第4話 痣跡

 病院に着いて、いろいろ話をした。


「はあ。相馬 奏多、高校二年生。突き飛ばした相手は、義兄だと」


 奏多が、小さく頷く。


「義理だろうが何だろうが、兄弟なんだから仲良くすれば?」


「……できるなら、そうしたいけど」


 小さな声で、奏多が言う。

 どうやら訳ありらしい。


 そして、その”訳”が何かを、すぐに知ることになる。


 奏多の携帯が鳴った。


「はい……はい……」


 俺の顔を見て、スマホを差し出してきた。


「佐々木さんが代わってって」


 ── は? 佐々木さん、誰?


 仕方なく受け取る。


「今回の事故、バイクの修理代と示談金をお支払いしますので、それでご了承いただけないでしょうか」


 ── え?


「いえいえ、保険会社に電話しましたし、示談金と言われても……少ない金額で応じるくらいでしたら、保険使った方が……」


「ですから、バイクの修理代とは別に、相応の示談金をお支払いします。いくらご用意しましょう?」


 ── 意味がわからない。


「そんなの、200万とか300万とか言われましても……」


 そのとき思いついた金額を、適当に言った。


「わかりました。その額でご用意しますので、保険会社には示談成立とお伝えください」


 そう言われ、一方的に電話を切られた。

 思わず、奏多の顔を見る。


「お前の家、どうなってんの?」


◆◆


「はあ……お前ん家、金持ちなわけ」


 奏多が頷く。


「事故の過失割合決めるのに、防犯カメラを持ち出されたら、義兄がお前を道路に突き飛ばしたのがバレると」


 また、奏多が頷く。


「下手に他人に弱味を握られるよりは、金で解決した方がいいって、そういうこと?」


 大きく、奏多が頷く。


「……もっとふっかけておけばよかった」


 すると奏多が困った顔をした。


「バーカ。冗談だよ」


 仕方ないから、奏多の頭をくしゃっと撫でた。


◆◆


 夜の待合室──

 シーンと静まり返って、他に誰もいなかった。


「どれ、せっかくだから怪我見せてみ?」


 どうせ大した怪我じゃないんだし、保険使わないなら診察しなくていいやと、思って言った。


 すると、勢いよく奏多が上着を脱ぎ出した。

 ── え?


「いや、脱がなくても……」


 目に入ったのは、肩甲骨の下、肋骨の側面に斑に残った痣だった。

 色が薄れている箇所もあるが、場所が場所だけに素直に言葉が出ない。


「……お前、ケンカするの?」


 奏多はすぐ服を着て、肩のあたりを押さえるように俯いた。


「兄さんは、俺を殺したいんだ」

 ── は? 殺す?


「いやいや、どういうこと?」


 すると、奏多が静かに話し始めた。


「母さんが亡くなって、父さんに引き取られた」


「はあ」


「父さんの家族は、俺の存在を知らなかった」

 ── は?


「なんだ? お前、浮気相手の子どもか?」

 すると、奏多が頷いた。


 ── マジか……。


「いきなり俺が現れて、親は毎日不機嫌になって……兄ふたりは、お前のせいだって俺を恨んだ」


 ── あ、大変そう……。


「でも、だからって、殺すとか……」

 ── そんな、物騒な。


すると奏多は、いきなり勢いよく俺の顔を見上げて言った。


「悠人さん、お金貰うんでしょ? だったら俺のボディガードやってよ!」


 ── ……示談金の話を聞いたから、言ってるのか?


「いやいや。お兄さん、こう見えてリーマンなの。先輩に頼まれて、バーでバイトやってるけど」


 奏多がシュンとした。

 それを見て、ため息を吐きながら言った。


「まあ……友達にはなってあげるよ。なんか大変そうだし、このままサヨナラすると、変な罪悪感になりそうだしな」


 すると、いきなり奏多の顔が明るくなった。


「本当? 絶対だよ!」


 ── なんだか、大変な友達ができた……。


 そう思いながらも、自分の性格を考えて、どうせ放っとけないからいいやと思った。


「何かあったら言えよ。できる範囲で助けてやるから」

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