第12話 静かな残穢

亜音「忘れ物は無いわね」

久音「は〜い!」



ハノイで十分に羽根を伸ばしたあと、私達は南アジアへ向けてベトナムからラオス、ミャンマーを越えてインドを目指す。


良い意味で、アジアの経済成長と世界平和への願いを込めて、と言うことで、ベトナムからインドのインパールまで、慰霊の意味を込めてハイウェイが整備されていた。


ナム戦と大東亜戦争をひっくるめての慰霊。何となく、アジア諸国から日本とアメリカに対しての嫌味にも感じたりする。



久音「ここも、凄いですねぇ」


ジャングルの遥か上空を通るハイウェイ。まさかラオスの国境もETCで通過できるとは思わなかった。


亜音「ホントね。情勢が不安定なタイを迂回できるなんて助かるわ」


山間を縫うように走るハイウェイを最高速でぶっ飛ばす。インパールまではだいたい1,000km。時速300kmで走れば3時間ちょいね。

ラオスからミャンマーへも同じようにETCで入国し、しばらく走ると少しずつ山が開けてきた。

ハイウェイの下には、所々に集落が見える。そろそろ、通称“白骨街道”に沿って走ることになる。



久音「嫌な予感がします。スピードを落としましょう」



姉さんの言葉通りに減速した。

その途端。前方に多数の人影。急ブレーキで減速するが、間に合わない。


亜音「ヤバい!前!」

久音「片付けます!このままもっと、速度を落としてください」


姉さんは、車の小窓を開けてM19リボルバーを前に向かい突き出す。中央付近の6つの影を素早く片付けた。すぐにリロードし、また6人。

撃つたびに人影が減っていき、何とか車1台通れる幅が確保出来た。


亜音「ちょっと振り回すわよ」


後輪を滑らせながら、何とか姉さんが作ってくれたスキマを走り抜ける。

通過する一瞬、人影がはっきり見えた。

『旧日本軍人…』そうか、ここが白骨街道。自分が死んだ事に気つかずに彷徨っている亡霊か…


久音「あれは霊魂じゃありません。亡くなった人間の残穢を利用して実体化した、悪魔そのものです」

険しい顔をして姉さんがつぶやく。


そうか。でなければ銃で撃退出来ないもんね。



亜音「なんかさ、魔術師は今まで会ってきたけど、急に悪魔とか、飛躍しすぎじゃない?」


久音「恐らくロンドンの“鍵”の影響だと思います。世界中のエーテルが止まり、今までは循環して浄化されてきた不純物が、溜まって滲み出てきたんですよ。最悪ですね。これは目的地に近づくにつれて、濃くなってくると思います」



最悪じゃん。それこそ中東なんて理不尽に死んだ人の魂がウヨウヨしているんじゃないの?



ため息混じりに窓の外を見る。そういえばさっきから見覚えがあるものが視界に入っていた。お墓だ。それも日本によくある縦長の四角いやつ。


亜音「鎮魂の為かぁ。それにしても多いわね。それだけ沢山の人が亡くなったって事か…なんか、怖いというよりも悲しいわね」


姉さんは静かに手の平を合わせて「ナムナム…」と言っている。私も、心の中で『ナムナム』。


うん、少し緊張がほぐれた。



久音「亡くなった人に罪はありませんからね」

亜音「その思いを利用する奴らが今回の敵なのよね。なんだか腹が立って、俄然やる気もわいてきたわ」


ミストヴェイルだか悪魔だか知らないが、死んだ人の魂を利用するなんて許せない。



***



あれから、悪魔に出くわすことなくハイウェイの終点、インパール市まで着いた。もうインドだ。ロイズの偽造身分証で問題無く入国出来た。



亜音「姉さん。インドもロシアのミサイル攻撃を受けてるんだよね?迎撃は成功してんの?」


久音「いいえ、ここは首都デリーに直撃。半径10km圏内は燃やし尽くされ、あとは火災と放射能の2次的被害で…被災者はおよそ3,000万人…」


亜音「3,000万!よくそれで報復攻撃しなかったわね」


久音「逃げ残った官僚達が、南方のムンバイに首都機能をすぐに移して、あとは国連とか中国、アメリカの圧力で報復を止めたそうです。そうしなければ南アジア一帯が壊滅するかも知れない、と言う事で」


姉さんがスマホでAIに教えてもらった情報を読みながら言う。



亜音「インド人って頭が良いって話は聞くけど、本当だったのねぇ」



それにしても、放射能汚染か…

これからデリー付近を通過する予定なんだが、大丈夫だろうか。幸い、北朝鮮を渡ってきた時の防護服とガイガーカウンターは持ってきている。あとは、また下手な化学兵器でも使われていない事を祈ろう。


亜音「…って、例の化学兵器が使われていたら、私達即死よね。この車にはモデルXみたいな高性能フィルターは付いていないわよ」


久音「どうしましょう〜」



フロントガラスから外を眺める。インパール盆地を覆うように、周囲に丘陵が見える……そう言えば、インドの北には有名なすっごい山脈があったわね。あの山脈沿いなら大都市も無いし、比較的安全じゃないかしら。


亜音「姉さん。まさかヒマラヤ山脈にミサイル攻撃なんてされていないわよね?」


久音「ネパールは無事なはずですが…たぶん」



じゃあ、もう行き先はそこしかないわね。まさか、こんな“イッタQ 登山部”みたいな事になるとはね。まあ、車だから余裕かしら。道があれば、の話だけど…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る