第16話:炎の魔法と、テラコッタ用水路
異世界十五日目。 昨日、種蒔きは終えた。だが、問題はすぐにやってきた。 水やりだ。
あの巨大な葉で川と畑を何往復もする作業は、一反の土地を潤すには、あまりにも非効率で過酷だった。 畑の土は、巨大ミミズのおかげで保水性も上がっているだろうが、それでも芽が出るまでは乾燥させられない。
「……毎日これをやるのか? 冗談じゃない」
俺は岩棚の拠点から、畑と、その向こうに見える川筋を眺めた。 川から畑までは、直線距離で100メートルほど。高低差もほとんどない。
「……引いてくるか」
幸い、俺には「最強の炎」がある。 そして、土木作業が得意な「重機」もいる。
俺は結界の外に向かい、焼き木のシャベルで地面を叩き、「仕事だ」の合図を送った。 すぐに、グリーン1号と2号が空から舞い降りてくる。 俺は結界を解いて二羽を招き入れ、報酬の木の実をいくつか与えた。
「いいか、今日はここを掘るんだ」
俺は、川から畑の脇まで続くラインを、シャベルの先で地面に描き、オウムもどきたちに指示を出した。 「深くじゃない。浅く、溝(みぞ)にするんだ」 天地返しの時とは違う、精密な作業だ。
「グェ?」 二羽は首を傾げたが、俺が「こうだ」とシャベルで浅く土をすくう動作を見せると、すぐに理解した。 さすがに頭が良い。 二羽はクチバシの先端を器用に使い、俺が引いた線に沿って、幅50センチ、深さ30センチほどの溝を、面白いように掘り進めていく。
半日もしないうちに、川から畑の脇まで、100メートルの溝が完成した。
「よし、お前らの仕事はここまでだ」 報酬の木の実を与えると、二羽は満足そうに空へ帰っていった。
さて、ここからが俺の仕事だ。 このままでは、ただの溝だ。水を流せば、土が水を吸い込み、すぐに崩れて埋まってしまう。
俺は溝の底に立ち、右手を構えた。 イメージは、あのホットプレートを作った時よりも強く、だが火柱を上げるほどではない、「持続する強火」。
「最強の炎よ、この土を『焼け』」
俺は炎を溝の内側――底と両脇の壁――に向け、ゆっくりと歩き始めた。 ゴオオオオッ! 炎に触れた土は、瞬時に水分を蒸発させ、赤熱化していく。 粘土質だった土が、炎の熱で化学反応を起こし、陶器のように焼き固まっていくのだ。
ジュウウウゥゥ……! 土が焼ける音と、水蒸気が噴き出す音が響く。 俺は100メートルの溝を端から端まで、ゆっくりと、念入りに焼き固めていった。
作業を終える頃には、溝の内側はカチカチの「テラコッタ製」に変わっていた。 これなら水漏れも土砂崩れも起きない。完璧な用水路だ。
ちなみに、「テラコッタ(terracotta)」はイタリア語で「焼いた土」を意味し、古代から陶器や建築素材として使われてきた。俺が作ったのは、粘土質の土を高温で焼き固めて作った用水路、つまり「テラコッタ水路」である。
俺は川まで行き、用水路の入り口を塞いでいた土砂を、焼き木のシャベルで取り除く。 ザアアアァァ……
川の水が、完成したばかりのテラコッタ水路に勢いよく流れ込んだ。 水はまったく染み込むことなく、滑るように水路を流れ、あっという間に俺の畑の脇まで到達した。
「……完璧だ」
畑の脇には、貯水用の小さな「溜め池」も作っておいた。 これで水やり問題は完全解決だ。 俺はヤカン岩で茶を沸かしながら、自分の仕事の成果に満足していた。
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