第11話 鍵の向こう

 その後──

 しばらくは穏やかだった。


 奏多も大学の推薦入学が決まって、ひと段落ついたところだった。

 数年ぶりに、実家に呼ばれたという。


「父さんがいるところでは、何も起こらないから。行ってくるよ」 


「ん? ああ。行っておいで」

「だから……帰ったら、部屋にいてください」


 甘えるように、奏多が言う。

 本当に、これが可愛い女の子だったら、どれだけ嬉しいか。


「まあ、わかったよ」


 言われた通り、仕事終わりに部屋に行って、待っててやった。

 でも、その日は何もなかった。


◆◆


 事件があったのは、それからだった。


 奏多と買い物をして部屋に戻ると、見知らぬ人が扉の前に立っていた。


 奏多の肩が、ビクッと震えた。

「義兄さん……」


 ── え?


 三十代半ば、仕立てのいいスーツ。

 目は、笑ってなかった。


「鍵が変わっていて、入れなくてね」


 ── 言ってる意味がわからない。


「鍵って……ここ、奏多の部屋ですけど」


「弟に話があるんで。外してもらえませんか?」


 口調は丁寧なのに、拒めない圧があった。


「は、はい?」


 ── いや、さすがに意味がわからない。


 連絡もなく訪ねて来て、奏多の友人である俺に席を外せと。

 すると奏多が、俺の服の裾を引っ張った。


「ごめん。少し話してくる」


 そう言って、奏多と義兄は部屋に入って行った。


 扉の閉まる音が、やけに重たく感じた。


◆◆


 とはいえ、やはり心配だった。


 でも俺の姿を見てるから、暴力沙汰にはならないだろうと思っていた。


 とりあえず待つところもないので、近くの公園でも行こうと、エレベーターに乗った時だった。


 ふと、以前設置した室内カメラを思い出し、スマホで中の様子を覗いた。


 室内カメラの映像は、俺の携帯からも見れるようになっていた。


 ── あいつ、ホントに何でも俺に共有させるからな……。


 すると、えらい剣幕で奏多が怒鳴られていた。


 ── おいおい。


 仕方ないから、エレベーターを途中で降り、階段を駆け上がって部屋の前まで戻った。


 扉に手を掛けようか迷ったとき、スマホの画面の中で、義兄が奏多を殴り始めた。


 ── マジか。


 俺は、玄関の鍵を開けると、スマホを録画に切り替えて、静かに部屋の中へ入った。


 ドン、ドン。


 鈍い音が部屋中に響いている。

 奏多を殴るのに夢中で、義兄は俺に気づかない。


「オッサン、そこまでにしろよ」

 義兄の後ろに立ち、スマホを構えたまま言った。


 声にハッとして、義兄がこっちを振り返る。


「なんだ、貴様は!」


 慌ててスマホを奪いにくる。

 伸びてきた腕を掴み、そのまま足を払ったら、義兄が勢いよく前に倒れた。


「ぐっ……」

 思い切り、義兄の背中を踏みつける。


「もう遅いって。映像は他のところに送ったし。何なら、おじさんの会社にも送ってあげようか?」


「貴様……こんなことして済むと思ってるのか!」


 義兄が起き上がろうとしたので、再度、足に体重を乗せる。


「済まないのは、あんたの方だろ。奏多、証拠あるから警察呼びな」


「う、うん!」

 奏多が自分のスマホを取りに動く。


「やめろー!」


 グワッ。

 渾身の力で起き上がって、義兄は逃げて行った。


◆◆


「大丈夫か?」

 奏多に声をかける。


「来てくれたから。ありがとう」

 そう言って、奏多は泣き出した。


 仕方ないから、頭を撫でる。

 これが、可愛い女の子だったら……いや、さすがにそんな場合じゃないな。


 そのあと、原因を聞いたら、実家に帰った時の奏多の態度が気に入らなかったらしい。


「要するに、堂々としてるのが気に入らないと。友人関係を改めろと。友人関係って……俺か?」

 目の前で、奏多が何度も頷く。


「じゃあ、友人関係、改める?」

 奏多が驚いて、ものすごい勢いで顔を上げる。


「冗談だよ。ここまでやったら、マジで後に引けねー」


 そう言って、ポンポン頭を叩く。

 すると、奏多がホッとしたような顔をした。


 でも本当は、自分が引き返せない領域に踏み込んでしまったのはわかっていた。


 ── マジで、どうするかな……。

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