第11話 英語という名の壁と新しい仲間
海外イベントまで、あと三週間。
拓真は、机に向かって英語の教科書と格闘していた。
「Hello, my name is Akari Hiri... I'm a VTuber from Japan...」
ぎこちない発音。
「くそ、全然覚えられない……」
拓真は頭を抱えた。
英語。
学生時代から苦手だった。
「このままじゃ、本番で何も喋れない……」
不安が、胸に広がる。
コンコン。
ドアがノックされた。
「拓真、入るよ」
凛が部屋に入ってくる。
「勉強してる?」
「まあ、一応……」
拓真は教科書を閉じた。
「覚えた?」
「……全然」
「は?」
凛の声が冷たくなる。
「あと三週間しかないんだけど」
「わかってるよ! でも、なかなか頭に入らなくて……」
「ちゃんとやってよ。海外イベントなんだから」
「わかってるって!!」
拓真の声が大きくなる。
「でも、英語苦手なんだよ!!」
「苦手とか言ってる場合じゃないでしょ!」
凛も声を荒げた。
「もう、いいよ」
凛は呆れたように言った。
「勝手にして」
「勝手にするよ!!」
凛は部屋を出て行った。
バタン。
ドアが、強く閉まった。
「……くそ」
拓真は教科書を床に投げた。
***
翌日。
拓真と凛は、事務所に呼ばれていた。
「お疲れ様です」
マネージャーが笑顔で迎える。
でも、二人の表情は暗かった。
「どうかしましたか?」
「……いえ、何も」
拓真が答える。
凛は、何も言わなかった。
マネージャーは、二人の様子に気づいた。
「もしかして、喧嘩してます?」
「…………」
二人は黙り込んだ。
「やっぱり。まあ、いつものことですけど」
マネージャーは苦笑いした。
「でも、今日はいいニュースがあります」
「いいニュース?」
「はい。海外イベントで、通訳をつけることになりました」
「通訳?」
拓真は目を丸くした。
「はい。英語が苦手なら、通訳がサポートします」
「本当ですか?」
「はい。ただし」
マネージャーは真剣な顔で言った。
「簡単な挨拶や自己紹介は、自分たちでやってもらいます」
「……わかりました」
拓真は頷いた。
「頑張ります」
「お願いします」
***
その日の夜。午後八時。
配信開始。
「はーい……みんなこんばんは……日里燈です……」
燈の声は、明らかに元気がなかった。
「東遊里です」
『どうした?』
『元気ないね』
『また喧嘩?』
コメント欄が心配する。
「今日は……えーと……」
燈が言葉に詰まる。
「今日は、視聴者参加型のゲーム大会をやります」
遊里が代わりに説明した。
「そう……ゲーム大会……」
燈は力なく答える。
『絶対喧嘩してる』
『いつもと違う』
『心配』
ゲームが始まる。
でも、二人の掛け合いは、いつもと違った。
「……燈、敵いるよ」
「……わかってる」
「……気をつけて」
「……わかってる」
いつもなら、ここで喧嘩になる。
でも、今日は違った。
二人とも、喧嘩する気力がなかった。
『なんか変』
『全然喧嘩しない』
『これじゃない』
視聴者たちも、異変に気づいていた。
一時間後。
「……配信、終わります」
燈が宣言した。
「今日は、ごめん……」
「ごめんなさい……」
配信終了。
画面が暗転した。
***
「……」
拓真はヘッドセットを外して、項垂れた。
凛も、何も言わなかった。
しばらく、沈黙が続いた。
そして。
「なあ、凛」
「……なに」
「ごめん」
拓真は頭を下げた。
「昨日、感情的になって……」
「……私も」
凛も頭を下げた。
「ごめん。拓真が苦手なの、わかってたのに……」
「いや、俺が悪いんだよ。ちゃんと勉強しなくて……」
「でも……」
「凛」
拓真は顔を上げた。
「俺、頑張るよ。英語、ちゃんと勉強する」
「拓真……」
「だから、手伝ってくれないか。一人じゃ、無理だから……」
拓真の目には、涙が浮かんでいた。
「……馬鹿」
凛は笑った。
「最初から、そう言えばいいのに」
「え?」
「手伝うよ。一緒に頑張ろう」
凛は拓真の手を握った。
「ふたりで一組なんだから」
「……ありがとう」
拓真も笑った。
二人は、抱き合った。
いや、違う。
ただ、肩を寄せ合っただけだ。
でも、それで十分だった。
***
翌日から。
拓真と凛は、毎日一緒に英語の勉強を始めた。
「Hello, my name is Akari Hiri」
「発音が違う。Akari」
「Akari」
「そう。もう一回」
「Hello, my name is Akari Hiri」
「いい感じ」
凛が笑った。
「次は?」
「I'm a VTuber from Japan」
「完璧」
「本当?」
「うん」
拓真は嬉しそうに笑った。
「お前が教えてくれるから、わかりやすいよ」
「そう?」
「ああ」
二人は笑い合った。
***
一週間後。
拓真の英語は、少しずつ上達していた。
「Hello, everyone! I'm Akari Hiri! Nice to meet you!」
「すごい! ちゃんと喋れてるじゃん!」
凛が拍手する。
「まあ、な」
拓真は照れくさそうに笑った。
「お前のおかげだよ」
「ふたりで頑張ったからね」
凛も笑った。
そのとき。
拓真のスマホが鳴った。
「お?」
通知を見る。
DMだ。
送り主は、見知らぬ名前。
英語だ。
『Hello! I'm Emily, a VTuber from America! I'll be at the same event! Let's be friends!』
「アメリカのVTuber……?」
凛が覗き込む。
「同じイベントに出るみたい」
「友達になろうって言ってる」
「じゃあ、返信しよう」
拓真は英語で返信を打った。
『Hello! Nice to meet you! I'm looking forward to the event!』
送信。
「おお、ちゃんと英語で返信できたじゃん」
