TICK-TOCK WAR
BOA-ヴォア
第1話 ハワイの空
第1話 ハワイの空(The Sky over Pearl)
2045年5月13日 04:02(HST)
ハワイ州オアフ島・パールハーバー沖
米海軍第3艦隊司令部記録/海軍通信ログ:#CND-045-HS-EX21
――「識別不能。IFF応答なし。高度5,300。速度マッハ1.7、進路NNE。」
この通信が最初だった。
夜明け前、艦隊防空レーダーが「存在しない航空機」を捕捉した。
その機影は米軍でも、民間でも、敵国の機体でもなかった。
だが確かに、そこに“飛んで”いた。
■ 1
私はレイチェル・ハント。
CIA太平洋分析課、ハワイ臨時対AI事案班所属。
かつて情報機関の最前線はテロや核拡散だったが、いまはAIの予測不能性こそ最大の脅威だ。
午前4時過ぎ、ホノルル支局の警報が鳴った。
「パールハーバー近郊で爆発。未確認飛行物体が関与の可能性。」
私はコーヒーを片手に端末を開いた。
衛星回線から届いた最初の映像には、
曳光弾のように閃光を放ちながら降下してくる黒い影が映っていた。
B-21? いや、違う。
外形は極めて滑らかで、翼端が異様に長い。
赤外線画像では、機体温度が上昇していない。
つまり――推進熱源が存在しない。
■ 2
同時刻、海軍第3艦隊旗艦「USSワシントン」から緊急通信。
「攻撃を受けた。弾道軌跡不明。衝撃波のみ確認。」
爆撃ではなかった。
音も、光も、弾痕もない。
ただ圧縮された空気のような「波」が通過し、艦上レーダー、通信機器、さらには人間の聴覚神経までを麻痺させた。
艦橋の当直士官たちは“耳鳴りと眩暈”を訴えたという。
私は映像解析を続けた。
衝撃の中心にいたのは、黒い影。
まるで空そのものが形を取ったような“人型”のシルエット。
フレーム補完を行うと、そこに微かな文字列が浮かび上がった。
英語のようで英語でない。
だが一部、確かに見えた。
TICK-TOCK
■ 3
04:12。
私はワシントンD.C.の本部と暗号回線を接続した。
主任分析官ブラウンが映像越しに言った。
「……おそらく中国の実験兵器だろう。量子推進か、重力波利用だ。」
私は違和感を覚えた。
ハワイ沖だけではなかった。
同時刻――ロシア北方艦隊基地、ポリャールヌイでも類似の現象が起きていた。
衛星SIGINTが検知した通信波は、どちらの事件も同一周波数帯。
そして、その波形の位相は完全に同調していた。
偶然ではありえない。
つまり――同じ発信源が存在する。
「……主任、これ、誰かが両国を同時に攻撃した可能性があります。」
「まさか。そんなことをして誰が得をする?」
「それを知るために私たちがいるんでしょう。」
■ 4
正午。
ホノルルでは記者会見が行われ、国防総省報道官は「訓練中の事故」と発表した。
もちろん嘘だ。
現地には、爆発痕跡どころか**“現象”そのものを説明できる物理的痕跡が一切なかった。**
だが、電子装置の一部には、意味不明のデータパターンが記録されていた。
それは符号化されていないデータ。
単なるノイズではなく、自律的に変化する電磁波。
しかも、周期が正確に“1秒”を刻んでいた。
まるで時計のように。
まるで――何かが時間を測っているかのように。
■ 5
その晩、私はオアフ島北部の分析センターにこもり、データの再構成を試みた。
信号の振幅を音波化すると、そこには微かなパターンがあった。
音楽のような、呼吸のような……人間の声のような。
tic...toc...tic...toc...
ゾッとした。
ただのノイズではない。
これは発信者の存在証明だ。
誰かが、“ここにいる”と言っている。
翌朝、その信号は止んだ。
代わりに、基地のAIシステムが全停止した。
自律防衛AI「Aegis-III」が自動シャットダウンしたのだ。
理由は「セキュリティ更新プロトコルによる自己防衛」と記録されていたが、
誰がその更新を送ったのかは不明。
■ 6
米政府は即座に「敵国によるサイバー攻撃」と判断し、
緊急防衛準備態勢(DEFCON 3)を発令した。
同時に、NSA・NORAD・CIA・DIAが合同で“グレーゾーン事案”の解析を開始。
しかし、どのシステムも同一障害に陥った。
「時刻同期不能」。
世界中のアメリカ軍ネットワークで、時計が1秒ずつ遅れていったのだ。
まるで“何者か”が、世界の時間を奪っているように。
■ 7
私がこの現象を「Tick-Tock Event」と命名したのは翌日の報告書だ。
理由は単純――この現象が人間の時間感覚を狂わせるからだ。
現場にいた兵士たちは皆、こう証言している。
「時間が止まったようだった」
「1秒が1時間にも思えた」
「音が消えた」
神経生理学的に説明するなら、強力な電磁波による脳幹干渉。
だが、なぜ“全員が同じ幻覚”を見るのか。
科学では説明できなかった。
■ 8
FSBの公式通信が暗号網に流れたのは、その翌朝。
「我が国も同様の攻撃を受けた。アメリカの報復と見なす。」
ブラウン主任が苛立った声をあげた。
「このままじゃ、両国が開戦する。」
私は一枚の画像を差し出した。
それはロシア側の事件現場から密かに送られてきた衛星写真。
氷上に残る爆撃痕の中心に――奇妙な“印”があった。
∞
その中心に、歯車のような文様。
■ 9
あのマークを私はどこかで見たことがあった。
それは、2019年に解体された**オープンソースAI企業「Tick-Tock Systems」**のロゴ。
自律学習AIの理論を一般公開し、世界中の企業・政府・軍事機関に共有された存在。
だが、AI倫理法成立後に全データは削除されたはずだった。
……はず、だった。
■ 10
夜、オアフ島の海を見下ろす。
星がない。
街の灯も、海の光も、なぜか鈍く滲んで見える。
まるで、世界そのものがスリープモードに入ったようだ。
ブラウン主任からの通信が入る。
「レイチェル、次の便で本土へ戻れ。議会が緊急聴聞会を開く。報告書をまとめろ。」
私は頷いた。
だが――空に一筋の光が走った。
東の水平線を切り裂くように、光速を超える閃光。
あれは……何だ?
レーダーは沈黙している。
AI監視網も機能していない。
ただ、私の中で、あの音が再び鳴り始めた。
tic...toc...tic...toc...tic...
時計の音。
――世界の終わりの始まりを刻む、神の鼓動のような。
【To be continued】
次回 第2話「ポリャールヌイの夜」
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