第17話 オペレーション!

亜音「やばいヤバイやばいヤバイ!!デリーの比じゃない!多過ぎるって〜!!」


久音「移動しながらの迎撃は厳しいですね。数の差がありすぎますぅ」


前後左右、見渡す限り異型の生物達がひしめいている。


亜音「拠点を作って、防衛戦に徹する?」

久音「消耗戦になると圧倒的に不利ですよぉ」

亜音「でも、その前にやられちゃうわよ〜」



まだイランに入国して30分も経っていない。

しょっぱなから激戦状態になってしまった。


パキスタンとイランの国境は、巨大な壁で隔てられていた。国境警備兵にも、『命の保証はありません』と言われたが、私達は進むしかない。



だが入ってすぐ、そこはもう戦場だった。

完全な状態の建物はほとんどなく、道はレンガなどの瓦礫の山。そして至る所に動く死体と、悪魔化した死体。


はじめは少しずつ倒しながら進んでいたのだが、そのうちどんどん数が増えていき、気が付くと後ろにも湧き出していて引き返すことも出来なくなっていた。



亜音「姉さん!そこの壊れかけのビルの1階に車を停めるわよ。バリケードを作って一旦防衛戦に移るわよ!」


久音「分かりました!」



ビルの1階は、元はガレージだったようだが、今はシャッターが上げられて中には何もなかった。恐らく元の住人は逃げたあとなのだろう。


ビル自体は比較的損傷が少ない。R390を中に入れ、姉さんに援護されながらシャッターを閉めた。ひしゃげていなかったのが救いだ。



その後、2人で建物全ての出入り口をチェックし、窓ガラスが割れたところにはその辺にあった木の板を打ち付けたり、家具で塞いだ。


亜音「籠城は完璧ね。でもこの先どうするか」

久音「悪魔の皆さん、ほとんど移動もしませんからね。私達の姿を見ると襲ってきますし…」


亜音「籠城戦って、普通は本部隊到着までの時間稼ぎとかで使う作戦よね。私達は、何をいつまで待てばいいのかしら」


溜め息をつく。

いちおう入国前に水と食料は確保してきたが、いつまで保つか……


久音「ロイズさんに相談してみましょうか」


ロイズ宛に、「時間が出来たら連絡ください」とメッセージを送った。



***



ロイズ『詰んだの?』


亜音「はい…」

私は今の状況を事細かにロイズに伝えた。



ロイズ『…なぁんだ。まだ全然詰んでないじゃない。安心したわ』


亜音「いやいや、どう考えても八方塞がりですって。こっから起死回生できるんですか?」


ロイズ『頭を使いなさい。R390はガソリンエンジンだけどモーターでもパルスジェットでも走れる。グレネードランチャー付きのG36。立て籠もっているビルの屋上からは何が見える?ハイウェイの入り口までのルートは確認出来るんじゃない?さあ、どうする?』


ヒント、なのか?でも確かに、冷静に考えてみよう。幸いビルの中は安全だ。



亜音「ロイズさん。悪魔が消滅する時に煙みたいなのが出ますよね。あれを使って“粉塵爆発”みたいな事って出来るか分かりますか?」


電話の向こうで、ロイズが笑顔を浮かべたのが分かった。


ロイズ『答えは“YES”よ。そこまで言うって事は、アイディアが浮かんだみたいね~。じゃ!』


電話を切られてしまった、が、脱出のヒントは十分に貰った。やってみるしかない。


亜音「まだ全部まとまってないけど、私を信じてくれる?」

久音「もちろんですよ〜」



***



籠城中のビルの屋上、3階まで上がった。そこから周囲を見渡す。ほとんどの建物が崩れていて助かった。かなり遠くまで見渡すことができる。


私はこの地域の地図を広げて、ハイウェイまでの道をリアルと比べる。

良かった。数km先だがハイウェイへ繋がるぐるりと回ったスロープが見える。


亜音「姉さん。グレネードの弾の中に、ロケットアシスト弾ってある?」

久音「あります」


即答だ。ロケットアシスト弾は通常のグレネードに追加して、打ち上げた後に再噴射してかなり遠方まで弾頭を届かせるものだ。遠距離攻撃を得意としたクィンシーだからロイズが準備してくれていたのか、もしくは今みたいな状況まで考えてくれていたのか…



亜音「ロケット噴射の熱に耐えられる、長いロープ状のものって、ここに無いかしらね?」


姉さんは少し考えてから、「あっ」と言って話し出した。


久音「ケブラー製の船舶用ロープなんかどうでしょう?ガレージにモーターボートの牽引用台車がありましたから、ひょっとしたら牽引ロープもあるかも知れません」


ガレージに行って、ケブラー製ロープがある事を確認した。長さは1ロールで1,000mの徳用サイズだ。

それをロケットアシスト弾の尾翼に穴を開けて括りつける。


久音「だんだん何をするのか分かってきました!これを屋上から遠くに撃ち込んで、ターザンロープごっこをするつもりですね!」


亜音「それも面白そうだけど、辿り着いた先が地獄ね」


久音「……確かに」



姉さんの話に適当に合わせながら、R390のリアボンネットを開けて燃料ホースを確認する。ガレージ内にあった空のポリタンクに流れるように、適当なホースを継ぎ足してイグニッションをONにする。すると、燃料ポンプが動き出して勢いよくガソリンが噴き出し、ポリタンク内に溜まっていった。全部で2缶弱。