「まあ、な」
拓真は笑った。
***
その日の夜。午後八時。
配信開始。
「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」
燈の声は、いつもの元気を取り戻していた。
「東遊里です」
『おかえり!』
『元気そうでよかった!』
『仲直りした?』
コメント欄が、温かい言葉で埋まる。
「前回は、ごめんね。ちょっと喧嘩してて」
燈が謝罪する。
「でも、もう大丈夫。仲直りした」
「まあ、喧嘩するのはいつものことだけどね」
遊里が笑った。
『よかった』
『安心した』
『いつもの燈と遊里だ』
「今日は、いつも通り配信するよ!」
「視聴者参加型のゲーム大会!」
「また燈が勝手に決めた」
「勝手じゃねーよ!! 相談したし!!」
「してない」
「したよ!!」
『もう喧嘩www』
『安定してる』
『これが見たかった』
配信は、いつも通りのペースで進んでいく。
喧嘩して、笑って、また喧嘩して。
視聴者たちは、それを楽しんでいた。
ゲームが始まる。
今日はAPEX。
「よし、今日は絶対勝つ!」
燈が意気込む。
「燈、下手なのに」
「下手じゃねーよ!!」
降下。
激戦区。
着地して三秒。
燈、キルされた。
「…………」
「…………」
「ほら」
「うるせえ!!」
『www』
『燈wwww』
『予想通り』
配信は、深夜まで続いた。
そして、配信終了。
同時接続数は、九万人を記録していた。
視聴者たちは、いつもの二人が戻ってきたことを喜んでいた。
***
「お疲れ」
「お疲れ」
拓真と凛は、リビングでお茶を飲んでいた。
「なあ、凛」
「なに?」
「海外イベント、楽しみになってきた」
「うん」
凛は笑った。
「英語も少しずつ喋れるようになってきたし」
「ああ。お前のおかげだよ」
「ふたりで頑張ったからね」
「だな」
二人は拳を合わせた。
***
海外イベントまで、あと一週間。
拓真と凛は、最終確認をしていた。
「じゃあ、自己紹介やってみよう」
「おう」
拓真は深呼吸した。
「Hello, everyone! I'm Akari Hiri! I'm a VTuber from Japan! Nice to meet you!」
「完璧!」
凛が拍手する。
「次、私の番」
「Hello, everyone! I'm Yuri Azuma! Thank you for having us!」
「いいね!」
拓真も拍手した。
「これなら、大丈夫だな」
「うん」
二人は笑い合った。
そのとき。
拓真のスマホが鳴った。
「お?」
通知を見る。
エミリーからのDMだ。
『I can't wait to meet you! Let's have a great time together!』
「会うのが楽しみだって」
「いい子そうだね」
「ああ」
拓真は返信を打った。
『Me too! See you soon!』
送信。
「よし、準備万端だ」
「うん」
凛も笑った。
***
海外イベント前日。
拓真と凛は、飛行機に乗っていた。
目的地は、アメリカ・ロサンゼルス。
「初めての海外だな」
「うん」
凛は窓の外を見つめていた。
「緊張する?」
「めっちゃする」
「俺も」
二人は笑った。
十時間後。
飛行機は、ロサンゼルス国際空港に到着した。
「着いた……」
「ついに、海外……」
二人は、空港の外に出た。
そこには。
「Hi! Are you Akari and Yuri?」
金髪の女性が立っていた。
「Yes! Are you Emily?」
拓真が英語で答える。
「Yes! Nice to meet you!」
エミリーは笑顔で手を差し出した。
「Nice to meet you too!」
拓真と凛は、エミリーと握手した。
「Welcome to America! Let's have a great time!」
「Thank you!」
こうして、拓真と凛の海外での挑戦が始まった。
***
ホテルに到着。
拓真と凛は、部屋で荷物を片付けていた。
「なあ、凛」
「なに?」
「エミリー、いい人だったな」
「うん」
凛は笑った。
「明日のイベント、楽しみだね」
「ああ」
拓真も笑った。
「でも、ちゃんと英語喋れるかな……」
「大丈夫。私がいるから」
凛は拓真の肩を叩いた。
「ふたりなら、できる」
「……ああ」
拓真は笑った。
「相棒だもんな」
「うん」
二人は拳を合わせた。
翌日。
海外イベント当日。
朝、八時。
拓真と凛は、会場に向かった。
巨大なコンベンションセンター。
すでに、たくさんの人が並んでいた。
「すごい人……」
「うん……」
二人は、楽屋に向かった。
エミリーも、そこにいた。
「Hi! Ready for today?」
「Yes! We're ready!」
拓真が答える。
「Great! Let's do our best!」
「Yes!」
三人は、準備を始めた。
そして。
「Akari, Yuri, it's your turn」
スタッフが呼びに来た。
「……行こう」
「うん」
二人は、ステージ袖に向かった。
幕の向こうから、観客の声が聞こえる。
英語だ。
「緊張する……」
「大丈夫」
凛が拓真の手を握った。
「ふたりなら、できる」
「……ああ」
拓真も握り返した。
音楽が流れる。
幕が上がる。
「Hello, everyone! I'm Akari Hiri!」
「I'm Yuri Azuma!」
観客席から、大きな歓声が上がった。
英語の歓声だ。
「Thank you for having us!」
「We're excited to be here!」
拓真と凛は、笑顔で観客を見つめた。
世界一うるさい青春は、海を越えて広がっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます