破:阿鼻

「お嬢様、見えました!」

「――!」


 そして空に茜色の陽が射す頃、遂に私達は戦火渦巻くクリーゲ平原へと到着した。


「……こ、これは」


 そこは文字通りの地獄絵図だった。

 夥しい数の怒号が飛び交い、血と殺意だけでこの平原を埋め尽くそうとしている。

 鉄や肉が焦げたような不快な臭いが充満し、思わず吐き気がした。

 こ、こんな中に、ヨハン様が……。


「お嬢様、失礼いたします!」

「えっ。きゃ、きゃあっ!」


 ヘラは半ば無理矢理私を馬車から引きずり下ろすと、そのまま横抱きにした。

 ――所謂お姫様抱っこだ。


「ちょ、ちょっと、ヘラ!!?」

「シッカリ掴まっていてください。――必ずヨハン様のところまでお連れしますから」

「っ! ……ヘラ」

「まいりますッ!」

「――!」


 フッと息を吐き地面を強く蹴ったかと思うと、ヘラは目にも止まらぬ速さで戦火の中へ駆け出した。

 うええええええええ!?!?


「っ!! ヘ、ヘラ! 何かしらあれ!?」


 私はエインズ軍の兵士達が持っている、長い鉄製の筒のようなものを指差した。


「あれはおそらく、エインズ軍が最近開発したと言われている、『銃』ではないかと」

「銃!?」

「銃弾という鉛玉を神速の如き速さで撃ち出し、弓矢以上の射程を誇ると言われています。急所に当たれば、一撃で絶命に追い込むことも可能だとか……」

「そ、そんなものが……」


 魔術を礎に発展してきた我がツァウバール帝国と反して、エインズ合衆国は科学を至上として国土を広げてきたと聞いたことがある。

 そしてその科学の結晶があの銃なのだとしたら、これは最早勝ち目は……。

 現に我が軍の魔術師達も魔法で対抗しているようだけれど、銃の射程と威力に為す術なく倒れていく。


「ヘ、ヘラ!! やっぱり無茶よこの中を進むなんて!! あなたにもしものことがあったら、私……!!」

「フッ、心配ご無用ですお嬢様」

「――え」

「オイオイ、なんでこんなとこに女がいんだああああ」

「「――!!」」


 その時、エインズ兵の一人が、虚ろな目で私達に銃を向けてきた。

 ――嗚呼!!


「フフッ、主を愛する男に会わせるためさ」

「あああああん!? 何舐めたことぬかしてんだこのアマァ! 死ねやあああああ」

「ヘラッ!!!」


 ダアァンと鼓膜をつんざくような轟音をエインズ兵の持つ銃が発したかと思うと、次の瞬間、私達はエインズ兵のに移動していた。


「「……え?」」


 あまりに不可解な出来事に、私とエインズ兵は同時に間抜けな声を上げてしまった。


「ハアッ!!」

「ぐべぶ」


 そのままヘラの放ったハイキックが、エインズ兵の顔面にクリーンヒットした。

 エインズ兵は馬車に激突されたみたいに、遥か後方に吹き飛ばされていった。

 えええええええええええ!?!?!?


「ヘ、ヘラ……、あなたはいったい」

「なあに、昔取った杵柄というやつですよ。……実は私は、かつてはそこそこ名の通った傭兵だったのです」

「ええっ!!?」


 ここにきて衝撃の事実!!!


「ですが、ただ人を殺すだけの生活にいい加減嫌気が差しまして。――そんな時、あなたのお母様からお声を掛けていただいたのです」

「――!?」


 お母様が!?


「『私の娘の侍女兼ボディーガードとして働かないか』と。『これからは命をのではなく、ことを仕事にするのも一興じゃないか』、とね。その言葉に感銘を受けた私は、今日までこうしてお嬢様にお仕えしているというわけです」

「……そんなことが」


 昔から器が大きいお母様だとは思っていたけど、まさかそこまでとは……(反面お父様は気が弱いお人好しだけれど)。


「さあ、お喋りはここまでです。一気に駆け抜けますよ!」

「え、ええ!」




 その後のヘラの動きも、まさに鬼神のようだった。

 陽炎の如く銃弾の雨をかいくぐり、時にハイキックでエインズ兵を吹き飛ばしつつ、徐々に徐々に戦火の中心へと迫っていった。


「――お嬢様、おそらくあそこです!」

「――!!」


 そしてどれだけ進んだだろうか。

 遂に私達は、局所的に天から無数の青い稲妻が降り注いでいる箇所を発見した。

 ――あれはヨハン様の最も得意とする魔術――【雷帝の慈愛】。

 あそこに、ヨハン様が――!


「止まれえええ!!! この化け物があああ!!!!」

「「――!!!」」


 ――その時だった。

 私達の四方を、銃を構えた数え切れない程のエインズ兵が取り囲んだ。

 そ、そんな……!?

 ヨハン様は、目の前だというのに……!!


「……お嬢様、どうやら私はここまでのようです」

「――え」


 ヘ、ヘラ――!?


「ヨハン様によろしくお伝えください。――どりゃああああああ」

「え、ええええええええええ!?!?!?」

「「「――!!!」」」


 ヘラはその場で高速回転したかと思うと、円盤投げのようなフォームで私を天高く放り投げた。

 そ、そんなあああああああ!?!?!?


「ヘ、ヘラアアアアアア!!!!」

「グッドラックです、お嬢様」


 ヘラは不敵な笑みで、私にサムズアップを向けてきた。

 ヘラ――!!

 どうか、死なないでね――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る