第12話 デート 真那side
週末の朝。
雲ひとつない快晴に、おもわず手のひらで額に影を作りながら空を仰いだ。
アパートを出ると、まっすぐ八坂さんの姿を探す。
駐車場に停められた車の前に見えたその姿に、思わず息を呑んだ。
ふわりとセンターで分けられた前髪。
白い無地のTシャツにカーディガンを羽織り、淡いグレージーンズ。さりげないシルバーアクセサリーがラフなのに洗練されて上質なコーデに魅せる。いつものスーツ姿とはまるで違って見えた。
「……可愛すぎるやろ、それ」
私に気づいた八坂さんが溢した第一声に、心臓が跳ねた。
「あ、ありがとうございます。八坂さんこそ……すごくおしゃれで」
白地に小さな花柄が散ったワンピースに、薄い色合いのデニムジャケット。
ふだんは選ばないような、少しだけ春らしく柔らかな装いは、鏡の前で何度も迷って、それでも“デートだから”と選んだ格好だった。
「真那に良く似合ってる」
そう言って照れくさそうに笑う彼に、胸の奥がふわっと温かくなる。
「じゃ、行こうか。」
照れ臭そうに視線を逸らた八坂さんは、いつも通り助手席にわたしを乗せると、音楽を掛けて歌い出した。
流行りの恋愛ソングを、私も合わせるように口遊む。
目的地の遊園地に着く頃には、2人とも緊張が解けて、自然と笑い合っていた。
ゲートをくぐれば、テーマパークの空気が一気に気分を上げる。
ポップコーンの甘い香り、色とりどりの看板、子どもたちの笑い声。
非日常の空気に包まれて、自然と会話も弾んだ。
「絶叫系、いけるん?」
「苦手……でも今日は挑戦します!」
「おっしゃ、楽しもうな。」
冗談を交えながら、ジェットコースターに乗り込む。
私の悲鳴が大きすぎて、終わったあと八坂さんにしばらく笑われたけど──彼の声も負けてなかった。
水飛沫が上がる絶叫系アトラクションでは、ふたりともびしょ濡れになった。笑いすぎてお腹が痛くなるほどだった。
「最悪やな笑びっしょびしょやん」
「びしょ濡れシートの名に間違いはないですね。」
笑い合いながらはしゃいで遊び、昼過ぎにはカフェテリアで並んだ。オムライスとチーズハンバーグ。
席に着くまでの何気ない会話も、どこか心地よかった。
午後はカチューシャを買って、ふたりで顔を見合わせて笑った。
「似合ってますよ」と店員に言われ、顔を真っ赤にしながら写真を撮る。
スマホの中には、楽しそうな自分と彼の笑顔が並んでいた。
夕方、イルミネーションが点灯しはじめ、ふたりで最後に立ち寄ったのはゲームコーナーだった。
キラキラした景品の並ぶ中、八坂さんが指差したのは、古びたシューティングゲーム。
「よし、勝負しよ。真那が勝ったら欲しいもん買うたる!でも、俺が勝ったら──」
「……勝ったら?」
「俺のこと、英介って呼んでや。」
その言葉に、一拍だけ時が止まり、それから小さく頷いた。
背中越しに彼がそっと銃の構え方を教えてくれたとき、肩越しの距離に鼓動が高鳴った。
ゲームが始まると彼は的確に撃ちまくり、私はテンパって空振りばかり。
「ずるい、強すぎです……!」
「得意やもん。誰にも負けないくらい。」
結局、私は完敗した。
「よっしゃ!!約束覚えてる?」
「……はい、英介…さん。」
「もう一越え」
「英介くん?」
「それもええけど…な?約束やし。」
「…………英介。」
段々と声が小さくなる私を見ながら、
英介は嬉しそうに笑った。
帰り道。夜風が頬をなでていく。
ふと、彼が私の手元に目をやる。
けれど、言葉にはせず、ただ静かに歩幅を合わせてくれる。
英介の優しさがゆっくり心に積もっていく。
小指が少し触れて、英介の顔に視線を向けると、英介は恥ずかしそうに顔を逸らし、それと同時に私の手をぎゅっと繋いだ。
「…なぁ、真那。この後、俺の家寄ってかへん?」
「え?」
心臓が跳ねる。
「英介の…家?」
「うん。まだ、帰したくないんだけど。」
その言葉が、耳に届いた瞬間、胸がどくんと跳ねた。話の理解が遅れて追いつき、顔が熱くなる。
私は反射的に視線を逸らし、うつむいたまま黙り込んだ。
そんな私の沈黙を、英介はどう受け取ったのだろう。
彼は駐車場に着いて車に乗ると、しばらく何も言わず、夜道をただゆっくりと運転した。
夜風が吹き抜ける道に、沈黙だけが重なっていく。
不意に、英介がふっと笑った。
「……なーんて。冗談やからな?」
