【38 ティーパーティー(1)】
辺境伯の城館でルーチェと話をしてから、5日ほどの後。
わたしは改めてオルランディ家を訪問し、ルーチェと話をして、西方語のレッスンをもう少ししてもらった。エリューシアにいた頃から、文献を読むために、語彙や文法の知識はそれなりに身に付けていた。それに、西方語には古共通語に由来する単語も多い。そういった言葉や言い回しは発音も似ているから、短期間でもある程度は何とかなる。
もっとも、相手が目の前にいて、はっきり、できれば少しゆっくりと話してくれれば、というくらいで、少し早口になったり、特殊な言い回しを使われたりするともうさっぱりわからない。まあ、ご挨拶をして一言二言話をして、くらいのところならどうにかなる、というところまではたどり着けた。
ルーチェに言わせると「結構早いと思うわよ」ということだけれど、他人と比べてどうなるものでもない。自分が話せて、かつ聞けるようにならなければいけないのだ。ともあれ、そんなことは一朝一夕にできるものではない。自分だけで、支障なく、西方語でやり取りをできるようになるのは、いつになるかわからない。
それでも、こういうことは、一歩ずつ進めてゆく他に道などない。辛抱強く付き合ってくれるルーチェには、少し申し訳ない気分にもなるのだけれど。
予定よりもすこし時間をかけてレッスンを終えると、わたしたちは、お茶会での再会を約束して別れた。
※ ※ ※ ※ ※
お茶会までの間にも、アルフェネル様とは、これまでと同じように授業をし、そして議論を交わしている。
わたしは、いくつか、考えていたことをお話しした。
継続教育学校に相当する期間で魔法の基礎教育を行うことを前提にすると、まず、その学校で何を、どれだけ教えるかを考えなければいけない。魔法だけを教えるのなら、短期間で密度高く教えることができる。でも、必要なのは魔法の知識や技量だけではない。皆と同じように街で暮らし、仕事として魔法を扱い、生活するためには、魔法だけであってはいけない。魔法とそれ以外を偏りなく学び、身に付けてもらわなければいけないのだ。
「なるほど」
わたしの話を聞いたアルフェネル様は、頷いて、それから少し考えた。
「まず、今、継続教育学校の生徒たちが、どのような時間配分で何を学んでいるのかを調べましょう。領都の学校に言えば、すぐに出てくるかと思います。具体のお話は、それからでも?」
「はい、ありがとうございます」
同じ期間に同じような教育を行うのなら、今すでにある課程の内容が参考になる。ひとまずは今なにが行われているかを知り、その上で何を減らし、どうやって魔法を学んでもらうべきかを考えればよい。
同じようにして、魔法に関する教師を育成するための段取りも相談した。最初はやはりお膝元から、ということで、領都やその近郊の学校の教師から素質のある方を選ぶ、という結論になった。彼ら彼女らに、まずは半年ほどかけて、必要な魔法の技量を身に付けてもらう。
その上で、一部はより高度な魔法の技術を学んでもらい、残りは新たな学校での課程を想定して、教え方を考えてもらう。
実際にはそう単純には行かないだろうけれど、方針はしっかりと持っておかなければいけないのだ。
※ ※ ※ ※ ※
そうして迎えたお茶会の日、予定された時刻のすこし前。
わたしとフラン、そしてルーチェとアスティは、わたしの部屋の応接室で顔を合わせた。
「席割り、聞いてる?」
「アルフェネル様とわたし、フランが同じテーブル。ルーチェたちと、クロイスヴァイン家の御令嬢――ミリアム様が同じテーブル。別のテーブルに、ブライエルム家とリーゼンヴァルト家の御令嬢。ほかに騎士家からお呼びしたひとたちのテーブルがいくつか。アルフェネル様からは、そういうふうに」
わたしの返答に、ルーチェはうん、と頷いた。
「アルフェネル様、こっちの令嬢たちと同じテーブルには座れないでしょう? アーデライド嬢が出席できないお茶会だと、ラネス様やほかの騎士の方と同じテーブルだったのよね」
わたしはルーチェに頷き返す。お相手をまだ決めていないのなら、准男爵家の御令嬢の誰かと同じテーブルには座れない。わたしが同じテーブルに座れるのは、彼女たちと同列ではないから、ということだ。
「アルフェネル様は、わたしを、客人として皆にご紹介くださる、と」
「あなたの立場はあくまでも教師だものね、表向き。内実は――なにか進展あった?」
ルーチェの質問に、いいえ、と首を振る。
「お仕事の――魔法のことでなら、すごくいろいろと進んだわよ。でも、ルーチェの言うような進展はないの」
「ユーラもアルフェネル様も、公私混同しなさそうだものねえ。まあ、やっぱりお話しする機会が多いのはどうしたって有利なんだから、焦る必要はないと思うけど」
そうは言っても、と言葉を返そうとしたところで、ノックの音がした。お屋敷の侍女が呼びに来てくれたのだろう。わたしたちは会話を切り上げて、席を立った。
※ ※ ※ ※ ※
侍女に案内されて、お茶会が催される広間まで行く途中。
玄関ホールには、幾人もの男女がいて、思い思いに立ち話をしている。
夜会でご挨拶をした顔がひとりでいたなら、ご挨拶をしなければ、と思ったけれど、そういうひとはいなかった。心の中でほっと息をついて通り過ぎようとしたとき、華やかな印象の声がルーチェを呼び止めた。
「ルシールさま?」
ルーチェが立ち止まり、振り返る。わたしも足を止めた。振り返るとそこには、かわいらしい印象の女のひとがいる。歳はたぶん、わたしよりも少し下。目線はわずかに低い。ふわふわとした蜂蜜色の髪を編み込みのハーフアップでまとめ、小さな花を散らしたような宝石の髪飾りで彩っている。大きく、すこし垂れ目がちな目は琥珀色。
わずかに黄味がかった白を基調にしたドレスの、胸元からふわりと広がるスカートが、全体の印象を一層柔らかくしている。
「お久しぶりです、シャルロット様。ごきげんよう」
ルーチェが微笑んで、淑女の礼をする。
「ルシールさま、ごきげんよう。そちらは?」
「私の友人、ユーラリア・アウレーゼ様です。ユーラリア様、こちらはシャルロット・リーゼンヴァルト様」
ルーチェが苦手、と言っていた御令嬢は、にこりと笑って綺麗な礼をしてくれた。
「シャルロット・リーゼンヴァルトと申します、アウレーゼさま。どうかお見知りおきを」
「ユーラリア・アウレーゼと申します、リーゼンヴァルト様。こちらこそ、どうかお見知りおきを」
「わたくしのことは、シャルロットとお呼びくださいね?」
「ありがとうございます、シャルロット様。では、わたしも、ユーラリアと」
笑顔で無難なやりとりをこなし、では、と会釈しようとした動作を、シャルロット嬢の言葉が止めた。
「お噂はかねがね伺っておりますわ、東からいらした、優秀な魔法使いのレディ、と」
「恐縮です、シャルロット様」
「ねえ、ユーラリアさま、わたくし、東の言葉はよく存じ上げないのですけれども、教えてくださる? 魔法を使う女の方を、あちらでは何と呼ぶのですか? ウィッチ? それとも、ソーサレス?」
柔らかい発音で、可愛らしい唇から出た言葉は、わたしを凍りつかせ、フランの顔色を変えさせるものだった。
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