男の娘暗殺者、みんなのお姉様になる~ターゲットが純粋すぎて暗殺がなかなかできません~

龍威ユウ

第1話:暗殺者、乙女となる

「おい聴いたか? あの隻腕のクロウが何者かに殺されたそうだぞ」



 昼下がりの町中、そのような会話がふっと耳に入る。


 視線をやれば、年若い男が二人。険しい顔をして話し合っている。


 立ち止まって、そっと耳を澄ます。



「隻腕のクロウ様が? まさか、あの方は大戦で誰よりも戦果を挙げたお方だぞ」


「ところがどっこい。今朝になって死体となって発見されたそうだ」



 男が自分の首をとんっ、と手刀で軽く叩いた。


 片割れの男は、それでなにがあったか察したのだろう。


 たちまち彼の顔からは血の気がさっと引いた。


 口元を抑えて、今にも吐きそうな気配すらある。



「うげっ……く、首はどこへ?」


「それがどこを探しても見つからなかったらしい」


「けど、どうしてクロウ様が?」


「人身売買の顧客表が傍らにあったそうだ。ここ最近あった神隠しもぴたりと止んだだろう?」


「まさか、それにクロウ様が携わっていたとでもいうのか?」


「そこまでは俺にもわからんさ。だが、クロウは確かに実力者だ――いったいどこの誰がやったんだ?」


 うんうんと唸る彼らの傍でハルカは内心でほくそ笑んだ。


(はい、それやったの私です)


 にやりと口角を緩めながらハルカはそっとその場を離れた。


 軽やかな足取りで向かったそこは、町はずれにあるぼろぼろの廃寺だった。


 人気は皆無で、しんとした静寂が流れる。


 不意に、格子戸がすっと開いた。



「――、おや随分と早い到着ですね。まだ時間はあったのに」



 中から出てきたのは、すらりとした優男だった。


 伊達眼鏡の下にある顔は端正で優しい。


 黒い外套がとてもよく似合う男に、ハルカは小さく頭を下げた。



「長を待たせてしまってはいけないと思ったので」


「気遣いは無用ですよ。あなたは次期当主となる者。それらしい振る舞いもそろそろ憶えてもらわないと」


「……私は、まだ長になるだけの力量があるとは思っていません」


「謙遜もすぎれば嫌味となりますよハルカ――それはそうとして、此度の一件お疲れ様でした」


「いえ、褒められるほどのことでは」



 ハルカは静かに首を横に振った。


 長を見据える視線は氷のように冷たく、刀の如く鋭い。


 猛禽類をイメージさせる鋭い眼光に、長はにこにこと優しい笑みを崩さない。



「我らヤタガラスは誰であろうと標的を消す。女子供であろうと、例外は……ありませんので」


「では、そんな君に新たな指令を与えます。君には今からオルトリンデへと向かってほしいんです」


「オルト……それはつまり、異国ということですか?」



 ハルカは意外そうな顔をした。


 国外からの依頼ははじめてのことである。



「それは、随分と珍しいですね」


「えぇ、だからこそ今回はさすがの僕もどうするか迷っています」



 長はうんうんと唸ると、その顔に難色を示した。


(長が悩むなんて……そんなに難しい依頼内容なのか?)


 ハルカははて、と小首をひねった。


 とりあえず、内容次第である。それを尋ねてからでも遅くはない。


 ハルカはそう判断した。



「どういった内容で?」


「……聖アントニウス学園に在籍している生徒を殺してほしい、とのことです」


「それは、つまり学生を殺せということですか?」


「えぇ、名前はエルトルージェ・ヴォーダン。資料によると変哲もない一般生徒なのですが……」



 長が悩む理由も頷ける。


 これまでの依頼は等しく、一癖も二癖もある極悪人ばかりだった。


 ここにきて一般人がターゲットと知って、さすがにハルカも困惑を隠せない。



「……長、どうしますか?」


「……我らヤタガラスは相手を選ばず。ですのでハルカ、この依頼は君にすべてを託します」



 ハルカはハッとした。


 すぐに深々と頭を下げた。



「わかりました。それではすぐにでも任務を遂行したいと思います」


「えぇ、よろしくお願いしますよ――というわけで、早速ですがこれを」



 長が用意した木箱を、ハルカはいぶかし気な顔でジッと見やった。



「これは?」と、ハルカは尋ねる。


「そこには君の任務が遂行しやすくするための道具が入っています。ぜひ活用してください」


「ありがとうございます。では、早速……」



 蓋を開けてすぐに、ハルカはぎょっと目を大きく丸くした。


 中に入っていたのは衣装だった。


 それだけならば特になにもなかった。問題はデザインそのものにある。



「な、なんですかこれ……」



 それを掴むハルカの手は、わずかに震えていた。


 赤と白のチェック柄、胸元にはかわいらしいリボンが添えられている。


 だが、ハルカがもっとも驚愕したのは丈の短いスカートだった。


 ふりふりとしたレースの部分は、見方によってはかわいらしい。



「なにって、聖アントニウス学園の制服ですよ」



 さも平然と口走った長。


 相変わらず優しい笑みを浮かべているが、今のハルカには火に油を注ぐも同じ。


 嘲笑しているように思えて仕方がなかった。



「これを着ろっていうのですか!?」


「生徒のフリをして潜入すれば楽でしょう?」


「いや必要ないですよ! 普通に潜入してサクッと終わらせてきますから!」


「でもハルカ。確か君は以前、花魁として遊郭に潜入したことがありましたよね?」



 長からの指摘にハルカがぐっと言葉を詰まらせる。


 ハルカは、れっきとした男である。


 好きなものはもちろん異性で、心優しい女性を第一に好む。


 しかし彼の容姿は、お世辞にも男らしいとは言い難かった。


 女よりもずっと女らしい端正な顔。胸こそないが、玲瓏な声は多くの男を惑わせる。


 背丈も166cmと、男性の中では比較的小さい。


 彼を女と間違え告白した挙句玉砕していった悲しき男は、未だ後を絶たない。



「絶対に嫌です! こんなものを着るぐらいなら依頼は他の人にさせてください!」


「似合うと思うんですけどねぇ」


「最初からそれが狙いなんじゃないんですか? 絶対にわざとやってますよね?」



「まさか」と、長はからからと笑ってまるで悪びれる様子がない。


(長は、こういった遊び心を仕事に持ち込むから困るんだよ……)


 とはいえ、長からの命令とあればハルカはそれに従う他ない。



「……わかりました。潜入してきます」



 ハルカは渋々と従うことにした。


 もちろん本音を吐露すれば、まったく納得していない。


 女装は二度とやらない。花魁となったあの日から固く誓ったはずが、こうもあっさりと破られた。


(私はどうして、こんな容姿として生まれてきたんだろう……)


 ハルカはすこぶる本気で悩んだ。

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