伝説の妖狐は異世界を満喫中!

大神頼斗

壱話 不可解な転移


「これで終わりだ、玉藻前たまものまえ

「……おのれ!だが、妾を封じたとて幾重にも重なった怨嗟の念が消える事はない。すぐにまた相見えようぞ」

「残念だが今回で今生の別れだ。先祖代々お前の相手をしてきたがようやく解放される」

「何だと?貴様、何をするつもり……」


 周囲の地面に見たことがない模様の光が浮かび上がった。

 まさか、新たな封印の術式?

 嫌な予感がしたが、全身を拘束する特殊な鎖が邪魔をして身動きが取れない。


「世界が違えば流石に怨嗟も届くまい。……精々達者でな」

「何をふざけた事を!」


 膨大なエネルギーが術式に集まったかと思うと、妾の体は光に包まれ跡形も無く消えた……




 ◆◇◆◇◆◇




「此処は……」


 気が付くと深い森の中に居た。

 どうやら転移の術式だったようだが、すぐに戻って奴の息の根を……


「おかしい……」


 妾の内にあった筈の膨大な妖力を感じられない。

 まさかと思い、急いで背にある尻尾の数を確認すると、金毛の美しくてボリューミーな尾が2つしかなかった。


「しかも、全体的に体が小さくなっておるぞ!?」


 数々の男を魅了してきた豊満な胸はまるで洗濯板に。鍛えられて引き締まった肢体に至っては、ただ細いだけの枝である。胸の谷間を強調する為にわざとはだけさせていた衣はずり落ちていた。

 これでは完全に童女……


 先程の術式の影響か?

 いや、転移の術式には余計な要素は加えられない筈……



 考えても埒が明かないのでその場を動くことにした。

 二尾であれば人型を保ちつつ多少の妖力は使える。先ずは森を抜け、人と接触するのが先決だろう。


「すぐに戻って、奴の喉笛を噛み千切ってやるわ!」




 そんな甘い考えは長くは続かなかった。


「此処は一体どこなのじゃ!?」


 見たことがない木々に、見たことがない獣。さらに、本来の妾の姿と同等の体長を持つ大蜥蜴まで現れた。今の妾では敵う筈もなく、命からがら逃げ出す始末。

 それからも丸3日ほど歩き続けているが、周りには延々と木々が生い茂るのみ。せめて飛行出来れば違ったかもしれないが、尻尾が2つではどうにもならない。溜息を付きつつ歩を進めた。




 それから10日が経った……


「妾を舐めるのも大概にせえよ!全て燃やし尽くしてくれるわ!」


 妾の手から放たれた『狐火』が森の木々に当たると、周囲を火の海に変える。


「どんどん燃えろ!こんな糞森なぞ全て灰になるが良い!」


 妾の狐火はただの火ではない。

 妖術と呼ばれる外法の一種で、化学反応とは別の特殊な理で現象を起こす。俗にいう魔法と呼ばれるものに近い。

 魔法と言えば、中世の時代に魔女教の教祖と戦った時の忌々しい記憶が蘇ってきた。


 怒りが増して、一心不乱に森を焼いていく。

 丸一日焼き続けた結果……視界内の木々が全て消えた。


「良い眺めじゃ!」



 そんな喜びも束の間、灰に覆われた地面から伸びた新しい芽を発見した。

 ただの植物ではないのか?


「この!たかが木の分際で!」


 奇怪な芽を足で踏みつけていると、気付けば辺り一面に芽が出始めていた。


「……はぁ。行くか」


 森を焼いて多少気が紛れたので、急激に成長する木の芽を無視して歩みを再開した。





 さらに歩く事2日……

 

