エルピスⅤ

「ごめんなさい。ヨーベルに付き合っていただき、皆様が酷い目に……」

「謝る事では無い。ニーデン殿の口振りでは、どこかでヒイング殿と戦う羽目になっていたのだ」

「そうそう。だったら、仲間の恋の為に戦うって方が楽しくていいよ」

「アーちゃんは私怨の割合の方が大きかったと思いますわ」

「ボクは戦闘に参加出来て良かったよ。楽しかった~」


 大浴場、シャワーとお湯の音に負けないよう少女たちは普段より声を張っている。

 ホタルは手を回せないリッサの背中を流し、エリザベートはアーディアの髪を丁寧に洗う。最初の任務が終わった後だ、一人での生活が長く髪が乱れていた事を気にしていたアーディアに対し、エリザベートは髪の手入れを買って出たのだ。


「……どうしたの、エリザ。ヒイングにやられた痣でも気になる?」


 そんなエリザベートの目線が何かおかしい、具体的に言えば胸に集中しているとアーディアは気付く。


「アーちゃんって胸が大きいですよね」

「へっ⁉」

「それはヨーベルも思っていたんです!」


 大人しく身体を洗っていたヨーベルがグイっと寄って来る。白磁のように白い肉とメイド服を脱いで露わになったラインは、強く抱きしると折れてしまいそうな華奢な雰囲気だ。胸もやや控え目だ。


「ヒイング様を誘惑する為に、ヨーベルは大きい胸が欲しいのです!」

「メイド様に夢中にならない人類なんていないから大丈夫だよ」

「わたくしも気になりますわ」

「エリザも足が綺麗だし、胸なんて無くても……」

「それは持つ者の驕りですわ!」


 気品の溢れる金色の長髪は、濡れた事により縦ロールからロングとなっている。痣になりにくい体質なのか、訓練後だろうと傷一つない気品の溢れる身体だ。気品溢れる肉体は、やはり貴い人間だという事を知らしめる。胸は絶壁だ。


「わたくしの死んだ母上も妹も、立派なものを持っていたのに……」

「おっぱいの大きさの話をしている時に、クーデターで殺された家族の話をするのはやめよ?」


 リンスを流し終えたエリザベートは、自然と胸に手を伸ばす。


「何か特別な事をしているんじゃありませんの?」

「マッサージとかあれば、是非ヨーベル達に教えてください。……それにしても、柔らかいですね」


 もみもみ。エリザベートが胸を揉めば、ヨーベルだって揉む。


「やはり食べ物ですの? 故郷では何を食べていらっしゃったんですの? 弾力もありますわね」


 もみもみ。


「片手ではやや溢れます。神秘ですね、これでヒイング様を誘惑すればイチコロです」


 もみもみもみもみ。


「揉めば大きくなるなんて俗説もありましたわよね。アーちゃんで試してみましょう」


 もみもみもみもみもみもみもみもみ――


「いい加減にしないとお金取るよ!」

「ヒイング様を誘惑する為です。お金で解決するならいくらでも払います」

「ヤバっ! 正当性与えちゃう!」


 アーディアは急いで身体を洗い、湯舟へと飛び込んだ。マナーが悪いとの指摘は流石に無かった。大きく身体を伸ばし、ふにゃふにゃとお湯を楽しむ姿勢を取った所で議題を提示する。


