001 いざ王都へ
2日間の長い列車旅を終えて、ついに目的地に降り立った。
「ん~。疲れた~!」
伸びをして少しでも旅の疲れを紛らわせてから、身体の大きさ程ある荷物をつかみ歩き出した。荷物の上に丸くなっていた僕のペットには悪いけど歩いてもらう。
この場所はフューリア王国の「王都中央駅」。
大陸北部諸国を代表する大国、フューリア王国の首都エルリックは国内では王都と呼ばれている、フューリア王国の繁栄を象徴する大都市だ。
出発前に師匠から送られた子供の白狼は小さいながら美しい毛並みと美しい瞳でなんとなく神秘的だ。
汽車の中で名前も考えた、月夜に吠える美しい姿を想像して『ルナ』と名付けた。まだ幼い白狼は嬉しそうに小さく鳴いて気に入ってくれたみたいだった。
汽車を降りる前に、ローブも上から羽織り、準備は万端。駅の出口を目指してルナと足を進める。
駅前に広がる人混みと馬車の多さに、胸が少し高鳴る。これが王都の空気なんだ、と実感した。
ハッと抜けかけた意識を引き戻し、手に持つメモと手紙を確認する。メモは師匠から渡されたもので、手紙をある人に手渡ししてほしいというものだった。
住所が書いているが、初めて来た土地で住所だけを頼りにたどり着くのは現実的ではない。
大人しく、師匠のアドバイス通り人に頼むことにした。
空いている馬車を探し、御者さんにメモを見せると荷物を載せてくれたり親切にしてくれた。
「坊主、こんなところに用事があるのかい?」
理由は分からないが少し驚かれた。
王都の街並みを眺めながら、「僕みたいな年齢の人にも、こんなに丁寧な態度を取るなんて、さすが王都の御者さんだなぁ」なんて考えていると、馬車は開けた広場に出た。
大きな噴水を中心に大きな通りが放射状にのびている。遠くに背が高い建物が見えるが、あれが王宮なのだろう。
筆記試験の対策で読んだ歴史書に書いてあったことを思い出す。
フューリア王国は、アルデバラン家が代々治めている王政で、あの宮殿こそが王族の住む国家の中枢なのだ。
そうこうしているうちにいつの間にか目的地に着いた。馬車が減速していき停車した。
「よし、ルナ降りるよ。」
白狼に声をかけて降りる準備をする。御者が
馬車を降りるとそこは巨大な屋敷の門の前だった。
一瞬、理解が追いつかない僕は荷物を降ろしている途中の御者に尋ねる。
「御者さん…?ここであってますか?」
もう一度メモの住所を見せつつ確認する。御者さんが間違えたんだよ、きっとね。
なんて疑っていたら、やはり間違えていないようでメモが帰された。
状況を呑み込めていない僕を置いて、仕事を終えた馬車は走り去っていく。
目の前の豪華なお屋敷にビビりながら、勇気を出して呼び出し用のベルを押してみる。
門の向こうからメイドさんらしく女性がこちらに歩いてくる。
通用口から門の外に出てきたメイドさんに要件を告げる。
「この手紙をこの屋敷の主へと、使いも頼まれている者です!」
こんな16歳になったばかり怪しい子供の言う事を信じてくれるか、祈る気持ちで手紙を見せ確認してもらう。
******
メイドは困惑していた。
目の前のこの青年は、何者なんだろうか。年は15から16に見えるがそんな子供がこの屋敷を訪ねてくるなんて、何の用だろうか。頭を高速回転させ思考を巡らせる。
白い宝石のような瞳に薄い水色の髪が肩にかかろうかという長さの青年は、容姿だけで見れば性別が分からないほど美しい。
それでも青年と断定するのは、身に着けている男性用のローブだろう。
高級品というわけではないがこの王都の一等地に歩いていても違和感のない綺麗な身なりをしている。
(ましてや、この封蝋は…)
******
メイドさんが手紙を見つめて何秒たっただろう。沈黙で緊張が膨らんでいく。
すると、ついに喋りだした。
「はじめまして、この屋敷でメイドをしております、イルサと申します。失礼ですが、貴方とあなたにこの手紙を預けたという師匠の名前をお伺いしてもよろしいですか?」
自己紹介までしてくれて、丁寧な言葉遣いだが少しの疑いと少しの興奮が見え隠れする。
僕は、自己紹介も兼ねて尊敬する師匠の名前を答える。
「はじめまして、僕はディアといいます。師匠の名はエルフィア=フォーマルハウトです。」
メイドさんは僕の答えを聞くと、手紙に押された封蝋に再度目をやる。僕も数回しか見たことが無いが、師匠が手紙を出す際に使う封蝋だ。
「お答え頂きありがとうございます。これより、屋敷にご案内します。」
******
僕は今、イルサと名乗るメイドさんの後ろに連れられて案内されながら歩いている。
先程通った正面玄関前の花壇は手入れが行き届いていてとても綺麗だった。
それに加えて、玄関の装飾の豪華さと言ったら小さい頃に読んだおとぎ話に出てくる屋敷の様な豪華さだった。
ますますこの屋敷の主が大物の様に思えてきた。
