第5話 24時間耐久配信という名の地獄
「24時間耐久配信?」
拓真は、凛の言葉を聞いて目を丸くした。
「うん。チャンネル登録者二十万人突破記念で」
凛はノートパソコンを開いて、企画書を見せる。
「24時間ぶっ通しで配信するの。ゲームしたり、雑談したり、料理したり」
「待って待って」
拓真は手を上げた。
「24時間って、寝ないの?」
「寝ないよ。耐久配信だから」
「無理だろ!! 俺、徹夜とか無理なんだけど!!」
「大丈夫。私が起こすから」
「そういう問題じゃねえ!!」
いつもの掛け合いが始まる。
「でもさ、拓真」
凛は真剣な顔で言った。
「これ、やったら絶対バズるよ。他の大手VTuberもやってるし」
「それはそうだけど……」
拓真は迷った。
確かに、24時間耐久配信は話題になる。
でも、本当に自分たちにできるのか。
「まあ、やってみようよ。駄目だったら途中でギブアップすればいいし」
「ギブアップって……」
拓真は頭を抱えた。
「わかった。やる。やるけど、責任取れよ」
「取る取る」
凛は軽く答えた。
こうして、日里燈と東遊里の24時間耐久配信が決まった。
***
配信当日。
午前十時。
「はーい! みんなおはよう! 日里燈です!」
「東遊里です」
画面には、いつもの二人のアバターが映っている。
『きたああああ』
『24時間頑張れ!』
『応援してる!』
『途中で喧嘩しそう』
コメント欄が流れる。
同時接続数は、開始五分で一万人を突破していた。
「えー、今日はですね! チャンネル登録者二十万人突破記念として、24時間耐久配信をやります!」
燈が元気に宣言する。
「途中で寝たら負けです」
遊里が冷静に補足した。
「寝ねーよ!! 絶対完走する!!」
「フラグ立ててる」
「立ててねえ!!」
『もう喧嘩www』
『安定してる』
『24時間持つのか』
「じゃあ、最初は軽くゲームから始めようか」
「何やる?」
「えーと、視聴者投票で決めよう」
燈が投票を立ち上げる。
選択肢は四つ。
1. ホラーゲーム
2. マリオカート
3. APEX
4. マイクラ
「さあ、みんな投票して!」
結果。
圧倒的多数で「ホラーゲーム」が選ばれた。
「……は?」
燈が固まる。
「なんでホラゲー?」
「視聴者が選んだから」
「でも俺、ホラゲー苦手なんだけど!!」
「知ってる」
「知ってんのかよ!! なら選択肢に入れんな!!」
「入れたのは燈でしょ」
「……あ」
『www』
『自業自得』
『燈バカすぎる』
こうして、24時間耐久配信の最初のゲームは、ホラーゲームに決定した。
***
午前十一時。
ホラーゲーム『呪われた学校』がスタートした。
薄暗い校舎の廊下を、主人公が歩いていく。
「うわ、雰囲気やばいな……」
燈の声が震えている。
「まだ何も起きてないけど」
「でもさ、この静けさが逆に怖いじゃん」
「燈、前回も同じこと言ってた」
「言ってねーよ!」
『言ってた』
『燈は学習しない』
主人公が階段を上る。
二階の廊下。
突然、教室のドアが開いた。
「!!!」
燈のアバターがビクッと跳ねる。
「今の見た!?」
「見た」
「やばい、やばいよ!!」
「落ち着いて」
遊里の声は冷静だ。
主人公が教室に入る。
机と椅子が散乱している。
黒板には、赤い文字で「逃げろ」と書かれていた。
「うわああああ、これ絶対やばいやつ!!」
「メッセージだね」
「そんな冷静に分析してる場合じゃない!!」
その瞬間。
背後から、女性の笑い声が聞こえた。
「ひいいいいいい!!!」
燈が悲鳴を上げる。
画面を見ると、血まみれの女子生徒が立っていた。
「逃げろ!! 逃げろ!!」
「燈、右の廊下!」
「どっち!? どっち!?」
「画面の右!!」
「わかんない!!」
「お前の右手の方向!!!」
「あああああ!!」
なんとか廊下に逃げ込む。
でも、女子生徒は追いかけてくる。
「やばい、追いついてくる!!」
「階段降りて!」
「どこ!?」
「正面!」
「見えない!!」
「ちゃんと見て!!」
「見てる見てる!!」
『燈パニックすぎる』
『遊里の指示が的確』
『このコンビ好き』
階段を降りる。