一度屋上に戻る。


屋上から見ると、ガレージ前の道から少し行くとハイウェイに繋がるメインストリートだ。一直線に繋がっている。ただやはり、どこもかしこも相変わらず悪魔だらけだ。



亜音「私がメインストリートまで出て行って、グレネードを撃ってハイウェイ入り口までターザンロープを張る。姉さんは屋上から援護して貰える?」


久音「え!危険すぎますよぉ!」


私は真剣な表情で姉さんを見つめる。


亜音「私を信じて。私はそれ以上に姉さんを信じてるから」



***



「準備OKよ」ガレージのシャッター前で、屋上の姉さんに連絡する。


久音『了解。では、作戦開始します』



少しして、遠くで爆発音。

打ち合わせ通りに、ガレージの反対側で手榴弾が爆発した。


久音『現在、爆発地点に敵が集中してきています。もう少し誘き寄せます』


そして続けて何度か爆発音。



久音『……今、ガレージシャッターの直上。これから残りを掃除します』


シャッターの外で、『バタンッ、バタンッ』と敵の倒れる音。サプレッサーを付けたライフルで静かに片付けてくれている。



久音『シャッター前、クリア。敵の大部分は建物の反対側に集まっています』


亜音「了解。出るわね」


私はグレネードランチャー付きG36を背中に抱えながら、目の前の巨大な牽引ロープのロールを転がす。重い…そりゃ1,000mだもんな。これ、車1台分くらいはあるんじゃないのか?今襲われたらひとたまりもない。


シャッターから出て、少し先へ蹴って転がし、またシャッターを閉じる。


亜音「見える?こっちはロープを転がすだけで精一杯。敵が来たら姉さんに任せるからね!」


久音『ラジャー。絶対に亜音さんには指一本触れさせません』


敵の大部分は建物の反対側。メインストリートまでおよそ200m。とにかく今は牽引ロープを転がすことだけ考える。視界の端に黒い影が見えるが、すぐに『パスッ』という音とともに消滅する。姉さんを信じるしかない。



***



亜音「メインストリートに出た!いったん戻ってガソリンタンクを持ってくる。援護よろしく!」


サプレッサー付きのG36で、静かに周りの悪魔を片付けながら走る。無事にガレージに戻りポリタンクを両手に持ってメインストリートに戻る。



亜音「今からロープを解いてガソリンを染み込ませるわ。引き続き援護を宜しく!」


久音『はい、こちらからもはっきり見えています。先ほど、もう一度反対側に手榴弾を落としました。敵はほとんどそちらに集中しています』



牽引ロープのロールを蹴り倒し、まとめてあるロールを解きにかかる。1,000mぶん。まあ全部はいいにしても、せめて半分くらいはやっておきたい。作業中も姉さんは次々と狙撃している。



***



亜音「ほぼ解き終わってガソリンもかけた!グレネード、行くわ!」

久音『お疲れ様です。大体でいいので45度の角度を目安に打ち上げてください』



45度…こんなもんか?


メインストリートの真っ直ぐ向こう、すぐ先に見える悪魔の群れを越えた、ずっと先のハイウェイに向けてグレネードランチャーを構えた。

両目を一度ギュッと瞑ってから、見開く!


亜音「輪廻の門を開き、今ここに活路を切り開くぞ!とくと見るがいい、虚空の亡者ども!!」


久音『はわわ〜、背中がゾクゾクしますぅ!』



打ち上げたグレネード弾は、途中からロケット噴射に切り替わり遥か遠くへ。解いたロープの山ががシュルシュルと音を立てて小さくなっていく。


計算通り。グレネード付近にはガソリンは付けていないので着火せず、ケブラー製ロープも燃える事はなく限界まで飛んでいった。



久音『屋上から確認できました。グレネードは無事に不発。悪魔の群れを縦断してインター近くに落下しました。すぐに戻ってきてください!』


走ってガレージに戻る。2往復目のダッシュだ。

姉さんも屋上からガレージに向かって降りてきているはずだ。近づいてくる悪魔を撃ち消しながら戻る。



***



久音「準備OKです!」

亜音「お願い!」


車に乗り込んで、姉さんがメインストリートに見える牽引ロープの残りを撃った。


その途端、ロープに染み込ませたガソリンに着火。狙い通りに炎がグレネードの着弾先に向けて一気に走っていく。


車を発進させてメインストリートに出た。炎の行く末を見守る。途中の悪魔の群れのど真ん中を炎が走る。その瞬間。


『………ドドン!!』

まず爆発音。それに続き…


『ズン!ズン!ズン!……』

炸裂音がそこら中で響く。


久音「これって……」

亜音「粉塵爆発よ。ロイズさんに聞いたの。悪魔って消える時に煙になるでしょ?煙って事は微粒子って事なの。それを利用して密集した悪魔どもを一気に誘爆させたのよ」


グレネードの軌道に沿って、モーゼの十戒のようにハイウェイへ続く活路が現れた。



亜音「これぞ覇者の道! 奈落の亡者どもを灰の虚空へと永遠に葬り去るのよ!!」


久音「亜音さん。もう間もなく高2なのに…」

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