初恋 ヨーベル・オーバーライト
プロローグ
喜劇
荘厳、厳粛、静謐。
それを感じ取る事が出来ない子供の騒ぎ声すら、祈りの中へと消えていく。誰もがその宗教の教義に即した祈りを純粋に願う。正しい行為かどうか、余人には判断できないが、その行為が美しいのは万人が認めるところだろう。
(う~ん、全く楽しくない)
そんな平和な祈りを全く受け付けない戦争を両想いの少女、アーディア・アーカイブはマスクの下であくびを噛み殺す。
そもそも故郷での集会が懐かしくなり、ちょっと教会を覗いてみただけだ。クジでも引けば誰よりも神を祈る存在にもなるし、腹痛に苦しめば誰よりも神を呪うが、その神がどんなものかすらアーディアはよくわかっていない。神学の時間も寝ていたのだ。
讃美歌も習った気がするが、なんとか口パクで乗り切った気がする。辺鄙な農村で神さまを信じると言うのがそもそも無理だ、とアーディアは無理にませていた頃の事を思い出す。神に信仰を捧げてた故郷が無惨に滅ぼされれば、今更軌道修正も無いだろうが。
(やっぱり冷やかしで入る所でも無いなぁ)
ちょうど神さまに捧げる言葉も小休止。アーディアは出来るだけ音を立てないように席を後にし、教会の出口へと向かう――
「いてっ」
「おっと」
教会内が薄暗いせいか、それとも少し寂れたオルガンに目を奪われていたせいか。アーディアは目の前から来ていた少女と衝突する。
注目を集めるのが嫌だ、と無言のまま互いはいそいそと教会の扉を開けて逃げるように外に出る。
「ごめんなさい、よそ見してたかも」
アーディアは簡単に謝罪しながら、相手の姿を覗き見る。
外套と、そこから覗く軍服。存在を主張する胸部の上には、薄暗い中でも輝きを放つ徽章がついている。帝国兵の中でも、界華兵にしか許されていないモノだ。どう見ても幼い顔付きの中に、少しだけ影を感じる茶髪の少女には不釣り合いだ。
「いや、謝らなくていい。互いの過失だ、ならば力のある私の方が責は大きいべきだ」
やはり少女は恭しく、頭を下げる。帝国の軍人と言えば略奪・襲撃・殺害のカスしかいないと思い込んでいたアーディアには、新鮮な動きだ。
「私はエーデ。エーデ・エンド。見たところ何もないとは思うが、後から痛みが出るかもわからない。困った事があれば、ローム帝国陸軍の詰所に来て欲しい。私の名前で伝わる様にしておこう」
「ご丁寧にどうも」
どうにも大仰な子だなぁ、とアーディアは少し困った様に頬を掻く。
「ええっと、貴女は――」
「ああ、ごめんね。名前だよね、名前」
アーディアはとぼける様に笑みを浮かべ、エーデへ向かって手を差し出す。
「私はルカ。この街には観光に来てるんだ。しぶといってよく言われるから、怪我はだいじょーぶ!」
サカス共和国。トートン地区。
潜入工作中。お気に入りのピンク髪の上に赤毛のウィッグを被り、それでもやはり隠し様の無い胸を張りながら、アーディアは偽名と一緒にエーデの手を取った。
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