第25話:炎のノミと、最初のログ

異世界二十四日目。 俺は、完成した礎石(そせき)と、完璧に焼き固められた地下室(セラー)の穴の前に立っていた。 昨日までが土木作業なら、今日からは建築だ。


傍らには、グリーン1号と2号が「炎のノコギリ」で切り倒した丸太を、せっせと運んできてくれた山がある。 「よし、お前ら、まずは報酬だ」 木の実を与えると、二羽は満足そうに喉を鳴らす。 こいつらはもはや、土木・運搬作業に欠かせない、俺の「従業員」だ。


「さて、と」 俺は、運ばれてきた丸太の一本を検分する。 ただの丸太だ。これをどうやって組み上げる? ログハウスのキモは、この「組み方」にある。丸太をどうやって角(コーナー)で交差させ、固定するかだ。 実家(農家)の納屋はノコギリと金槌で作ったが、ここは異世界。道具は、俺の右手だけだ。


俺は、まず土台となる一番下の丸太(土台木)を、礎石の上に設置するようグリーンたちに指示する。 「炎のノコギリ(熱線)」を構える。


まず、礎石に接する丸太の下面を、熱線で「削る」。 (ジュウウウゥッ!) まるで高速のカンナ(鉋)をかけたかのように、丸太の底面が蒸発し、平らになっていく。 表面は瞬時に炭化し、黒く滑らかになる。これで防腐・防虫効果も完璧だ。


次に、ログハウスの核心、「ノッチ(切り欠き)」だ。 俺は、丸太の端、次の丸太と交差する部分に意識を集中する。 「炎の熱線を、今度は『ノミ』として使う」


熱線を、針のように細く収束させる。 そして、その「炎のノミ」で、丸太に半円形の溝を描いていく。 (ジュウウウゥッ!) 木材が燃え上がるのではない。熱線が触れた部分だけが、瞬時に蒸発し、灰と化していく。


俺が灰を息でフッと吹き飛ばすと、そこには完璧な鞍型(くらがた)の切り欠きが出来上がっていた。 俺は、直角に交差するもう一本の丸太にも、同じように下面に切り欠きを入れる。


森の奥から、昨日よりも強く、驚愕に満ちた視線を感じた。 あのエルフの少女だ。 木を切り倒す(破壊)のとはワケが違う。 石を切り出す(加工)のとも違う。 森の民が最も恐れるはずの「火」を、針のように細く操り、木材に精密な「細工」を施している。 これは、彼女にとって「創造」の領域だ。 彼女の常識が、今まさに音を立てて崩れているのが分かった。


「よし、1号、2号、吊り上げろ!」 俺は、切り欠きを入れた二本目の丸太を、オウムもどきたちに運ばせる。


俺の指示で、二羽は一本目の丸太(土台木)の上で、ゆっくりと二本目を下ろしていく。 ズズ……ガッ。


やはり、精密な「細工」が必要な部分だ。一回で完璧に組み合うわけではない。 ほんの数ミリ、切り欠きが浅かったか、あるいは丸太の微妙な歪みがあったか。


「待て、そのまま」


普通なら、もう一度この重い丸太を吊り上げさせ、地面に下ろし、ノミで削り直すという地獄の作業だ。 しかし、俺には炎がある。


俺は組み合わさって「いない」隙間に指先を差し向け、「炎のノミ(熱線)」を走らせる。 (ジュッ) ほんの一瞬、干渉している部分だけを焼き飛ばし、炭化させる。


オウムもどきたちが、俺の合図で再び丸太に体重をかけると、今度こそ「ガチリ」と重い音を立てて、炭化した木材同士が、寸分の狂いもなく組み合わさった。


「……完璧だ」


多少の誤差は、この「炎のノミ」が瞬時に補正してくれる。 作業はサクサクと進んだ。


結界の外では、今日も魔物たちが壁にぶつかって消えている。 今や風景。

俺は目の前の「壁」に集中していた。

俺の家が、今、形になり始めた。

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