一階の廊下を走る。
女子生徒の足音が、だんだん遠ざかっていく。
「……助かった?」
「みたい」
燈は大きく息をついた。
「心臓バクバクしてる……」
「燈、呼吸荒い」
「それどころじゃねえ!!」
体育館に入る。
暗い空間。
静寂。
「……なんか、逆に怖いんだけど」
「フラグ立ててる」
「立ててねえ!!」
その瞬間。
天井から、何かが落ちてきた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
ゲームオーバー。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
「燈、下手すぎない?」
「はあ!?」
『喧嘩の予感』
『きたきた』
「だって、ちゃんと指示出してるのに、全然聞いてないし」
「聞いてる!! でもパニックなんだよ!!」
「パニックになりすぎ」
「お前がホラゲー選択肢に入れたからだろ!!」
「燈が入れたんでしょ」
「……あ、そうだった」
『www』
『燈バカすぎる』
『自業自得』
***
午後二時。
ホラーゲームを三時間プレイした結果、燈は一度もクリアできなかった。
「もう無理……」
燈が項垂れる。
「じゃあ、次のゲーム行こうか」
「うん……」
「お昼ご飯、何食べる?」
「カップ麺でいい……」
「了解」
遊里が席を立つ。
その間、燈は一人で視聴者と雑談していた。
「いやー、ホラゲーきつかったね。みんな、俺のこと下手って言うけどさ……」
『下手だよ』
『下手』
『超下手』
「ひどい!! みんなひどい!!」
『でも好き』
『応援してる』
『頑張れ』
「……ありがとう」
燈は笑った。
「よし、午後も頑張るぞ!」
遊里が戻ってくる。
「はい、カップ麺」
「サンキュー」
二人はカップ麺をすすりながら、配信を続けた。
『飯テロ』
『腹減った』
『カップ麺食いたくなってきた』
「おいしい」
「うん」
二人の穏やかな時間。
視聴者たちも、その空気を楽しんでいた。
***
午後五時。
「さあ、次はAPEXやるぞ!」
燈が意気込む。
「燈、APEX得意だっけ?」
「まあまあ」
「下手だった気がする」
「下手じゃねーよ!!」
『また喧嘩www』
『安定してる』
APEXが始まる。
ランクマッチ。
「よし、降下するぞ!」
「どこに降りる?」
「えーと、激戦区!」
「は?」
遊里の声が冷たくなる。
「なんで激戦区?」
「熱いじゃん!」
「死ぬじゃん」
「死なねーよ!」
「絶対死ぬ」
「死なねえって!!」
結果。
着地して三秒で、燈はキルされた。
「…………」
「…………」
「ほら、言ったでしょ」
「うるせえ!! 運が悪かっただけ!!」
『燈wwww』
『秒で死んだ』
『予想通り』
「次は慎重に行こうね」
「わかってるよ!!」
二戦目。
燈は慎重に動いた。
安全エリアを確認して、物資を集めて。
「よし、装備整った」
「いい感じだね」
「だろ? 俺だってやればできるんだよ」
その瞬間。
背後から銃声。
燈、キルされた。
「は?」
「…………」
「なんで? なんで?」
「索敵してなかったから」
「してたよ!!」
「してなかった」
「してた!!」
『www』
『燈は学習しない』
『遊里のツッコミ冷静』
三戦目、四戦目、五戦目。
燈は全て、早々にキルされた。
「もうやだ……」
「燈、才能ないかもね」
「ある!! 絶対ある!!」
「ない」
「ある!!」
『ない』
『ない』
『才能ない』
「お前らもかよ!!」
***
午後九時。
配信開始から11時間。
拓真は、明らかに疲れていた。
「眠い……」
「まだ11時間だよ」
「もう11時間だろ……」
拓真はヘッドセットを外して、伸びをした。
「ちょっと休憩していい?」
「いいよ。15分休憩入れよう」
画面に「休憩中」の文字が表示された。
***
「きつい……」
拓真はソファに倒れ込んだ。
「もう無理……」
「まだ半分も行ってないよ」
凛が冷たく言う。
「鬼か!!」
「鬼じゃない。現実」
「現実が鬼なんだよ!!」
凛はコーヒーを淹れて、拓真に渡した。
「はい。これ飲んで目覚まして」
「サンキュー……」
