第16話 成人式と大人になるということ

テレビレギュラー出演が始まって、三ヶ月後。


冬が近づいていた。


拓真は、カレンダーを見つめていた。


「もうすぐ、成人式か……」


拓真と凛は、二十歳になった。


来月の成人式に、二人とも出席することになっている。


「成人式、か……」


拓真は感慨深げに呟いた。


二十歳。


大人になる。


「でも、俺、大人になった実感ないな……」


拓真は笑った。


コンコン。


ドアがノックされた。


「拓真、入るよ」


凛が部屋に入ってくる。


「成人式の準備、した?」


「まだ」


「は? もうすぐなんだけど」


凛の声が冷たくなる。


「わかってるよ! でも、何準備すればいいのかわかんなくて……」


「スーツとか、着物とか」


「スーツは持ってるけど……」


「じゃあ、大丈夫でしょ」


凛は肩をすくめた。


「私は、着物レンタルした」


「お、いいな」


「当日、見せてあげる」


凛は笑った。


***


成人式前日。


拓真と凛は、配信で成人式のことを話していた。


「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」


「東遊里です」


『きたああああ』

『今日も楽しみ!』


「今日はですね、ちょっと個人的な話をしたいと思います」


燈が真剣な顔で言った。


「明日、成人式なんです」


『おめでとう!!』

『成人式!?』

『大人になるんだ』


コメント欄が、祝福の言葉で埋まる。


「ありがとう! でも、正直、大人になった実感ないんだよね」


「私も」


遊里も同意する。


「二十歳になっても、やってることは変わらないし」


「相変わらず喧嘩してるし」


「うん」


『www』

『変わってないね』

『でもそれがいい』


「でも、成人式は楽しみ」


燈が笑った。


「久しぶりに、高校の同級生にも会えるし」


「うん。楽しみだね」


遊里も笑った。


***


成人式当日。


朝、九時。


拓真は、スーツを着て鏡を見ていた。


「……似合わないな」


黒いスーツ。


ネクタイ。


革靴。


全てが、拓真には慣れないものだった。


「まあ、いいか」


拓真は家を出た。


凛との待ち合わせ場所は、駅前。


十分後。


拓真は駅前に到着した。


そして、凛を見つけた。


「お、凛——」


拓真は言葉を失った。


凛は、振袖を着ていた。


赤い振袖に、白い帯。


髪を結い上げて、化粧も少し濃い。


「……どう?」


凛が恥ずかしそうに聞く。


「……似合ってる」


拓真は正直に答えた。


「ありがとう」


凛は照れくさそうに笑った。


「拓真も、スーツ似合ってるよ」


「マジで?」


「うん」


「サンキュー」


拓真は照れくさそうに頭を掻いた。


「じゃあ、行こうか」


「おう」


二人は、会場に向かった。


***


会場は、市民ホール。


すでに、たくさんの新成人が集まっていた。


「すごい人……」


「うん……」


拓真と凛は、会場に入った。


「あ、拓真! 凛!」


声をかけられた。


振り返ると、高校の同級生たちが手を振っていた。


「久しぶり!」


「元気だった?」


「おう、元気だったよ」


拓真は笑顔で答えた。


「お前ら、VTuberやってるんだって?」


「ああ。知ってるの?」


「当たり前だろ! 超有名じゃん!」


同級生が興奮した様子で言う。


「日里燈と東遊里だろ? めっちゃ見てるよ!」


「マジで?」


「マジマジ。喧嘩しながら配信するの、面白すぎる」


「ありがとう……」


拓真は照れくさそうに笑った。


「凛も、綺麗だね」


「ありがとう」


凛も笑った。


「でも、お前ら、本当に相変わらずだよな」


同級生が笑った。


「高校のときから、ずっと喧嘩してたもんな」


「え、そうだっけ?」


「そうだよ。でも、いつも一緒にいた」


「……まあ、そうだったかも」


拓真は苦笑いした。


***


式が始まる。


市長の挨拶、来賓の祝辞。


そして、新成人代表の言葉。


拓真は、式の内容をぼんやりと聞いていた。


「大人、か……」


