第21話:炎のノコギリと、好奇心の視線
異世界二十日目。 岩棚(拠点)は、昨日手に入れた「光る苔」のおかげで、夜でもぼんやりと明るかった。 寝床で目が覚めた時、真っ暗でないというだけで、こんなにも精神が安定するとは。 あの少女には感謝しかない。
朝食は、昨日もらった深紅色の木の実と、焼き芋だ。 あの木の実は、強烈な甘酸っぱさで、眠っていた身体をシャキッとさせてくれる。
まずは畑の巡回だ。 『大豆(仮)』の双葉は、昨日よりも力強く葉を広げている。 『大芋(仮)』の畝(うね)からも、次々と新しい芽が土を持ち上げ始めていた。 テラコッタ水路の水も問題なく流れている。順調だ。
「……さて」
畑が軌道に乗った今、次に手をつけるべきは、やはり「住居」だ。 あの岩棚は雨風はしのげるが、文明的な生活とはほど遠い。 何より、数ヶ月後に収穫するであろう大量の芋と豆を貯蔵する、「地下室(セラー)」が絶対に必要になる。
俺は、「炎のノコギリ(熱線)」の感覚を思い出す。 あれがあれば、ログハウスも夢じゃない。
俺は岩棚の近くで、日当たりが良く、地盤が固そうな平地を選定した。 ここに、俺の家と貯蔵庫を建てる。 森に入り、手頃な太さの真っ直ぐな木を選んだ。
指先に意識を集中する。 イメージは、細く、鋭い「熱線」。 (ジュウウウゥッ!)
甲高い音と共に、俺の指先から放たれた熱線が、木の根元を焼き切っていく。 燃え上がらせるのではない。熱で「切断」するのだ。 切断面は瞬時に炭化し、まるでレーザーカッターで切ったかのように滑らかだ。
数分もしないうちに、大木がゆっくりと傾き、地響きを立てて倒れた。 「……すさまじい効率だ」
これなら、今日中に基礎に使う木材はすべて切り出せるかもしれない。 俺は次の木を選び、同じように熱線で切り倒していく。
その時だった。 作業に集中していた俺の視界の端で、何かが動いた。
「……!」
息を呑む。 森の奥、俺の拠点から50メートルほど離れた木陰。 昨日までの大樹(クスノキ)の場所ではない。俺のテリトリーの、すぐそばだ。
そこに、あの緑の髪の少女が立っていた。 木に半身を隠し、信じられないものを見るような目で、俺の「炎のノコギリ」の作業を、じっと見つめていた。 恐怖よりも、「好奇心」が勝っているように見えた。
俺は、ゆっくりと指先の熱線を消した。 炎は、この森に住む彼女にとって、最も恐ろしいものの一つのはずだ。 だが、俺の魔法は、燃え広がる「炎」ではなく、木を「切る」道具として機能している。 それが、彼女の理解を超えているのだろう。
俺は、少女を刺激しないよう、ゆっくりと彼女に背を向けた。 そして、切り倒した丸太を、今度は「枝払い」するために、再び熱線を発動させた。 (ジュウウゥッ!)
背中に、強烈な視線を感じる。 彼女は、逃げなかった。 どうやら、俺が「森を焼く」のではなく、「木を加工している」だけだと理解したらしい。
これが、種を手に入れるための交渉の、第一歩になるかもしれない。 俺は気づかないフリをして、ログハウスの建設作業を続けた。
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