「それより、決めたい事があるんだけど」

「決めたい事? リーダーかい?」


 リフトで湯舟へと浸かったリッサが相槌を打つ。


「リーダーは私だからいいよ」

「アーちゃんがリーダーなんて誰も思ってませんわ。デイサス王家に連なるわたくしこそリーダーに相応しいですわ」

「はっはっはっ。姫様は冗談が上手い、独断専行するリーダーがどこにいる? 大局を見、危機を打ち払う武を持つ拙者こそがリーダーだろう」

「普通リーダーって強さ弱さでは無く、バランスだと思います。それに最古参であるヨーベルこそがリーダーでしょう?」

「メイドさんがリーダーってのもよくわからない話だね。状況を俯瞰し、指示を出せるボクがやるよ」


 一触即発の空気が流れる、が無駄に響く手拍子を打ち、アーディアは空気を一度リセットさせる。


「リーダーは大切として、リーダーの前に決める事もあるでしょ!」

「だから何だ? 勿体ぶらずに言ってくれ」


 アーディアの横でお湯に浸かるホタルが面倒そうに聞く。エリザベートとヨーベルも湯舟へと浸かり、全員が入っている。


「名前を決めよう」

「名前? ヒイングの悪口、ですの?」

「それは呼び捨てにしている時点で少し満足してる。それより、いい加減私たちの名前を決めよう!」

「名前って……」

「私たち、チーム名が無いから囮って呼ばれてる」


 あーって少女たちは声を合わせる。


「確かに、言われてみればあんまりな呼び方ですね」

「本質を表しているかもしれないかもしれないけど、身も蓋もないね」


 同意の声が上がるのを良しとし、アーディアは話を進める。


「こんな話を始めるって事は、アーちゃんに候補あるのでしょう? よかったらそれを採用しますので、教えてくださいませ」

「アーディアと愉快な合唱コンクール仲間たち」

「わたくし達四人でいい感じのチーム名を考えましょう」

「「「おー!」」」

「エリザ、今日ちょっと厳しいよ?」


 アーディアの抗議を聞かず、少女たちはチーム名を考え出した。

 少し時間を待ち、最初に手を挙げたのはホタルだ。


「深紅の狩人、とかどうだろう?」

「深紅ってイメージじゃないでしょう。ヨーベル達は深海に暮らしているんですよ?」

「狩人というのも、ボク達のイメージじゃない……っていうか、シンプルにダサくない? ちょっと恥ずかしいよ」


 トボトボと手を降ろしたホタルと変わる様に、次にヨーベルが手を挙げる。


「ヒイング様親衛隊、これです」

「ヨーベルちゃんの恋心は否定しないけど、私たちの中だとヒイングの事苦手な方が多いよ?」

「囮になれ!とか抜かす輩の親衛隊、あまりにもゾッとしないな。それに、発想がアーディア殿と同レベルだ」

「いい名前だと思ったんですけど……」


 不服そうなヨーベルの次は、リッサだ。


「深海調査隊なんでどう?」

「シンプルにダサい」

「調査個所は深海ではありませんしね」


 こうなって来ると答えは出ない。互いに思い付きを喋っては、欠点を探し指摘していく。生産性の無いやり取りが浴場内に響いていく。


「つ、疲れた……」

「何で拙者達は湯浴み中に疲れているのだ……」


 額に少し汗を浮かべ出した少女たちは、いよいよ不毛さに嫌気が差してきた。もう取り敢えず囮でいいんじゃないか、という雰囲気になって来た時にエリザベートが口を開いた。


「かつての神話に、美しい女神が災いの箱を持っていたといいます」

「災いの箱?」

「開けばこの世全て、ありとあらゆる不幸で溢れかえる呪いの箱。しかし、その災いの最奥には希望――エルピスがあったといいます」


 反射的に喋り、反射的に否定し合っていた少女たちだ。順序立てた喋り方に聞き耳を立ててしまう。


「死にそうな場面に遭遇しても死なない――わたくしたちのソレは、希望だとは思いませんか?」


 ドヤ顔のエリザベートを眺め、四人の心の中は完全に一致した!


((((ダサいし意味わからないけど、疲れたしノボせそうだからもういいや))))


 お互いの思考を肌で感じ、視線で察した少女たちの方針は一つ。


「流石エリザ! いいチーム名だと思う!」

「やはり英才教育は違いますね……確かな教養を感じます」

「神話から拝借するというのに、拙者は美学を感じた」

「希望って前向きでいいね! 何事にも必要だよ、希望。一家に一台希望だね」


 持ち上げてさっさと終わりにする。

 すんなりと決めてしまおう。

 そんな思考に気付かないエリザベートは増長し、無い胸を大きく張る。


「ふっふん。ですわよね。この流れでついでにリーダーもわたくしにしてしまえば――」

「「「「それとこれとは話が別」」」」


 決まれば早かった。最初に限界と呟き、リッサがリフトで湯船から上がっていく。長く入り過ぎたと心配したホタルは、リッサに寄り添い様子を見ている。お開きの雰囲気を感じ取り、アーディア達も湯舟から上がっていく。


「ヨーベルはこれからヒイング様に決定を伝えに行こうと思います。よければアーディア様達も一緒にいかがですか?」


 バスタオルで頭を拭きながらヨーベルはアーディア達に問いかける。


「わたくしは行こうと思いますわ。臣下たちの件も聞いておきたいですし」

「私はパス。単純にヒイングの部屋なんて行きたくないし、今日はもう眠いや」


 アーディアは生欠伸をし、わざとらしく目を擦る。エリザベートに頭を梳かしてもらいながらも、少しうとうととしている。


「アーちゃんは寝るのが早いですものね。それではまた明日」

「明日ねー、おやすみ」


 そしてアーディアは一人先に浴場を後にした。

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