第3話 十六夜の待遇
シヴァの後をついて行くとイバルツ宮とは違う建物に入る。
そして一つの部屋の扉の前に来た。
「ここは十六夜の仕事場兼待機室だ」
そう言って入った部屋には机がいくつも並べられて机の上に高々と書類の山が見えた。
「十六夜は武人の集まりだが現実は書類仕事も多い仕事だ」
「なるほど。そうなんですね」
その乱雑とした部屋を抜けてもう一つの扉をシヴァが開けた。
「ここは隊長室だ。リーダーの私だけは個室を使用している」
シヴァの隊長室の机にもたくさんの書類が置いてある。
「十六夜について説明するからそこの椅子に座れ」
リナは言われたとおり椅子に座った。
椅子の前には大きなテーブルがあり椅子は16脚ある。
おそらくこの部屋に十六夜のメンバーが全員集まってもいいようになっているのだろう。
シヴァは書類を持ちながらリナの向かい側の椅子に座る。
「しかし十六夜のメンバーに入れてくれなんて随分思い切ったことを発言したな」
「すみません。どうしても十六夜のメンバーになりたくて。私の夢だったんです」
「そうか。だが夢と現実は違うかもしれないぞ」
シヴァの言葉にリナは膝の上で拳を握る。
「どんな仕事もやる覚悟はあります。陛下のためなら命も惜しみません」
十六夜の仕事は綺麗な仕事ばかりではない。
皇帝や第二日本帝国に仇名す者たちの暗殺も仕事の内だと父から聞いていた。
そして皇帝をその身を犠牲にしても護ることも重要な仕事だ。
「そうか。コレット殿の娘だもんな。十六夜の仕事については知っているのか?」
「大まかなことは父に聞きました」
「どのようなことだ? 言ってみろ」
「はい」
リナは父親のコレットから聞いた話をシヴァに伝える。
シヴァは黙って聞いていたがリナの話が終わると難しい表情になった。
「だいたいはリナの言ってる仕事内容で合っているが一番大事なのは皇帝の勅命はたとえ内容が何であれ実行しなければならないということだ」
「はい。心得ております」
「リナは両親を殺せるか?」
「はい?」
「両親を殺せと陛下が言ったら両親を殺せるかと聞いたんだ」
リナは一瞬考えたが答えはすぐに出た。
「はい。陛下の命令ならば従います」
リナはコレットに十六夜を目指すならどんな辛い任務でもやらなければならないと言われていた。
もし本当に両親を殺さなければならないならそれを実行する覚悟はある。
それぐらいの覚悟なくして十六夜に入ろうなんて思わない。
「なるほど。その覚悟があるというわけか。ではコレットの首を取ってこい」
「父の首を?」
「ああ。そうしたら十六夜のメンバーとして正式に認めてやる」
「それには従えません」
「なんだと? なぜだ? 何でもする覚悟があるんじゃなかったのか?」
「今のは陛下の命令ではないからです」
「私は十六夜のリーダーだぞ」
リナはシヴァの鋭い視線を真っすぐに受け止める。
「たとえ十六夜のリーダーの命令でも陛下の命令に逆らうことはできないはずです。陛下は私を十六夜のメンバーにすると仰いました。なので陛下がその言葉を撤回しない限り私は十六夜のメンバーです」
「フ、なるほど。その通りだ。陛下はリナを十六夜のメンバーにすると言った。そのことを覆すことは私にもできない。見事な正しい答えだな」
シヴァの瞳が優しくなる。
「試すことを言って悪かったな。十六夜は仲間を信じチームワークが大切だが十六夜の中にも敵が潜んでいる可能性は常に考えなければならない」
「はい」
「今日の友は明日の敵になるかもしれないことは肝に銘じておけよ」
「はい。肝に銘じます」
「よかろう。では具体的に十六夜の待遇についての話をする」
シヴァは書類をリナに渡す。
「研修期間は一ヶ月だ。一ヶ月で十六夜の平均水準の戦闘力を身につけられなかったらクビになる。それをクリアすれば正式採用だ。もちろん研修期間も給料は出るから安心しろ」
リナは書類を見ながら思わず目を瞠った。
「あ、あの、給料が月に170万って数字間違ってませんか?」
「いや。最初の研修期間は100万円で正式採用後は170万円だ。もちろんこれは新人の最低賃金だから仕事をこなして年数務めれば昇給する。金額に不服か?」
リナは首を横に振る。
「いえ。あまりに高額なので驚きました」
「高額? 命の値段だと思えば安いぐらいだ」
「シヴァ様はもっともらっているんですか?」
「私のことは様はつけなくていい。これからはシヴァと呼べ。他の十六夜のメンバーも年齢に関係なく名前は公の場以外では呼び捨てでかまわない」
「そうなんですか?」
「ああ。それと私の給料は管理職手当もつくからリナの10倍はもらっている」
「そ、そんなに……」
リナは自分の金銭感覚がマヒしそうだと思った。
如月財閥の孫のリナだが母の華子の金銭感覚はしっかりしていたので無駄遣いはしないようにと注意されながら育った。
そんなリナだから十六夜の初任給には驚きを隠せない。
確かに任務は危険だし皇帝を命がけで護るのが仕事だがこれはすごいところに就職してしまったようだ。
日本の大学卒の初任給の平均は二十数万だと聞いていたから17歳の高校中退者としては破格の世界だ。
「有給休暇制度はないが休みたければ事前申請して認められれば休みを取れる。それに公務で負傷した場合は治療の費用の全額と見舞い金として三ヶ月分の給料に当たる金額がでる」
「はあ……」
「でも怪我をしないにこしたことはないからな。リナも充分注意して仕事をしろよ」
「分かりました」
「その他細かい部分は雇用契約書に書いてあるからよく読んでから契約書にサインして明日持ってきてくれ」
シヴァから雇用契約書が渡される。
「明日ですか?」
「ああ。十六夜のメンバーは皇宮に住むことになるから明日にはリナの部屋を準備しておく。身の回りの物を持って引っ越して来い」
「分かりました」
「明日、他の十六夜のメンバーを紹介する」
「はい」
話はそこで終わりリナはシヴァに連れられて皇宮の正面玄関に向かった。
リナが送迎の車に乗り込むとシヴァはリナに声をかける。
「リナ。一緒に仕事をできるのを楽しみにしているよ」
リナに向けられたシヴァの笑顔にリナはドキリと胸が高鳴った。
車はリナを乗せて動き出した。
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