第7話 オフコラボとゆう名の修羅場

「オフコラボ?」


拓真は、DMを見て首を傾げた。


送り主は、星川ソラ。


『もしよければ、オフコラボしませんか? 私の家で、料理配信とか!』


「オフコラボって……実際に会うやつだよな」


凛が隣から覗き込む。


「そうだね。顔出しはしないけど、実際に会って配信する」


「でも、俺たち……」


拓真は不安そうに呟いた。


「画面越しだから喧嘩できるけど、実際に会ったら……」


「喧嘩できないと思ってる?」


「いや、むしろ余計に喧嘩するかも」


「だよね」


凛は肩をすくめた。


「でも、断る理由もないし。やってみよう」


「……わかった」


拓真は返信を打った。


『ありがとうございます! ぜひ、お願いします!』


送信。


「さて、どうなることやら……」


拓真は不安を隠せなかった。


***


オフコラボ当日。


午後二時。


拓真と凛は、星川ソラの家の前に立っていた。


「……緊張する」


「私も」


二人は顔を見合わせた。


インターホンを押す。


『はーい! 今開けますー!』


ドアが開いた。


そこに立っていたのは、長い黒髪の女性。


星川ソラ本人だった。


「はじめまして! 星川ソラです!」


「あ、はじめまして。葉夜拓真です」


「鷹野凛です」


三人は軽く会釈した。


「どうぞ、入ってください!」


ソラの家は、綺麗に片付いていた。


リビングには、配信用の機材が並んでいる。


「今日は、料理配信しようと思ってるんですけど、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


凛が答える。


「拓真は料理できないけど」


「できるよ!!」


「できないでしょ。この前、卵焼き失敗したし」


「あれは事故!!」


『もう喧嘩してる……』


ソラは苦笑いした。


「ふたり、本当に仲良いですね」


「良くないです」


「良くねーよ」


二人は即答した。


「そうなんですか……?」


ソラは困惑していた。


***


午後三時。


配信開始。


「はーい! みんなこんにちは! 星川ソラです!」


「日里燈です」


「東遊里です」


画面には、三人のアバターが映っている。


ただし、実際の映像はキッチンの手元のみ。


顔は映っていない。


『きたああああ』

『オフコラボだ!』

『楽しみ!』

『燈と遊里の喧嘩が見れる』


コメント欄が流れる。


同時接続数は、開始五分で三万人を突破していた。


「今日はですね、三人で料理を作っていきたいと思います!」


ソラが明るく言う。


「何作るんですか?」


燈が聞く。


「ハンバーグです!」


「おお、いいですね」


「燈、ハンバーグ作れる?」


遊里が聞く。


「作れるよ!」


「嘘でしょ」


「嘘じゃねーよ!!」


『もう喧嘩www』

『速い』


ソラは苦笑いしながら、材料を取り出した。


ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉、牛乳。


「じゃあ、まず玉ねぎをみじん切りにしますね」


ソラが包丁を握る。


「私も手伝います」


凛も包丁を握った。


「じゃあ、俺は……」


拓真が手を伸ばす。


でも、凛が止めた。


「拓真は座ってて」


「え、なんで?」


「邪魔だから」


「邪魔じゃねーよ!!」


「邪魔」


「邪魔じゃねえ!! 手伝うって言ってんだろ!!」


『www』

『燈wwww』

『遊里容赦ない』


「でも、拓真。包丁、危なくない?」


ソラが心配そうに聞く。


「大丈夫です! 俺、料理できますから!」


「できないでしょ」


凛が即座に否定する。


「できる!!」


「じゃあ、証明して」


「証明するよ!!」


拓真は包丁を握って、玉ねぎを切り始めた。


でも。


「……痛い」


拓真の目から、涙が流れる。


「燈、泣いてる?」


「泣いてねーよ!! 玉ねぎのせいだよ!!」


「また玉ねぎで泣いてる」


「また?」


ソラが聞く。


「前も泣いてたんです」


「泣いてねえ!!」


『www』

『燈かわいい』

『玉ねぎに弱すぎる』


なんとか玉ねぎを切り終えた。


「よし、できた」


「切り方、バラバラだけど」


「いいだろ!! ちゃんと切ったんだから!!」


「まあ、いいか」


凛は肩をすくめた。


次に、ひき肉をボウルに入れる。


卵、パン粉、牛乳を混ぜる。


「ここで、しっかりこねるのがポイントです」


ソラが説明する。


「俺がやる!」


拓真が手を出す。


「燈、手洗った?」


「洗った!」


「本当に?」


「本当だよ!!」


拓真は、ひき肉をこね始めた。


「おお、いい感じ」


「でしょ? 俺だってやればできるんだよ」


「珍しいね」


「珍しいって何だよ!!」


『www』

『喧嘩してる』


しっかりこねて、ハンバーグの形を作る。


「よし、できた」


「形、いびつだけど」


「いびつじゃねーよ!! これが個性だよ!!」


「個性……?」


凛は首を傾げた。


ソラは笑いをこらえていた。


フライパンに油を引いて、ハンバーグを焼く。


ジュウウウ。


いい音がする。


「いい匂い」


「ですね」


三人は、ハンバーグを見つめていた。


「そういえば」


ソラが口を開いた。


「ふたり、いつもこんな感じなんですか?」


