第3話
「また次回会える保証が無い上に明日の朝までしか居られないから、……ほんの少しの間だけだ。云う事聞いてくれよ。」
言いながら海緒がこちらの首筋に手をかけてくる。 ゆっくりとネクタイを外された。
「お前のこと大切にしたいから、もし本気で嫌な時は断ってくれて構わない。……一緒にシャワーは、だめか?」
とても真剣な目で見つめられる。 云いながら海緒の手がワイシャツを脱がしにかかるのが分かったが、静止させることをためらっているうちに気づけばソファーへ押し倒されている。
「だめなのか、ならここでシャワーの前に始めるとするか……」
「ちょっと待って。いや、構わないから。むしろ今すぐ風呂行きたい!シャワー行こ!」
逃げられない体勢でぐっと体重をかけられたので慌てて首を横に振りそう言うと海緒は途端に嬉しそうな顔をした。
「絶対そう言うと思った。お前昔から綺麗好きだったもんな。」
あっさりソファーから身を起こすと、周辺に目をやる。
「男の一人暮らしにしちゃ部屋が片付いているもんな。綺麗好きな所変わってないはずだと踏んでた。それか世話好きな彼女でもいるか...とも思ったけど。もし居るのならもうここには来ないようにするし、迷惑なら勿論今すぐ帰るけど......」
「彼女はいない。振られたんだよ。」
思わず言いたくもない事実を口にする。
「あ?振られた?なんで」
「だから!その……綺麗好きなのが嫌味に感じるってお断りされたの!」
「あぁ、なるほど。ゆづきの態度が原因か。まあ彼女の気持ち、想像出来るぜ?少しだらしない箇所見つけちゃがみがみ口に出したんだろ?俺もかつてはそんなお前にどれだけ繊細なハートを傷つけられたことか……ははは」
海緒はひとしきり笑うと頭を撫でてくる。
「とりあえず怒りっぽいのを直した方がいいぜ?お前痩せてる分余計に性格キツそうに見えるんだよ。本当はゆづきみたいな奴には俺みたいな、そそっかしくてちょっとだらしない奴くらいの方がいいんじゃねーの?相手が同じように几帳面で神経質だと息が詰まりそう。」
「分かってる。……いつも言い方がいけないんだって。お前のこともあったし、自分でもダメな奴だって充分分かって……。」
思い出したくなかったことがいっぺんに蘇ってくる。
「ゆづき?」
言葉が止まる。
ふいに涙がこぼれ落ちたのを見て海緒が驚いた顔になる。みっともない泣き顔を見られたくなくて手で覆い隠した。
「どうした?」
「一緒に暮らす間は、同じだけ自分も掃除とか家の中の雑用をこなさないとフェアじゃないと思ったんだ。彼女も仕事していたから、頑張って向こうの負担にならないようにしたくて……でも実際には向こうの方がいつも疲れていて同じようには出来なかった。それが彼女にはすごく引け目だったみたいで。あと本当は散らかっていてもリラックスして過ごしたかったって……最後に言われた。」
「そうか。」
海緒の腕の中に抱きしめられる。
「彼女が出ていって、そのうち一人暮らしにも慣れてそれなりに充実した気にもなって……結局何年経っても変われなかったー。」
海緒が死んでも、彼女に別れを告げられても。
無駄に年月が過ぎただけ。何にも成長できやしなかった。
長いことそんな自分自身に嫌気がさしていた。
見た目や肩書きを無くしたら多分自分のような人間は誰にも好かれない。
彼女は唯一高校の同級生で、学歴や肩書きなんかをそれほど意識しない頃から既に友人だったから。その関係を大事にしたかったけれど、結局自分の性格のせいで失ってしまった。
そして海緒と再び関わり、自分の欠点に再度向き合わされた。
いっそあの時、海緒の思うがままにめちゃくちゃに殺されてしまえば今よりましな人間に生まれ変わることが出来たのだろうか。
「だからずっとひとり」
海緒の手のひらに顔を持ち上げられて泣き顔を見つめられる。
ゆっくりと唇を重ねられた後求められるままに口を開いて受け入れる。
しだいに息継ぎもする間も奪われるほど深く口付けられる。逃げ場の無い、幾分魂を吸い取られるみたいな......。
「海緒がしたいこと、好きにしたらいい。いちいち許可を取らなくったっていいんだよ。……恋人同士なんだから。」
あの時は異界との狭間でどこか夢現の中だった。
だけど今は自分の住むマンションで。どこまでも現実なのを実感する。
「ゆづき、今大丈夫?」
「うん」
「じゃ入るぞ」
海緒が風呂場に侵入してくる。
シャワーのお湯が温かくて海緒の冷たい肌を幾らか感じにくい。
「海緒」
「ん?」
「今だけお前、温かい。」
「はは、今だけ限定な。」
軽く言うと海緒がシャワーヘッドを手にする。
「この後部屋がなるべく汚れないように洗ってやるから。少しだけ我慢しろよ。」
後ろの穴を指先でいたずらする様にそっと撫でた後海緒の指先がやわやわと侵入してくる。
「んっ」
「深呼吸して力抜いて。ここをほぐさないと身体をひどく痛めるしな……出血させたくないんだよ。今夜は以前と違って物理的に身体を開かせることになるから。」
膝ががくがくしたのを見て海緒に身体を支えられる。思わず海緒の腕に縋り付いた。
「シャワーで洗ってやるから、脚暫く開いていて。」
温かい湯が体内にあてられる。
「大丈夫か?さっきからずっと身体が震えてる。」
「怖いんだ。こんなのしたこと無いからー」
海緒の力強い腕、その先にある指先がぐっと体内に根元まで埋め込まれて悲鳴が出そうになった。
「あ……痛い」
「うん、そうだよな」
なだめるように海緒が云うと首筋に唇を這わせてくる。
「ゆづき、男を受け入れるのは初めて?」
「海緒が初めて……でもそういえばあの時はなんで平気だったんだろう。」
ふと考える。
「まあ、肉体的な負担って意味では異界での交わりは現世と事情が違うからな。こっちに戻った時全部夢だと思ったろう?俺、きちんとゆづきの脱がせた服を元通りにびしっと直しといたし。」
何故か自信ありげに胸を張って海緒が云う。
「ワイシャツのボタンが思いっきりかけ間違えていたけど?」
「えっ」
「あとは、海緒がつけたその……、所有印が腕に残っていたからー」
そう言うと海緒が剥き出しのこの腕に目をやる。
「あれから半年か。流石に消えちゃったな。」
海緒が舌なめずりした。
「今夜めいっぱい付けておくか……」
噛まれた時の痛みが蘇り、掴まれている腕を思わず引っ込めたのを見て海緒が笑う。
「違う違う!別に噛みつきたいんじゃない。付けておきたいのは単なるキスマークだよ。」
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