拓真はコーヒーを飲んだ。
苦い。
でも、目が覚める。
「……よし、頑張るか」
「うん」
二人は配信に戻った。
***
午後十一時。
「さあ、深夜枠! ここからが本番だぞ!」
燈が元気に言う。
でも、声には明らかに疲労が滲んでいた。
「燈、もう限界でしょ」
「限界じゃねーよ!! まだまだいける!!」
「声が死んでる」
「死んでねえ!!」
『燈頑張れ』
『応援してる』
『無理すんな』
「次は、視聴者参加型のゲームやろう」
「何やる?」
「マリオカート」
「いいね」
視聴者が次々と参加してくる。
レースが始まる。
でも、燈の運転は明らかにおかしかった。
「あれ? なんか操作が……」
カートが壁にぶつかる。
「おかしい……」
またぶつかる。
「なんで?」
「燈、眠いんじゃない?」
「眠くねーよ!!」
でも、燈のアバターは、明らかに動きが鈍かった。
「燈……」
「大丈夫! 大丈夫だから!!」
レースが終わる。
燈は、ビリだった。
「…………」
「燈、休憩しよう」
「いや、まだいける……」
「無理すんな」
遊里の声が、優しくなった。
「休憩入れよう。30分くらい」
「でも……」
「いいから」
画面に「休憩中」の文字が表示された。
***
「ごめん……」
拓真は、ソファで項垂れていた。
「謝らなくていいよ」
凛が隣に座る。
「24時間耐久って、こんなにきついと思わなかった……」
「そりゃきついよ。徹夜だもん」
「もう無理かも……」
拓真は弱音を吐いた。
「ギブアップする?」
「…………」
拓真は黙り込んだ。
ギブアップ。
その選択肢は、確かにある。
でも。
「いや」
拓真は顔を上げた。
「やる。最後までやる」
「本当に?」
「ああ。だって、視聴者が応援してくれてるから」
拓真はスマホを見せた。
画面には、視聴者からの応援メッセージが溢れていた。
『燈、無理すんな』
『休憩しっかり取って』
『応援してる』
『頑張れ』
「みんな、俺たちのこと心配してくれてる」
拓真は笑った。
「だから、最後まで頑張る」
「……わかった」
凛も笑った。
「じゃあ、一緒に頑張ろう」
「おう」
二人は拳を合わせた。
***
深夜二時。
配信再開。
「お待たせしました! 日里燈です!」
「東遊里です」
燈の声は、休憩のおかげで少し元気を取り戻していた。
『おかえり』
『大丈夫?』
『無理すんなよ』
「大丈夫! まだまだいけるよ!」
「じゃあ、次は料理配信しようか」
「料理?」
「うん。夜食作ろう」
「いいね」
二人はキッチンに移動した。
カメラを切り替えて、実際の二人の手元が映る。
『手元配信だ』
『珍しい』
『楽しみ』
「何作る?」
「オムライス」
「夜中にオムライス?」
「いいじゃん」
凛が材料を取り出す。
卵、ご飯、ケチャップ、玉ねぎ、鶏肉。
「じゃあ、作るよ」
「俺も手伝う」
「燈は邪魔だから座ってて」
「はあ!? 邪魔って何だよ!!」
「邪魔」
「邪魔じゃねーよ!! 手伝うって言ってんだろ!!」
『もう喧嘩www』
『料理配信なのに』
結局、拓真も手伝うことになった。
「じゃあ、燈は玉ねぎ切って」
「任せろ」
拓真は玉ねぎを切り始めた。
でも。
「……痛い」
拓真の目から、涙が流れる。
「燈、泣いてる?」
「泣いてねーよ!! 玉ねぎのせいだよ!!」
「玉ねぎで泣くとか、弱すぎない?」
「弱くねーよ!! 普通だろ!!」
『www』
『燈かわいい』
なんとか玉ねぎを切り終えた。
次は鶏肉。
「鶏肉、炒めるよ」
凛がフライパンに油を引く。
鶏肉を投入。
ジュウウウ。
いい音がする。
「いい匂い」
「だね」
次に玉ねぎを入れる。
そして、ご飯。
ケチャップで味付け。
「よし、チキンライスできた」
「次は卵だね」
凛が卵を割る。
フライパンに流し込む。
「燈、タイミング見てて」
「おう」
卵がいい感じに固まってきた。
「今だ!」
「え、もう?」
「早く!」
凛が急かす。
拓真は慌てて、卵をひっくり返そうとした。
でも。
「あ」
卵が、ぐちゃぐちゃになった。
「…………」
「…………」
「燈」
「ごめん」
「なんで失敗したの」
「焦った」
「焦らなくていいって言ったのに」