「どんな感じ?」


「喧嘩しながら、でも楽しそうな感じ」


「楽しくないです」


「楽しくねーよ」


二人は即答した。


「そうなんですか? でも、傍から見ると、すごく仲良さそうですよ」


「仲良くないです」


「良くねーよ」


「そうなんですか……」


ソラは首を傾げた。


「でも、配信見てると、お互いのこと気にしてますよね」


「気にしてないです」


「してねーよ」


「してますよ!」


ソラが断言した。


「遊里さん、燈さんが困ってるとき、すぐ助けてますし」


「それは……まあ……」


凛は言葉に詰まった。


「燈さんも、遊里さんが疲れてるとき、気を遣ってますよね」


「それは……まあ……」


拓真も言葉に詰まった。


「ほら、やっぱり仲良しじゃないですか」


ソラは笑った。


『ソラちゃんの言う通り』

『ふたりは仲良し』

『認めろよ』


「……まあ」


拓真が小さく呟く。


「仲悪くはない、かな」


「私も、嫌いじゃない」


凛も認めた。


『デレたああああ』

『尊い』

『最高のコンビ』


ハンバーグが焼けた。


「よし、完成!」


お皿に、綺麗に焼けたハンバーグが乗っている。


「おいしそう」


「食べましょう!」


三人は、ハンバーグを食べた。


「うまい!」


「おいしいです!」


「よかったです!」


『飯テロ』

『腹減った』

『ハンバーグ食いたい』


配信は、和やかな雰囲気で進んでいく。


三人で食事をして、雑談をして。


でも、その中で。


拓真と凛は、いつも通り喧嘩していた。


「燈、ハンバーグこぼしてる」


「こぼしてねーよ!」


「口の周りについてる」


「ついてない!」


「ついてるって」


凛がティッシュで拭く。


「あ、ありがと……」


「どういたしまして」


『!!!』

『尊い』

『やっぱり仲良し』


ソラは、二人の様子を見て微笑んでいた。


***


午後六時。


配信終了。


「お疲れ様でした!」


ソラが笑顔で言った。


「お疲れ様です」


拓真と凛も答える。


「楽しかったです。また、コラボしてくださいね」


「こちらこそ、ありがとうございました」


三人は軽く会釈した。


拓真と凛は、ソラの家を後にした。


***


帰り道。


夕日が沈んでいく。


「なあ、凛」


「なに?」


「今日、楽しかったな」


「うん」


凛は笑った。


「ソラさん、優しかったね」


「ああ。また機会があったら、コラボしたいな」


「だね」


二人は並んで歩いていた。


「なあ、凛」


「なに? さっきから『なあ』ばっかり」


「俺たち、本当に仲良しなのかな」


拓真は空を見上げた。


「ソラさんが言ってたけど」


「さあ?」


凛は肩をすくめた。


「でも、少なくとも。お互いのこと、気にしてるのは確かだよね」


「……そうだな」


拓真は笑った。


「お前がいなかったら、俺、配信できないし」


「私も。拓真がいなかったら、つまんないし」


「つまんないって何だよ」


「つまんないよ。私一人じゃ」


凛は笑った。


「だから、これからもよろしく」


「こちらこそ」


二人は拳を合わせた。


その瞬間。


拓真のスマホが鳴った。


「お?」


通知を見る。


Twitterだ。


『【速報】日里燈&東遊里、星川ソラとのオフコラボが話題に』


まとめサイトの記事が、もうアップされていた。


「早いな……」


拓真は記事を開いた。


コメント欄には。


『最高のコラボだった』

『ふたりの掛け合い最高』

『やっぱり仲良し』

『これからも応援する』


そんな言葉が溢れていた。


「見て、凛」


「うん」


凛も覗き込む。


「みんな、喜んでくれてるね」


「ああ」


拓真は嬉しそうに笑った。


「よし、これからも頑張ろう」


「おー」


***


その夜。


拓真は、ベッドで天井を見つめていた。


「仲良し、か」


ソラの言葉が、頭の中でリピートされる。


お互いのこと、気にしてる。


確かに、そうかもしれない。


凛が困ってたら、助けたくなる。


凛が疲れてたら、心配になる。


「……まあ、相棒だしな」


拓真は小さく笑った。


「これからも、よろしく。凛」


拓真は、そのまま眠りについた。


***


翌日。


VTuber週間ランキングが更新された。


日里燈&東遊里は、六週連続で一位を獲得していた。


そして、星川ソラとのオフコラボ配信は、再生数五十万回を突破していた。


コメント欄には。


『最高のコラボだった』

『ふたりの関係性好き』

『やっぱり仲良し』

『これからも応援する』


そんな言葉が、溢れていた。


さらに、その日。


拓真のスマホに、また通知が来た。


「お? また来た」


DMだ。


送り主は、大手VTuber事務所。


『日里燈さん、東遊里さん。事務所に所属しませんか?』


「事務所……?」


拓真は目を丸くした。


「凛、これ見て」


凛が覗き込む。


「事務所からのオファー……」


「どうする?」


「……わかんない」


二人は顔を見合わせた。


事務所に所属する。


それは、大きなチャンスだ。


でも、同時に。


今の自由なスタイルが、変わってしまうかもしれない。


「とりあえず、話だけ聞いてみる?」


「……そうだな」


拓真は返信を打った。


『お話、聞かせていただきたいです』


送信。


「さて、どうなることやら……」