拓真は呟いた。


二十歳になった。


法律上は、大人だ。


でも、本当に大人になったのか。


「わかんないな……」


拓真は笑った。


式が終わる。


新成人たちは、記念撮影をしたり、同級生と話したりしていた。


「拓真、写真撮ろう」


凛が声をかけた。


「おう」


二人は、カメラの前に立った。


「はい、チーズ!」


パシャ。


写真が撮れた。


「いい写真だな」


「うん」


凛も笑った。


***


式が終わって、午後。


拓真と凛は、同級生たちと食事に行った。


居酒屋。


みんなでテーブルを囲む。


「乾杯!」


「乾杯!」


グラスが鳴る。


「お前ら、VTuberで稼いでるんだろ?」


同級生が聞く。


「まあ、そこそこ」


拓真は曖昧に答えた。


「どれくらい?」


「それは言えない」


「ケチだなー」


同級生が笑った。


「でも、本当にすごいよな。俺ら、普通に就職したけど、お前らは夢を叶えてる」


「夢、か……」


拓真は呟いた。


「そうだな。VTuberは、俺の夢だった」


「叶えられて、よかったな」


「ああ」


拓真は笑った。


「でも、まだまだこれからだけどな」


「これから?」


「ああ。俺たち、いつかドームでライブやるんだ」


「ドーム!? すげえ!」


同級生が驚いた。


「まだいつになるかわかんないけど、絶対に実現させる」


「かっこいいな」


「ありがとう」


拓真は照れくさそうに笑った。


***


夜、九時。


食事会が終わって、拓真と凛は帰路についた。


「楽しかったな」


「うん」


凛は笑った。


「久しぶりに、みんなに会えて」


「ああ。みんな、変わってないな」


「うん」


二人は並んで歩いていた。


「なあ、凛」


「なに?」


「俺たち、大人になったのかな」


拓真は空を見上げた。


「……わかんない」


凛は正直に答えた。


「でも、変わったこともあるし、変わってないこともあるよね」


「変わったこと?」


「VTuberとして、成功した。テレビにも出た。有名になった」


凛は笑った。


「でも、変わってないこともある」


「変わってないこと?」


「喧嘩しながら配信するスタイル。お互いを思いやる気持ち」


凛は拓真の目を見た。


「それは、ずっと変わってない」


「……そっか」


拓真は笑った。


「じゃあ、俺たち、大人になったのかもな」


「うん」


凛も笑った。


***


その日の夜。午後十時。


拓真と凛は、配信を始めた。


「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」


「東遊里です」


『きたああああ』

『成人式どうだった?』


「楽しかったよ! 久しぶりに、同級生に会えて」


燈が嬉しそうに答える。


「そして、みんな、俺たちの配信見ててくれてた!」


「嬉しかったね」


遊里も笑った。


『よかったね』

『人気者だ』


「でも、やっぱり」


燈は画面を見つめた。


「俺たちは、配信が一番楽しい」


「みんなと一緒に、ゲームして、喧嘩して、笑って」


「それが、俺たちの日常」


遊里が続ける。


「これからも、この日常を大切にしていきたい」


『ありがとう』

『こちらこそ楽しい』

『これからも応援する』


コメント欄が、温かい言葉で埋まる。


「ありがとう! じゃあ、今日も配信頑張るぞ!」


「今日は何する?」


「視聴者参加型のゲーム大会!」


「また燈が勝手に決めた」


「勝手じゃねーよ!!」


『もう喧嘩www』

『安定してる』

『大人になっても変わらないwww』


配信は、いつも通りのペースで進んでいく。


喧嘩して、笑って、また喧嘩して。


でも、視聴者たちはそれを楽しんでいた。


ゲームが始まる。


今日はマリオカート。


「よし、今日は絶対勝つ!」


燈が意気込む。


「燈、大人になっても下手なの?」


「下手じゃねーよ!! 大人になったから上手くなった!!」


「嘘でしょ」


「嘘じゃねえ!!」


『www』

『燈頑張れ』


レースが始まる。


最初のカーブ。


燈のカート、コースアウト。


