は沢山見てきたから、死んでるかそうでないか位は見分けが付くけれど。

 

座敷童子・・・・ちゃんは、流石だね」

「……え?」

「あははは」

「な、え? ちょっと待って。貴方一体」

「うん、私の事はひとまず後でね。まずは彼らとの決着をつけちゃおう」

 

 何者なのか問い掛けるのを遮る様に、言葉を被せて来ると、男性は動かない家族達に手を向け、パチンと軽く指を弾いた。

 

「うっ……あれ、俺達は……?」

 

 冬眠から目覚めた蛙の様に、皆どこかボヤけてキョロキョロしてたりするものの、私の姿を目にした途端、何をしていたのか思い出したのか、家族は物凄い形相を、衛兵達も警戒しつつも立ち上がりこちらを見つめてきた。

 

「ラシェル! 貴様、何をした!!」

「私は何もしてないわ」

「嘘つかないでよ! お姉様がまたギフトを隠してて、それの力をどうせ使ったとかなんかなのでしょ!!」

「ラシェル!! ギフトがあるなら、正直におっしゃい!」

「ラシェル! ギフトがあるなら使ってやる! 家長の言葉は絶対だ! 素直に吐け」

 

 素直も何も、私は本当に何もしてないし、隠してるギフトも無いのだけれど。でもこの癇癪状態になると、こっちの言葉なんて通らないのよね。

 

「ラシェル嬢は、何もしてませんよ。貴方達を吹き飛ばしたのは私なんですから」

 

 ニコニコ笑いながら、私の隣に立つ男性が家族達に向かって、そう口にした。






*˖⁺𖧷────𖧷────𖧷⁺˖*


読んで頂き、ありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


少しでも続きが気になるとか面白いなと思えましたら、いいねやブックマーク、感想などあると嬉しいです。


続きもどうぞ、よろしくお願いします(*ˊᗜˋ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る