おどけるように肩をすくめて、軽く言うその口ぶりに、私はほっとしたような、逆に胸を締めつけられるような、複雑な気持ちになる。
彼はあくまで冗談として流そうとしている。
でもその笑顔の奥に、ほんのわずかな気まずさと迷いが見えたのを、私は見逃さなかった。
だからこそ、私は顔を上げて、まっすぐに尋ねてしまった。
「……本当に、冗談?」
声に出した自分に驚きながらも、目は逸らせなかった。
彼の目が、わずかに揺れて、それから静かに細められる。
「……ちょっとだけ、いや、本当はかなり期待してた。」
英介はそう言って、少し笑った。
けれどその笑いは、どこか自分をごまかすようなものに見えた。
私の反応を待つような、試すような、でもそれを悟られまいとする不器用な優しさ。
まともに英介の顔を見れないまま、潰れそうなほど心臓がぎゅっとする。
英介の低い声は、静かに夜に溶けた。
アパートに着く頃には、ふたりともあまり話さなくなっていた。
けれど、沈黙が居心地悪いわけじゃない。
ただ、お互いに気持ちを言葉にしようとして、うまく出てこないだけ。
「……真那」
優しく呼ばれた名前に、心が波打つ。
「今日、楽しかった。」
そう言って彼は、小さく笑った。
私は何も言えずに、笑顔になった。
「真那は…?」
その問いかけに頷く。
「すっごく楽しかった。」
そう返すと、彼の手が名残惜しそうに私の指先から離れる。
「じゃあ、また。」
「うん……じゃあ……また。」
挨拶を交わしてアパートの方へ向く。
それからもう一度振り返ると、英介は寂しそうに私を見つめていた。
冷たい夜風がまた頬を撫でた。
けれど、繋いだ手の温もりは、まだちゃんと残っていて、急に寂しい気持ちになる。
「……やっぱり、お茶してく?」
私がそう言うと、英介は一瞬目を見開いた。
「……いや、狡いわ。そんなん断れへんよ。意味、解ってゆうてる?大事にしたいんやって前にも……。」
「今度はちゃんと、意味わかってます。」
英介の言葉に被せるように語気を強めてそう言うと、英介はまた視線を逸らす。
小さくため息をつくと、私を抱きしめて耳元に囁いた。
「真那、好きや。」
英介の腕が、ふわりと私の肩を包んだ。まるで私のことをひとつずつ確かめるような、やさしい抱擁だった。
なのに私は、抱き返すことができなかった。腕を上げることもできないまま、ただ抱きしめられていた。
気持ちが、追いつかなかった。
抱き返したら、もう後戻りできないって、知ってるから。
英介の声が、耳元に落ちてくる。
「これな、最近のトレンドやねん。玄関ハグ。」
英介は多分、私にその覚悟がまだ無いって気づいてる。
気づいているから、私が気まずくならないように……冗談に変えてくれたんだ。
「まぁ、ドラマではヒロインが萌え死するまでがセットやねんけど。」
彼はそう言って、小さく笑った。
英介は、抱きしめた腕を緩め、
真剣な表情で言った。
「……なあ、真那」
さっきまでの冗談混じりの口調じゃない。落ち着いていて、でもどこか不安も含んでいる。
「俺は、ぜんぶわかったうえでここにおるよ。無理させたくないし、焦らせたくもない。けどな……それでも、一緒にいたいって、思ってる」
私の胸が、音を立てて揺れた。
嘘みたいに静かな空間の中で、その言葉だけが、まっすぐ心に落ちてくる。
「だから、真那が気持ちに整理ついたら……そんとき俺のこと、ちゃんと見てくれたら、それでええよ」
私は、ようやく顔を上げた。
英介の目は、どこまでも真剣だった。
「今日……本当にすごく楽しかったの。」
「うん……。」
「英介と一緒にいたら、この先ずっと幸せだって、想像できる。」
「うん、それは断言できる。幸せにする自信、あるし。」
「いいな……って、思うよ。」
英介は一瞬、悲しみを隠すように目を細めて私の頭をぽんっと撫でた。
「それだけで十分や。けど、こんな忘れ方はあかん。絶対真那は悩むよ。本当に吹っ切れるまで待ってるから。ちゃんとオレを好きになったら、その時は真那を抱かせて。」
目頭に溢れる涙を英介は優しく拭った。
おでこに軽いキスを落とし、すぐにドアの方を向いてノブを回した。
「じゃあ、今日は帰るから。また。」
「英介……ごめ……。」
謝り終わる前に、玄関扉はカチャっと小さく音を立てて閉じた。
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