「イルサ…様?大変失礼なことをお聞きしますが、ここはどなたのお屋敷ですか?」
「イルサで構いません、ディア様。お師匠様からどなたに手紙を渡すか聞いていないのですか?」
「出発の直前に渡されたもので、メモを見れば分かる、とそれだけでしたので…」
「なるほど…そういう事ですか。このお屋敷はヒアデス公爵様の王都別邸です。公爵様は領地の本邸におりますので、現在滞在しているのは奥様とお嬢様のお二人でございます。今から公爵夫人とお会いしていただきます。」
思った以上に大物の名前が出てきてしまった。
ヒアデス公爵家と言えば、王国貴族の中でも格式高い名家の一つと数えられる。王家との繋がりも厚い貴族の中でも一目置かれる存在だ。歴史書にさえ乗る名門貴族の名前が出てきて更に、緊張してきた。
そんな大物貴族に手紙を出す師匠の人脈もよく分からないが、そんな事気にならないくらい目の前の難題に頭を悩ませる。
歩く足がぎこちなくなってきた。
手紙を届けるためとはいえ、平民である僕が貴族の屋敷を訪ねてしまい、今屋敷の中に案内されているのだ。何かやらかしてしまったら大変なことになる。
無事に手紙を届けて生きてこの屋敷から出られるか、なんて考えていると屋敷の廊下を抜け中庭に出た。
花壇と木々で緑色の空間は大都市とは思えない雰囲気を演出している。
そんな中庭の中央に緑に映える純白の東屋があり、そこに一際オーラを放つ女性が座っていた。
「ご案内はこちらまででございます。あちらに、公爵夫人様がおります。」
メイドさんが足を止め、僕を東屋へとうながす。ここからは一人のようだ。
緊張しないわけがないが、無礼だけは働かないでいよう、という決意を胸に一歩踏み出した。
一歩ずつ東屋に近づくと、柱の陰に隠れていた女性のお顔が見えてくる。入り口で一礼し、声を掛ける。
「失礼します。」
夫人の会釈をもって東屋へと足を踏み入れると手紙を渡す準備をしながら先ほどから決めていた挨拶をお辞儀をしながら始める。
「お初にお目にかかります、ディアと申します。本日は我が師匠エルフィア=フォーマルハウトより預かりました手紙を届けるために参りました。」
中々いい出来ではないだろか、最低限のマナーを守りつつも要件を簡潔に述べた。少しの間をおいて、夫人は口を開く。
「頭をあげて頂戴、私の名前はソニア=ヒアデス。アウリヒティ=ヒアデス公爵の妻です。実はあなたの話は事前にエルフィア様から伺っています。」
公爵夫人様に頭を上げてと言われたのであれば上げない方が失礼に当たる、と思い恐る恐る上げると、美しいお顔は柔らかい表情だった。緊張していた心を見抜いているのか、優しく声を掛けてくれる。
「師匠から僕の話を?」
純粋な疑問が口からついて出てしまったが、その後すぐに思い立つ。手紙を届けに来ることを事前に知っていたというのは、話が早くて助かる。早く手紙を渡してこの場から脱出、出来るのではないかと。
「そう、私はエルフィア様とは昔からの友人でね?魔術学院の入学試験期間中、貴方をこの屋敷で預かることになったのでそのお礼の手紙をわざわざ書いてくれたのだわ。」
手紙を開封して内容に目を通しながら説明するソニア様を見つめながらディアは困惑していた。
全然話が見えてこない。今なんと?公爵邸に泊まると?
「その様子だと、宿の事も今聞いた様ね。」
口に手を当ててくすりと笑ってみせたソニア様を続ける。
「あの方は、昔から大事なことを言わない方だったわ。忘れてしまうのか、わざと言わないのか。私には推し量ることが出来ない偉大な思考を持っている事だけは確かね。」
この時、ソニアは口には出さなかったがふと思い立った。
(もしかしたら、エルフィア様ご自身の事や他にも大事なことをまだ伝えていないのかも)
「あの…ソニア様…?」
ディアから呼び掛けられたソニアは意識を目の前に戻す。
「なにかしら?」
「僕のような者が公爵様のお屋敷に泊まるのはあまりよろしくないのでは?」
「貴方…、まだ16歳なんだから!子供がそんな事考えなくてもいいのよ!!」
「え?」
少し怒ったような、感心したようなそんな口調でディアをたしなめたソニアは思わず目の前のディアを抱きしめてしまった。
「エルフィア様のお弟子さんだし?直接会うまでどんな子が来るか不安だったけど…
こんなお利口で可愛らしい子なら大歓迎よ!王都にいる間はこの屋敷を自分の家だと思いなさい?!これは公爵夫人としての命令よ!」
急に抱きしめられたディアはこの場面を柱の陰で何者かが見つめていることをまだ知らない。
――――――
次回、「002 出会い」は明日6:10に投稿予定です。
ぜひ続きも読んでいただけたら嬉しいです!
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