「ぎゃああああああ!!!」


「ほら、変わってない」


「うるせえ!!」


『www』

『燈wwww』

『大人になっても変わらないwww』


配信は、深夜まで続いた。


そして、配信終了。


同時接続数は、二十万人を記録していた。


***


「お疲れ」


「お疲れ」


拓真と凛は、リビングでお茶を飲んでいた。


「なあ、凛」


「なに?」


「今日、楽しかったな」


「うん」


凛は笑った。


「成人式も、配信も」


「ああ。二十歳になっても、俺たちは変わってないな」


「うん」


凛も笑った。


「でも、それでいいと思う」


「俺も」


拓真は笑った。


「これからも、喧嘩しながら配信していこう」


「うん」


二人は拳を合わせた。


***


翌日。


VTuber週間ランキングが更新された。


日里燈&東遊里は、十五週連続で一位を獲得していた。


そして、成人式の日の配信は、Twitterでトレンド入りしていた。


「#日里燈東遊里成人おめでとう」


のハッシュタグが、一位に躍り出ていた。


コメント欄には。


『成人おめでとう』

『大人になっても変わらないでね』

『これからも応援する』

『大好きだよ』


そんな言葉が、溢れていた。


拓真と凛は、スマホを見ながら笑っていた。


「みんな、祝福してくれてる」


「うん」


「嬉しいな」


「うん」


二人は笑い合った。


***


その日の夜。


拓真は、ベッドで天井を見つめていた。


「成人式、か……」


二十歳になった。


大人になった。


でも、やることは変わらない。


配信を続ける。


視聴者を楽しませる。


凛と一緒に、喧嘩しながら。


「これが、俺の人生なんだな」


拓真は小さく笑った。


「悪くない」


拓真は、そのまま眠りについた。


***


翌朝。


拓真と凛は、朝ごはんを食べながら話していた。


「なあ、凛」


「なに?」


「俺たち、次は何する?」


「次?」


「ああ。ドームライブまでの、次の目標」


拓真は真剣な顔で聞いた。


「……わかんない」


凛は考え込んだ。


「でも、もっと色んなことに挑戦したいね」


「例えば?」


「えーと……オリジナル曲作るとか?」


「いいね!」


拓真は目を輝かせた。


「俺たちの、テーマソングみたいなの」


「うん。考えてみよう」


凛も笑った。


「他には?」


「えーと……海外ツアーとか?」


「それもいいな」


拓真は笑った。


「やりたいこと、たくさんあるな」


「うん」


凛も笑った。


「じゃあ、ひとつずつ実現させていこう」


「おう」


二人は拳を合わせた。


***


その日の夜。午後八時。


配信開始。


「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」


「東遊里です」


『きたああああ』

『今日も楽しみ!』


「今日は、大事なお知らせがあります」


燈が真剣な顔で言った。


「俺たち、オリジナル曲を作ることになりました!」


『えええええ!?』

『オリジナル曲!?』

『楽しみ!!』


コメント欄が爆発的に流れる。


「俺たちのテーマソングみたいな曲を作ります」


「詳細は、また後日発表します」


遊里が説明した。


「楽しみにしててください!」


『楽しみ!!』

『絶対聴く!!』

『応援してる!!』


視聴者たちは、大喜びだった。


「よし、じゃあ今日も配信頑張るぞ!」


「今日は何する?」


「視聴者参加型のゲーム大会!」


「また燈が勝手に決めた」


「勝手じゃねーよ!!」


『もう喧嘩www』

『安定してる』


配信は、いつも通りのペースで進んでいく。


世界一うるさい青春は、これからも続いていく。


大人になっても。


有名になっても。


変わらないものがある。


それは、二人の絆と、視聴者との約束。


喧嘩しながら配信する。


それが、日里燈と東遊里のスタイルだから。


拓真と凛は、その約束を守り続ける。


これからも、ずっと。

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