ようやく学園ものらしくなりましたね

 放課後の生徒会室は、どこか会議よりも尋問に近かった。

 重厚な机の上に、紅茶と書類と、沈黙。

 そして、その中心に――生徒会長・九条アスカ。


「来てくれてありがとう、神坂くん」


 その声音だけで、逃げ道が消える。

 何度聞いても思う。

 この人の“ありがとう”は、命令形だ。


「それで、今日は何の用ですか? まさか、また討論週間の後日戦とか」

「違うわ。校内展示企画の人員調整。手伝ってほしいの」


「展示って、文化祭の準備とか?」

「いいえ、春の特別展示、まあ、そこまで大きなものじゃないけど。とはいえ――単なる展示じゃないわ」


 アスカが書類をトントンと揃える。

 その指先は冷たいけど、美しい。

 まるで“仕事そのもの”が彼女のアクセサリーみたいだった。


「さて」

 アスカが周囲に視線を巡らせる。

 部屋の隅には、すでに何人かいた。


 榊ボタン。机の端でノートを広げ、すでに何かを書き始めている。

 草薙ウララ。椅子を逆に座り、ポニーテールを揺らしている。

 白鷺イオリ。おそらく唯一、まともに椅子に座り聞いている。


(……なんだこのメンツ)


「問題児たちをまとめて何する気です?」

 思わず口をついた。


「デメリットだけじゃないわ」

 アスカは、微笑んだ。

 その微笑みが、怖い。


「神坂くんには――ディベート大会の参加不足分の補填。内申のマイナスを打ち消すチャンスをあげるわ」


「え、そんなのあるんですか」

「私が作ったの」

「法律まで自作かよ……」


「榊ボタン。あなたは推薦枠の資料提出が遅れてる。展示で実績を作れば、面接で加点になる」

「了解。効率的」

「さすが明暉の推薦組……口が試験科目だもんな」

「評価基準は明確です」

「そりゃそうだ。“一般受験から逃げたければ明暉へ”って学校だし」

 軽口のようで、事実でもある。

 俺たちはペンより舌で点を取る連中だ。


「草薙ウララ。あなたは……まぁ、“暴力沙汰”の件のもみ消し分」

「なにその言い方! 一発殴っただけで“事件”扱いとか!」

「それを事件って言うのよ」


「白鷺イオリ。あなたは次期会長推薦の試験期間。現会長補佐として行動記録を残してもらうわ」

「はいっ! 光栄です!」


 空気が少しだけ緩んだ。

 けれど、アスカの瞳は相変わらず一点の曇りもない。


「それぞれの理由は違っても、目的は一つ。“明暉高校の顔”を作ること。言葉の戦場に疲れた人たちの、“居場所”を形にするのよ」


「……また立派な建前を」

「建前も、信じれば現実になるわ」


 ウララが欠伸をして、ぼそっと言う。

「まーた会長の理想ごっこ始まった~」

 その横で、ボタンがペンを走らせる。

「理想とは観察者の夢。実現するかどうかは、観察対象次第」

「なに難しいこと言ってんのよ観察魔」

「あなたにだけは言われたくない」


 イオリが慌てて仲裁に入る。

「まぁまぁ! とりあえず、頑張りましょうっ!」


 そして――なぜか全員の視線がレンに向いた。


「……え、俺がまとめ役?」

「当然でしょ?」

「会長、それ、どんな罰ゲームですか」

「罰ではないわ。信頼よ」


 アスカがほんの少しだけ、笑った。

 珍しく、それは“人間の笑み”に見えた。


 会議が終わって、校舎の外。

 夕陽が伸びて、影が長い。

 レンはため息をついた。


 はぁ……面倒くさいメンバーばっかりだ……

 けれど――


 心の奥で、ほんの少しだけ、楽しそうだと思ってしまった。


 始まりは罰ゲームみたいな集まりでも、きっと――この場所が“チーム”になる。

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