 やっと森を抜ける事が出来た。

 少し先には石畳で舗装された道も見える。


「あの道を行けば人の住む集落に着く筈……」


 大都市である必要はない。

 今のこの容姿で有力者に取り入るのは不可能に近い。地道に悪事を重ねて人の怨念を集めるとしよう。




 街道を歩く事暫し……


 一台の馬車に数十人の男が集まっていた。

 馬車の周りの男達は鎧を着ており、さらにその周りには野蛮そうな格好をした男達が居た。しかも、その全員が手に剣を持ち、互いに殺し合っている。


「野盗に襲われておる感じか?」


 中世時代には偶にあった光景だが、最近は全く見掛けなくなった。移動手段は車に代わり、武器は銃火器が主流の筈だ。辺りを見渡すが、カメラなどの撮影機材も見当たらない。


「はっ!まさか陰陽師あやつめ、妾を過去に送ったのか!?」


 だが、陰陽師無勢が時間逆行の術など使える筈が……


 妾が考え込んでいると、鎧を着た騎士達が次々と倒されて追い詰められていく。



「殿下、お逃げ下さい!」

「「「ぎゃああああああ!!!」」」


 一人の騎士が叫ぶのと、妾が狐火で野盗を焼くのはほぼ同時だった。野盗達は断末魔の叫び声を上げながら焼け落ちていった。


「……何者だ!」

「困っておったようじゃから助太刀したが不要だったか?」


 残った騎士達が剣を向けて来たので、念の為に鉄扇を片手に馬車に近付く。

 丁度その時、騎士達の後ろの馬車から豪華なドレスを着た女が降りて来た。長い白金色の髪が特徴の麗しい娘だった。


「殿下、危険です!馬車にお戻り下さい!」

「えっ?貴方が逃げろって……」

「そこの子供が魔法で野盗を殲滅したようですが、まだ何者かは分かりません!」

「助けてくれたのなら味方なのでは?」


 妾の妖術が魔法と同じと思われるのは癪だが、説明するのも面倒なので口を噤んだ。


「妾は怪しい者ではないぞ」

「私はフェン・ラウド・カタシールと申します。貴女様の名をお聞きしても宜しいですか?」 

「殿下!?」


 どうやら高貴な身分のようだが、自身の素性を躊躇なく明かすとは実に初々しい。


 さて、名は何にするか……


「妾の名はタマモじゃ」

「タマモ様ですね。この度は、我々をお救い下さり感謝致しますわ」

「礼には及ばぬ。……それにしても、こんな所にも鬼が居るとはのう」

「オニとは何でしょうか?」

「ん?騎士の中に角が生えておる者が数体居るが……」

「ま、魔族!?」


 姫がそう叫んだ瞬間、近くに居た金髪の騎士が姫の背後に回り喉元に剣の刃を添えた。どうやら主従の関係ではなく、角を隠した暗殺者だったようだ。


「まさかバレていたとはな!この女を死なせたくなければ、其処を動くなよ!」


 逃げるための時間稼ぎか?

 正直、会ったばかりの人間がどうなろうと知ったことではないが……貴族ならば恩を売っておいて損はないだろう。


 忠告を無視して、掌に灯した狐火に相手の視線を誘導する。


「おい!動くなと言っているんだ!」

「……殺害が目的ならすぐに殺せば良いものを。保身を考えるとは情けない奴じゃ」

「黙れ!じゃあ、目の前で殺してやるよ!」


 妾の煽りを受けて、金髪魔族が姫の喉を掻っ切ると、血が勢い良く噴き出した。


「これでどうだ!残った騎士も全員皆殺しだ!」

「同族殺しとは恐れ入る」

「おい!お前、何やってるんだ!!」

「何だ!?女を殺しただけ……うわっ!」


 魔族の仲間に声を掛けられて正気を取り戻したようだ。金髪魔族の手には別の魔族の生首が握られていた。

 『認識阻害』は初歩の幻術だが、相手に隙があり過ぎて思うように効いてしまう。



「姫よ。側を離れるでないぞ」

「はい!」


 妾の腕に姫がくっついて来た。それでは妾が動けないのだが……


「まあ良い、1体残して殺すか」


 頭に角が生えた騎士だけを狐火で焼いていく。必死に抵抗してくる者も居たが、幻術で同士討ちさせてその隙に焼き殺した。




「終わったかの」

「タマモ様、ありがとうございます。残った者は……」

「うむ。角は生えておらぬよ。尤も角がない魔族がいるなら話は別じゃが」

「いえ、私も伝え聞いた限りですが、頭部に角がない魔族はいない筈です。……ああ、早く城に戻りお父様に伝えないと!」


 どうやら、妾にしか魔族の隠された角が見えないようだ。角に掛けられた力が幻術に似ているからか?


「さて、妾はどうするかのう」

「タマモ様は旅をしていらっしゃるのですか?」

「うむ。旅路の途中で道に迷ってしまっての。出来れば街まで案内して貰えると助かる」

「案内だなんて!命を救って頂いたお礼もしなければなりません。是非、城までご同行を!」

「……では暫く厄介になろうかの」

「良かった。まだご一緒出来るなんて嬉しいです!」


 魔族が人間の敵であるならば、中々に面白いものが見れるかもしれない。尻尾を戻す算段も早く付きそうだ。



 ……陰陽師共、精々束の間の平穏を享受しておくがいい。戻り次第、一族郎党その末代まで嬲り殺しにしてやる!

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