「言ってねーだろ!!」
「言った」
「言ってない!!」
『www』
『喧嘩してる』
『でも楽しそう』
結局、卵は作り直しになった。
二度目は、凛が全部やった。
「はい、完成」
お皿に、綺麗なオムライスが乗っている。
「おお、すごい」
「でしょ」
二人は、オムライスを食べた。
「うまい」
「うん」
『飯テロ』
『夜中に見るもんじゃない』
『腹減った』
「よし、元気出た!」
拓真が笑った。
「まだまだいけるぞ!」
「おー」
***
午前五時。
空が、少しずつ明るくなってきた。
「もうすぐ朝だね」
「ああ……」
拓真の声は、明らかに疲れていた。
配信開始から19時間。
もう、限界が近い。
「燈、大丈夫?」
「大丈夫……」
でも、燈のアバターは、ほとんど動いていなかった。
「燈?」
「…………」
返事がない。
「燈!」
「……あ、起きてる起きてる」
「寝てたでしょ」
「寝てねーよ!!」
『絶対寝てた』
『燈限界』
『無理すんな』
「燈、もう無理だって。休憩しよう」
「いや、まだ……あと5時間……」
「5時間もあるんだよ。休憩しないと持たない」
「でも……」
その瞬間。
燈のアバターが、動かなくなった。
「……燈?」
「…………」
「燈!」
「……すー……すー……」
寝息が聞こえる。
燈は、寝落ちしていた。
『www』
『寝たwww』
『限界だったんだな』
『お疲れ様』
遊里は、小さく笑った。
「みんな、ごめんね。燈、寝ちゃった」
『仕方ない』
『頑張った』
『19時間も配信してすごい』
「じゃあ、燈が起きるまで、私一人で配信続けるね」
『遊里頑張れ』
『応援してる』
遊里は、一人で雑談を始めた。
視聴者と話したり、ゲームをしたり。
そして、一時間後。
「……ん?」
燈のアバターが動いた。
「おはよう、燈」
「……あれ? 俺、寝てた?」
「一時間くらい」
「マジで!?」
『おはよう』
『寝てたよ』
『お疲れ様』
「うわ、ごめん!!」
「いいよ。疲れてたんでしょ」
「でも、24時間耐久なのに……」
燈の声が、申し訳なさそうだった。
「燈」
遊里が優しく言った。
「19時間も頑張ったんだから、十分だよ」
「でも……」
「いいの。それに、私も楽しかったし」
「遊里……」
「さあ、ラストスパート。あと4時間、一緒に頑張ろう」
「……うん」
燈は笑った。
「ありがとう、遊里」
「どういたしまして」
***
午前十時。
配信開始から24時間。
「よっしゃああああああ!!! 完走!!!」
燈が叫ぶ。
「お疲れ様」
遊里も笑った。
『お疲れ様!!!』
『完走おめでとう!』
『感動した』
『最高だった』
コメント欄が、祝福の言葉で埋まる。
「いやー、きつかった……」
「うん」
「でも、楽しかったな」
「うん」
二人は顔を見合わせて、笑った。
「みんな、24時間も見てくれてありがとう!」
「また、こういう企画やりたいね」
「やりたくねーよ!!」
『www』
『最後まで喧嘩』
『最高のコンビ』
「じゃあ、これで配信終了します!」
「みんな、ありがとう!」
「ばいばーい!」
配信終了。
同時接続数は、最後に十万人を記録していた。
***
「終わった……」
拓真は、ソファに倒れ込んだ。
「お疲れ」
凛も隣に座る。
「もう動けない……」
「私も」
二人は、しばらく黙っていた。
そして。
「なあ、凛」
「なに?」
「ありがとな。一人だったら、絶対完走できなかった」
「私も。拓真がいなかったら、途中で諦めてた」
二人は笑った。
「これからも、よろしくな」
「こちらこそ」
拳を合わせる。
そのまま、二人は眠りについた。
翌日。
VTuber週間ランキングが更新された。
日里燈&東遊里は、四週連続で一位を獲得。
そして、24時間耐久配信のアーカイブは、再生数百万回を突破していた。
コメント欄には。
『最高の配信だった』
『感動した』
『これからも応援する』
『世界一うるさいコンビ最高』
そんな言葉が、溢れていた。
世界一うるさい青春は、まだまだ続いていく。
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