拓真は不安と期待が入り混じった表情で呟いた。


***


その日の夜。午後八時。


配信開始。


「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」


「東遊里です」


『きたああああ』

『今日も楽しみ』

『オフコラボよかったよ』


「今日はですね、視聴者参加型のゲーム大会やります!」


「燈が勝手に決めた企画です」


「勝手じゃねーし!! 相談したし!!」


「してない」


「したよ!!」


『もう喧嘩www』

『安定してる』

『これが見たかった』


配信は、いつも通りのペースで進んでいく。


喧嘩して、笑って、また喧嘩して。


でも、その中に確かにある。


お互いを思いやる、小さな優しさ。


視聴者たちは、それを見逃さなかった。


『やっぱりふたりは仲良し』

『息ぴったり』

『最高のコンビ』


ゲームが始まる。


今日はAPEX。


「よし、今日は絶対勝つぞ!」


燈が意気込む。


「燈、下手なのに?」


「下手じゃねーよ!!」


『www』

『燈頑張れ』


降下。


激戦区。


「おい、なんでまた激戦区なんだよ!」


「燈が選んだんでしょ」


「選んでない!!」


着地して三秒。


燈、キルされた。


「…………」


「…………」


「ほら、言ったでしょ」


「うるせえ!!」


『www』

『燈wwww』

『予想通り』


配信は、深夜まで続いた。


燈は何度も死に、凛は何度もツッコミを入れた。


でも、二人は楽しそうだった。


視聴者たちも、それを見て笑っていた。


「よし、今日はここまで!」


「お疲れ様でした」


「ばいばーい!」


配信終了。


同時接続数は、四万人を記録していた。


***


「お疲れ」


「お疲れ」


拓真と凛は、リビングでお茶を飲んでいた。


「なあ、凛」


「なに? また『なあ』?」


「事務所のオファー、どう思う?」


拓真は真剣な顔で聞いた。


「……わかんない」


凛は正直に答えた。


「でも、話だけは聞いてみる価値あるよね」


「そうだな」


拓真は頷いた。


「でも、どんな結果になっても」


拓真は凛の目を見た。


「俺たちのスタイルは変えたくない」


「私も」


凛も頷いた。


「喧嘩しながら配信する。それが、私たちのスタイルだから」


「だよな」


二人は笑った。


「じゃあ、明日、事務所に話聞きに行こう」


「うん」


二人は拳を合わせた。


翌日。


拓真と凛は、大手VTuber事務所の本社に向かった。


大きなビル。


受付で名前を告げると、会議室に通された。


「お待ちしておりました」


現れたのは、スーツを着た男性。


事務所のマネージャーだった。


「日里燈さん、東遊里さん。今日はお越しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」


拓真が答える。


「早速ですが、事務所に所属していただきたいと思っております」


マネージャーが資料を広げる。


「所属していただければ、様々なサポートをさせていただきます。案件の紹介、グッズ制作、イベント出演など」


「……」


拓真と凛は、資料を見つめた。


確かに、魅力的だ。


でも。


「あの」


拓真が口を開いた。


「俺たちのスタイル、変えたくないんですけど」


「スタイル?」


「はい。喧嘩しながら配信する。それが、俺たちのスタイルなんです」


「ああ、それは大丈夫です」


マネージャーが笑った。


「むしろ、そのスタイルを活かしていきたいと思っています」


「本当ですか?」


「はい。あなた方の魅力は、そのリアルな掛け合いですから」


マネージャーは真剣な顔で言った。


「事務所は、あなた方のスタイルを尊重します。好きなように配信してください」


「……」


拓真と凛は顔を見合わせた。


「ちょっと、相談させてください」


「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」


マネージャーは席を外した。


***


「どうする?」


拓真が凛に聞く。


「……わかんない」


凛は迷っていた。


「でも、悪い話じゃないよね」


「ああ。スタイルも変えなくていいし」


「うん」


二人は黙り込んだ。


そして。


「やってみよう」


拓真が決意した。


「え?」


「だって、チャンスだろ。事務所に所属すれば、もっと色んなことができる」


「でも……」


「大丈夫。俺たちのスタイルは変わらないから」


拓真は笑った。


「喧嘩しながら配信する。それは、絶対に変えない」


「……うん」


凛も笑った。


「じゃあ、やってみよう」


「おう」


二人は拳を合わせた。


マネージャーが戻ってきた。


「どうですか?」


「お願いします」


拓真が答えた。


「事務所に、所属させてください」


「ありがとうございます!」


マネージャーは嬉しそうに笑った。


「これから、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


こうして、日里燈と東遊里は、大手VTuber事務所に所属することになった。


世界一うるさい青春は、新たなステージへと進んでいく。

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